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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ナダムの夢

作者: リョウ

 足を踏み入れると骸骨の山だった。私はいつもの光景だと心から嘆いた。私がもたらしたこの景色は私自身の行動でもあるが、私自身が願ったものはこの一部にしかなかった。私はいくつものパラレルワールドに根を張る戦士と呼ばれるものであり、変革者であり、大いなる存在に操られる哀れな道化である。私は望む望まないに関わらず、闘争と愛憎の日々を送り、私を支えてきた。私の通った道は血塗れで、私の怒りが溢れていた。私の中に正義がある時、それがたとえ間違ったものだとしても、私は偏執狂で狭量で残忍だった。

 一方で私は自由をもとめた。私が操られる哀れな奴隷だったからだ。そしていつでも私は運命という鎖に縛り付けられ、逃げることは叶わなかったからだ。何十、何百、何千、何万……そんな私達に平穏な日々はこない。いつも大いなる存在に突き動かされるのだ。これは私の意志ではない。他の何かだ、と私は考える。これこそ私を呼び出し、産み落とした存在の意思だといつも思う。だがそれに抗う事は私には出来ない。いつでもそれの操り人形になるのだから。

 私がナダム・ハスファスと呼ばれる男として呼ばれた時、私はそれをうれしい誤算だと思った。ナダムは魔術の天才で、知識の学徒であり、アウトサイダーである。その心には争い事を厭う気持ちと、人間関係などいらないという気持ちで詰まっていた。これほど戦士向きでない男はいない、と喜んだものだ。事実ナダムは鉄壁の魔術の塔に住み、魔術で半永久に育てられる魔術の食料を食べ、その生涯に渡って集めに集めた大量の書に囲まれて生活していた。私はこのどん詰まりであり、出来損ないのナダムを愛し、慈しんだ。

 (ナダム)の人生はとてもシンプルである。朝起きて魔術の食料を食べ、魔術の深淵を覗く。それが終わったら有り余る書物をゆっくりと楽しむ。暗くなったら眠る、その繰り返し。私は散々ささくれた精神がこのシンプルな生活に癒されていくのを感じていた。今度こそ平穏に死ぬことを願った。その生活は約一世紀続いた。その間読む書物が途切れる事がなかったからだ。

 書物が無くなってはじめて私は塔の外に出ようと思った。そして私は街に出て本屋を何軒かはしごし、大量の書物を手に入れて、塔に戻ろうとしていた。その時、私は一人の女性にぶつかってしまったのだ。今世で初めて触れた異性の体に私の心が沸き立つのを感じた。そして彼女を引き上げる時に握った手の感触。なんとも言えないその感触に私は我を忘れそうになった。


「ありがとうございます、魔術師さま」


という鈴の音のような声。私は狼狽せずには居られなかった。私はその日、塔に戻った。いつものように魔術の食料を食べ、魔術の深淵を覗き、書物を読む。満たされていたが、いつもと違い私にはどこか足りないものがあると感じた。私はそれから八つの太陽が生まれ、死んでいった日を境に、私というアイデンティティが崩壊し始めた。魔法の目を使って人里を眺め、それが飽きたら町を覗き、またそれが飽きたら街を眺める。そんな毎日が繰り広げられた。

 ある日私はとうとう私にぶつかった女性を見つける。彼女は寡婦で子供を一人育てていた。来る日も来る日も彼女の生活を眺めた。ある時は新しい恋人ができたが、その男とは長く続かなかった。ある時は子供が熱を出し、職場から急いで帰った。またある時は……。そんな風に私は眺め続けた。彼女を何とかしてあげられたかもしれない。が私は臆病だったのか、はたまた狭量だったのか、それからも一切手出ししなかった。やがて子供は独立し、彼女は歳をとり、ある日病気にかかるとぽっくりと死んだ。その時に初めて私は彼女を愛おしいな、と思ったのである。

 私は彼女のように一生懸命に生きてみたいと思い始め、まずは人里に降りてみようと思った。病気の人を見つけ、治療した。その薬代としてもらった瓜は何とも言えない美味さだった。やがて私は人里に居を構えて魔術師の先生と呼ばれ慕われる。人里に降りてきた魔物を倒し喜ばれ、その日の糧を得る毎日は楽しかったが、同時に私は今一生懸命なのかと考えると彼女に申し訳なく感じた。

