今日はやめとく
どうもシファニーです! あけおめことよろ! 読者の皆様の今年1年がより良きものでありますように!
俺の足がすくんだのは、この家に入ってしまえばもう戻れないと思ったから。
深入りし、外堀を埋められて、愛可との距離を確立されてしまうと思ったから。
2度と繰り返さないと誓った黒歴史を、また迎えてしまうような気がしたから。
そんな理由たちが頭の中で渦巻いて、俺の体を鈍らせていた。
「タイガ? 大丈夫デス?」
声をかけられて、思わず視線を下ろす。
そこに見えたのは青色の瞳。そして、その中で茫然とする俺の顔。愛可に覗き込まれていると気付くのに数秒かかり、慌てて距離を取る。
「うおっ!? だ、大丈夫大丈夫! 悪い、ちょっとよそ見してたみたいだ」
「具合、悪いデス?」
「そんなことないから、大丈夫」
大丈夫、なんて言葉を自分に言い聞かせてみる。
大丈夫、何も1対1なわけじゃない。大人数なんだ。
大丈夫、俺は愛可に恋なんてしてない。可愛いとは思うけど、それだけだ。
大丈夫、今の俺は1年以上前の俺とは違う。もう、泣いたりなんてしない。
大丈夫、大丈夫。
そう心の中で繰り返せば繰り返すほど、俺の心はボロボロと崩れて行った。その言葉が大丈夫じゃないことを肯定するようで、やっぱり駄目なんだと追い詰めてくるようで。
自分で自分を、駄目にしていた。
愛可が目の前にいる。
綺麗に結われた金色のツインテール、青く輝く瞳、淡く輝く白色の肌。純粋で、無垢で、幸せそうで、楽しそう。俺とはまるで、対局の存在。
あどけなく、子どもっぽい笑みを浮かべる愛可に対して、俺は自己満足に気付かされただけですべてのやる気を喪失したようなろくでもない男だ。そんなやつが一緒にいて、いいのだろうか。
いや、いいわけがない。
「……悪い、やっぱりちょっと具合悪いかもしれない」
「Oh! それは大変デス! 家で休んで行くデス!」
それがいいデス! と愛可は両手を握って力説してくる。その仕草に思わず頬が緩むのを自覚する。やはり、愛可は純粋で優しく、可愛らしい。
海外譲りの見慣れぬ美貌も、明るく弾んだ綺麗な声も、その周囲を巻き込んで楽しくさせる性格も、全部が魅力的だ。でも、その優しさにあやかるだけの資格は、やはり俺にはないのだと思う。
「いや、帰ってゆっくり休むよ。今朝も遅刻しちゃったし、明日休むわけにはいかないからな」
「そうデス? でも……」
「大丈夫だから、な。音村さんたち、後は任せていいですか?」
「いいけど。ほんとに大丈夫?」
「マジで無理そうなら学校戻る? 保健室とか」
「無病息災、体にいいお茶、知ってるよ」
「家近いし、そんなにひどく無いから大丈夫です。それじゃ」
それだけ言って背を向けて、俺はそそくさと立ち去っていく。
「トモクラ!」
愛可に名前を呼ばれた気がしたが、無視しして逃げることにする。
ここで振り返ってしまったら、俺に欠片だけでも残っていた誠意と言うものが完全に無くなってしまうような気がしたから。
春風はまだ乾いていて冷たく、俺の頬は鬱陶しいくらいにざわついていた。