訪問
どうもシファニーです! 今日から学校でした、きついっす。
「しっかり寝てなさいよ」
「分かってる」
イガイガする喉でそう答え、ベッドの中に沈み込む。
母に迎えに来てもらい、家に帰って来たはいい物の、症状は時間経過とともに酷くなっていた。
薬を飲み、スポーツドリンクを脇に置いて眠る準備を整えれば、気怠さが手伝ってすぐに眠りに落ちてしまいそう。昼食の時間になったが食欲もなく、だいぶ重症だってことが分かる。病院は母が帰ってからとのこと。流行りのウイルスだとしても、検査するには発症から1日おく必要があるらしいので、妥当な判断ではある。
そうと分かりつつもこんな辛いまま放置されるのは心に来るものがあって……。
「俺にも寂しいなんて感情が、あったんだなぁ……」
そんな言葉を最後に、俺は深い眠りについたのだった。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
不意に目が覚め、窓を見てみると日が傾いていた。調子を確かめながら体を起こし、スポーツドリンクを口にする。喉が少し痛かったが、水分補給の方が優先だ。
500mlペットボトルの半分くらいを一気に飲み、一呼吸置いてから時計を見る。午後5時。すでに学校が終わり、みんなが帰宅し始める時間。1時限目に具合が悪くなった俺は、結局今日1日休んでしまったわけだ。
昨日の、皆勤賞目指してるわけじゃないし、という考えを見透かされて、神様に天罰でももらった気分だ。
多少体はましになり、頭痛と倦怠感こそまだあるものの、起き上がれない程ではなくなった。
そうは言ってもやることがあるわけではない。猫弧は帰っているかもしれないが母も父もいないだろう。食欲は……まだないな。
まだうまく回らない頭でそれだけ考えて、もう1度スポーツドリンクを飲んで寝ようかと思った時、ドアがノックされた。
「兄貴、起きてる?」
ノックの後に聞こえてきたのは聞き慣れた声。
「猫弧か。起きてるぞ」
「良かった。お客さんだよ」
「え? お客って、どういう……」
「こんにちはデス、タイガ」
俺が聞くよりも早く、扉が開いた。手前に開いた扉の向こうに、マスクを付けた猫弧、そして、同じくマスクを付けた愛可がいた。
愛可は小さく手を振りながら挨拶をして、お辞儀した。マスクで表情は読み解けないが、声や仕草の端々から大人しいモードだということが分かった。
「お見舞いだって。私は下にいるから、何買ったら言ってね」
「あ、ちょっ待てって!」
「ごゆっくり~」
茶化すように言い、猫弧は去っていった。
起き上がったまま手を伸ばし、俺は現状に茫然とする。
ゆっくりと視線を動かし、扉の前で佇む愛可を見る。
暗がりだが、金髪のツインテールと青い瞳はいつも通りに綺麗だし、着始めて間もないであろう制服も華麗に着こなしている。ただどこか、静かな愛可。そんな愛可を見る度に、俺はやはり違和感を抱いてしまう。
笑顔が1番似合うはずの彼女に、どうしてこんな表情をさせてしまっているんだろう。
「その、大丈夫、デス? 具合は……」
「あ、ま、まあ、何とか……その、心配かけて、ごめん」
「だ、大丈夫デス! 元気なら、それが1番デス! だから、その……」
一瞬騒がしさを取り戻したかと思うのも束の間、愛可はしゅんとしおれた様に縮こまり、俯いてしまう。どこか寂し気で、申し訳なさそうで、苦しそう。
目が潤み、今にも泣きそうな表情を浮かべる愛可を見て、俺の中の何かが膨れ上がった。
「どうしたんだ? らしくないじゃないか」
「Hoh?」
思わず、口から出ていた。
「愛可はいつだって元気で、笑顔が綺麗で、楽しそうにしてたじゃないか。なのにどうした、らしくないぞ」
「……ワ、ワタシはただ、申し訳ないと思って、デス」
「申し訳ない? 何がだ?」
「もし、ワタシのせいで具合が悪くなったのなら、謝らないといけないと思った、デス」
「……は?」
躊躇混じりの発言に、俺は茫然と呟いた。
愛可のせいで具合が悪くなった? 謝らないと? 愛可は、何を言っているんだ。
「いやいや、そんなわけないだろ。こんなのは俺の不始末だよ。寝不足に運動不足、それが続けば具合も悪くなるってもんだ。愛可はまったく関係ない」
「で、でも……タイガ、その、ワタシを、避けていたみたいだった……デス」
「避けてたって……」
頭の中で音がした。ただでさえ痛かった頭に、更にガンガンと強い衝撃が響く。
「避けるとは違う。俺は愛可と一緒にいていいような人間じゃないから、一緒にいないようにしてるんだよ。だってそうだろ? 俺みたいな志も無くて自己満足だけの人間が、愛可みたいな子と一緒にいていいわけがない!」
そうだ、それだけだ。
なにも愛可を苦しめたくて、悲しそうな顔をさせたくてしていたことじゃない。俺への戒めとして、罰としてそうやっていただけで、本当は――
そうやって続けようとした言葉を放つよりも早く、愛可が口を開いた。
「I want to be next to you.」
「……え? 今、なんて……」
その発音はあまりに綺麗すぎて、俺のリスニング力じゃ聞き取れなかった。同様のあまりとっさに聞き返そうとしたが、愛可は何かが込み上げてくるかのように背を立たせ、それを飲み込む様に強く目を閉じ、背中を向けた。
「Take care of yourself!」
「ちょ、愛可!?」
急に走り出してしまった愛可の背に、俺は茫然と手を伸ばすしか出来なかった。