 そして私はそれが満足できなくなり街へ。最初はふらふらと治療の真似事をしていた私だったが、ひょんな事から教職を得て沢山の弟子に囲まれる事になった。弟子の指導は楽しかったが、物足りないという渇望にも似た感情に襲われるようになる。私はあちこちへと足を伸ばし、この後物足りなさは何ぞやと探しはじめた。酒も呑んでみた。賭け事に興じてみたりもした。知らない知識を求めてみたりした。しかし、その物足りなさは何かわからなかった。

 そんなある日、私は弟子の知り合いという女性と知己を得た。彼女は聡明で、魅力的な女性で、私は彼女に夢中になった……つまり恋をしたのである。彼女の心を射とめんがため、私は私自身はじめて一生懸命になったと思う。私の思いは彼女に届き、彼女は私の愛する人になってくれた。

 それから私は平穏で愛の溢れる生活を送るようになった。それから私は晴れの日も曇りの日も、雨の日も、雪の日も、毎日彼女と愛を語って過ごした。私と彼女の間に子供は出来なかったが、老いてなお彼女との仲は良好で、これからも続くと思っていた。ある日、彼女は風邪を引いた。薬を処方し、彼女の看病をしたがなかなか良くならなかった。次第に病魔に犯されていく彼女に私は私の知りうる限りの魔術と知識を使った。が、彼女は一年持たずに死んだ。


「愛しています、あなた」


 が私への最後の言葉だった。私はその日愛を見失ったが同時に憎しみという感情を思い出したのかもしれない。彼女を私から奪った神が憎い、そう思ったのだ。私はまた鉄壁の魔術の塔に戻り研究し始め、私はそういう記述がある書物がないか各地を回った。ある時など騙されてひどく怒り、相手を傷つけた事がある。その時私はあの闘争と愛憎の日々を思い出し、またあれを味わうのかと私は恐れたものだ。私は逃げるように塔に戻った。何かを忘れるように研究と魔術と読書の毎日を過ごした……それで平穏な日々など戻る事はないのに。

 私は持て余す時間を使ってアメラという、私の愛する人の名を付けた自動人形を作りだした。私の愛する人と寸分違わぬ姿だが私は彼女を愛することはできなかった。私は嘆き、苦しんだ。何をしてもあの追憶の日々は戻らない。私はそれから無為な自分の人生の長さを恨み、本当の世捨て人らしい生活を送るようになった。

 私はアメラを量産した。より攻撃的な魔術を創り、闘いに備えることをはじめた。私の精神の均衡はそれに費やさねばやりきれないところまだ来ていた。ある日その均衡が崩された。私の塔が見つかったのである。あれは冒険者という職業の一団だと思うが、私の塔を無意味に傷つけはじめたのだ。私はひどく憤慨し、彼らを傷つける事に決めた。私は鎮圧用の魔法を唱えた。彼らはそれに対抗してさらに私の愛する塔を攻撃しはじめた。私は怒りに身を任せ攻撃する。気づけば彼らは物言わぬ屍となっていた。私はまた起こってしまったと思う気持ちと、また起こってくれたと思う気持ちの相反した気持ちを抱えるようになった。望む望まないにも関わらず闘争の日々が始まった。最初は冒険者達を相手にしていたが、それが戦士の一団となり、騎士の一団となりして、最終的に軍団を相手をする事になった。私には容赦という単語はなかった。アメラは軍団となり、私の魔術は破滅的になり彼らを襲う。いつも私は生き残り、彼らは屍を晒すことになった。

 最後に私を襲ったのは神の尖兵と名乗る愚か者たちで、無垢な子供達を人質に攻めてきたものたちであった。私は憤り、全ての人類を敵とすることに決めた。てはじめに神の尖兵と名乗るその者たちと人質たちを残らず火炙りにし、アメラ達をトドメに向かわせた。私はそれからアメラ達を引き連れ各地を回った。私の歩みを止めるものは誰もいなかった。私は沢山の都市を破壊し、村々に火をかけ、アメラに人々を殺す事を命じた。大陸全土の都市を破壊して私はようやく満足し、塔へ戻った。

 私が送った闘争の顛末はこんなところだ。現在私は誰にも煩わされず、一人きりの時間を楽しんでいる。書物は私がこれからの人生で2回か3回読めば足りるだろうと思う量を抱えており、悠々自適に読書の時間を過ごせている。

 復讐の可能性はない。私のアメラたちは私の塔の周りを徘徊し、私以外のものを排除しているし、別のアメラたちは残った人間がいないかどうか、チェックする旅に出ているからだ。そんな訳で私を襲うものなどなく、私は枕を高くして眠れている。


