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母親

 どうもシファニーです! あと1週間ちょっとで3月、そしたら卒業式らしいですよ? びっくりですね。

 パーティーは終盤。ひとり、またひとりと帰宅を宣言する中、俺は途中で帰る気にもなれず、かと言って残っている人たちの中に入る気にはなれないまま、相変わらずダイニングの席についていた。

 そんなところに、人の気配が近づいて来た。


「タイガ君、少しいいですか?」

「あ、トモカさん。はい、大丈夫ですけど。どうかしましたか?」


 振り返ると優しい笑みを浮かべたトモカがいた。

 今日一日クスタフと共に食べ物や飲み物の準備と片付けに勤しんでいて、ずっと忙しそうにしていた。挨拶しなくちゃと思っていたはいたのだが中々機会が無かったのを思い出す。

 途中からすっかり忘れていたが、話す機会を向こうから作ってくれるとは、ありがたいことだ。


 トモカは俺の対面に座り、庭で奈央や美鈴、博人とサッカーをする愛可を眺めた。

 外はすでに茜色。愛可の頬もほんのり色付き、金髪が光を受けて輝いている。


「あの子、あんな性格だから、恋なんてまだ知らないと思ってたわ。それっぽい話も、ずっと聞いていなかったの」

「そう言えば、初めての彼氏、だなんて言われましたね。愛可は美人だから、てっきりアメリカではモテモテだったのかと思ってましたよ」

「あら、モテモテだったわよ? でも、愛可に自覚は無かったし、興味も無かったみたいだけど」


 お、おお……。そこまで自信たっぷりに言うとは。家族を誇らしく思う、アメリカっぽさをちょっと感じた。


「でも……そう。あの子はずっと、日本人の男の子と恋がしたかったのね。あ、気を悪くしないで。きっと、タイガ君だからよかったのよ?」

「いえいえ、そこは全然気にしませんよ。正直、俺なんかじゃ愛可には、見合わないと思っていますから。でも、その分頑張って行こうとも思ってます」

「そうね。日本の男の子は誠実な子が多いと聞くし、タイガ君なんて特にそう見えるもの。だから、私もタイガ君になら愛可を任せられると思ったの」


 改めて言われると、少しむず痒かった。

 ふつう、恋人のお母さんと会ったらこんな話をするのか? それともこれが面倒な姑ってやつだろうか。ちょっと失礼ながら、そんなことを思ってしまった。


「……ねえ、愛可が突然静かになる癖、見た覚えってあるかしら」

「え? ああ、何度かありますね。お菓子を食べるときとか」


 栗饅頭やクッキーを食べている時、突然静かになっていた。何かの癖だったのか。


「そう……あの子ね、昔っから甘いもの好きなの。好きすぎるあまり、食べるのに集中しすぎて喋るのを忘れちゃうくらいにね」

「……へ?」

「ふふっ、可愛いでしょ? でも、そんな癖も緊張を感じちゃう相手が前だと見せないの。それを見せてるってことは、よっぽど心を許しているのね」


 そんな意味が、あったのか? え? 甘いものが好きなだけ? 好きすぎて黙っちゃうって、そりゃ……。俺がサッカーに盲目だった、みたいな話だろうか。

 分かってみれば呆気ない。あんなに悩んだ時間がもったいないほどだが……。


 あれ、待てよ? となると俺、初日でだいぶ心を許してもらえていたのか?

 考えてみれば出会って初日の男子と一緒に買い物に出かけたりお弁当を作る約束をしたりって時点でだいぶ心許してなきゃ無理だよな。

 でも、何か特別なことをしていたわけでもないのに、どうして――


「日本に来て初めての学校が始まるって日、あの子緊張で震えてたから。何日も前から挨拶の言葉を練習してたし、不安がっていたわ。でも帰ってきてすぐ楽しそうに笑ったし、それから毎日はしゃいでばっかりで。きっと、タイガ君のおかげなのね」

「そう、なんですか? 全然、そんな素振りは無かったんですけど……でも、そうだったんですか。もしかしたら、俺が緊張を和らげて挙げられていた、のかもしれませんね」


 だからってそんなことで惚れられるとは思わないし、そこまで自惚れてもいない。けれど、それがきっかけだったのかもしれない。 

 あの日あの時、うっかり口を滑らせたことが運命の分岐点だったと過去の俺が聞いたら驚くこと間違いなしだろう。


「そうだタイガ君、ひとつだけ言っておこうと思ったことがあったの」

「え? なんですか?」

「ふふっ、難しいことじゃないわよ? ただ――」


 トモカは、ずっと愛可のことを見つめている。愛可の性格からも分かるけど、きっと愛されているのだろう。今も微笑まし気に見つめていて、楽し気な娘の姿を喜んでいるように見える。

 そんな娘のためにと、トモカは言った。


「愛可のことを、裏切らないで上げてね?」


 裏切らないで。つまり、見捨てるな、振るなってはないだろう。

 少し脅しのようにも聞こえて、前までの俺だったら怯えてしまっていたかもしれない。そうでなくとも重圧だと思っていたかもしれない。

 でも、今の俺なら迷いなく言える。自身を以て、誰に否定されようとも胸を張れる。


 こんなところは俺の昔っからの性格に感謝だな。やると決めたことは徹底的にやる。その自己中っぷりを、存分に発揮するのだ。


「裏切るはずがありません。必ず、ずっとそばで支えてあげます」


 俺の答えに、トモカはなにも返しはしない。ただ代わりに、ずっと愛可を見つめ続ける。

 よかったねと微笑みかけるように、優しい笑顔だった。

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