「ナダム・ハスファス、ナダム・ハスファス、ナダム・ハスファス、ナダム・ハスファス………」


 ある冬の日の夜だった。睡眠と覚醒の間の束の間の夢を愉しんでいた私は、突然呼び出された。男でも、女でもないその声が私の名前を呼びかける。私はとうとう来たか、と身構える。私はいつもこの声に呼び出されまた闘争と愛憎の日々を贈るのだ。

なんとかその日はやり過ごした私であったが、私にはそれに抗えたい現在の環境があった。闘争に勝ちようやく得たこの平穏を私は失う訳にはいかなかったのだ。なぜなら私が行なってきた一連の戦闘行動は、今連れて行かれたら全くの無意味な事になってしまう。それ故私はアメラを私の周りに数多く置いて、私が思いつく限りの魔術の防御を私の周りに張り巡らせた。

 だがその声は止まず、次第に大きくなっていく。男か女かわからなかった声は男と女の声に。さらに老若男女の声となり、名前を呼ばれると共に奇妙なハーモニーを奏でるようになった。

 私は私の為に薬を処方し、ほとんどの時間を起きている状態にした。寝る時間は10分ほどで目を瞑るだけで済んだ。ようやく私はこの悪夢のような日々から逃れららたと思ったが、私の目論見は甘いとすぐにわかった。目を瞑っている間に声は聞こえはじめ、日中でも聞こえるようになった。


「ナダム・ハスファス、ナダム・ハスファス、ナダム・ハスファス…………」


 声はやまない。私ができることはこれまでのようだ……。これを読んでいる君は馬鹿な事を書いてるな、と思う事だろう。だがこれが真実であり、私に起こった全てである。私はあの闘争の日々を行った事は後悔していないが、また大いなる存在の戦士として使われてしまった事を後悔している。つまるところ私、ナダム・ハスファスも戦士であり、変革者であり、奴隷であった。

 もし君がそう言ったものに出会ったら伝えて欲しい。そんなものに付き従う必要はないのだと。争いが小さいうちは何とかなるだろう。私は…………………。




『最後のエルフにして魔王ナダム・ハスファスの手記』




 私はもう声に抗えないと諦め、その声に耳を貸す事にした。私は入眠し、その声に応えようとするが、口が動かなかった。私はくらくらとした感覚に引き込まれ、どこかに引き上げられようとするように私の意識が持ち上げられるのを感じた。だがそれも幻のように消え、すとんと落ち私の体に戻ってきた。なおも声は続く。私は更に入眠し、意識の深い所から俯瞰して外を見ているようになった。私の目線はそのままで私は山のように大きくなり、バクテリアのように小さくなった。私は幾多の私の名を思い出し、その人生の年表を読んだ。追憶が来て、去って行った。残滓として残ったアメラとの日々を包んでいると、またクラクラした感覚に襲われた。もはや脳は役に立たず私は考えるのをやめ、私の意識は奈落の下へ落ちていった。永遠とも思われる落下のあと、私は私の住んでいた球体の前にいる。私はただ美しい、と球体を眺めた。一旦私は降り、私の中に戻った頃、名を呼ぶ声とハーモニーは最高潮を迎えようとしていた。最高潮に達した時、ものすごい音でシンバルがなり、私は空に飛び出す。真下には私の塔があり、アメラ達が闊歩している。更に上にあがって雲を突き抜け、空を走った。空は黒くなり、私のいた球体は小さくなる。私は声に導かれるように黒い空の中を走った。球体はミニチュアになり、殻粒になり消えた。さらに私は走り続ける。どこかに目的地があるのか、いやないのか、そんなことはどうでも良い……ただ走った。未来永劫このマラソンは続くのかと思っていると目の前に穀殻のようなものが現れた。それは次第に大きくなり、巨大になり、私はその球体の中に進んで行った。青い空となった空を走り、雲を突き抜ける。下には豊かな緑に覆われ、深い森のすぐ近くに海がある都市があった。私はその郊外に向かってひた走る。

そこには金髪で蒼い瞳でどこかアメラに似た騎士鎧姿の女性がいた。声はまた大きくなり、私は彼女の周りを走った。さらに声は大きくなり、私は狂ったように走る。

また最高潮を迎えるようだ。最高潮のシンバルに合わせて私は彼女に飛び込み、意識を失った。




かくしてナダム・ハスファスの生涯は終わり、また新たな人生がはじまる。私の次がどうなるのかわからないが、少しでも幸あれと心からそう願う。


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