家
広い大きな家には思い出が一杯詰まっている
「いつからだろう?ベッドで一日の大半を過し、歩く事も難しくなったのは」
数年前、バスの中で転んでしまった。骨折して数ヶ月入院した。その後も腰の痛みがとれなくて他の病気が見つかった。白血病のようだ。80歳のお祝いをしてもらった時は杖をついて歩けた。孫やひ孫が集って食事をし、歌も歌った。膝は悪かったがまさか寝たきりになるなんて想像してなかった。
和枝にとって、家は大切なものだった。たとえ伴侶がいなくても守らなくてはいけないと心に決めていた。この家は剛が戦地に赴く時に両親が建て替えたものだった。両親は新しい家から一人息子を送り出したかったのかもしれない。
息子を失った舅は、娘の幸江が嫁いだ時に婿に家を継いで欲しいと頼んだ。教師をしている婿が途中で名前が変わるのは難しいと断ると、それなら子供を養子にしてくれと嘆願された。孫の浩一は小学校に上がる時に自分の養子になってくれた。
「家を継ぐと言う事はそんなに大切な事なのか?」
舅と姑の言われるがままに養子にした事に浩一が嫌な思いをしなければいいがと後悔した事もあった。やはり、舅と姑にも意見を言えない弱い立場の嫁だったのかもしれない。
真由美ならきっと「それって大切な事かな」と意見したのではないか。
すくすく育って自分に懐いてくれた浩一には感謝している。顔立ちも剛に似てきた。浩一に剛を重ねて愛情を注いでいたのかもしれない。
「もう一度自分の足で立って家をみてみたい」
そんな衝動にかられてベッドをおりて居間まで歩いてみた。
「お祖母ちゃん、歩けるの」
帰省していた真由美が酷く驚いていた。
「ちょっとなら」
しかしすぐ痛みが出てきた。入退院を繰り返していたが、最後は家で過したかった。娘の幸江は一緒にいてくれた。
「本当にありがたい」感謝してもしきれない位嬉しかった。
「アイスクリームが食べたい」
真由美にお願いした。
「糖尿だから1つね」
そんな言葉が返ってくる。
週に一回位輸血をしてもらうと気分が良くなる。自分の体が少しずつ悪くなっているのもわかるようになった。
「これで良かったのだろうか?」
色んな事が走馬灯の様に蘇る。
剛と一緒になった事、幸江を産んだ事、皆で笑ってお茶を飲んだりした事、舅と姑の世話を最後までやり遂げた事、自分の母や兄を見送った事、
幸江の七五三、結婚式、真由美や浩一の結婚式、
剛と一緒になって、家族が出来て、幸せが産まれた気がする。
家を継ぐ事も令和ではそんなに重要ではなくなった。
必ずしも長男が親をみる時代ではないし、子供がいなかったり、墓参りの大変さをわかって墓仕舞いする家が増えているようだ。
「先祖は大切にしなさい」
と教えられてきた和枝には理解しがたい世の中かもしれない。
しっかりやり遂げた自分は素敵な女性だった気がする。
「ねえ、剛さん、ちょっと褒めてよ」
和枝は笑いながら軍服姿の剛に話しかけた。
戦争で夫を亡くした和枝は、大きな家で娘に看取られて息をひきとった。少しずつ小さくなる命の灯火を剛と過ごせた家で忘れ形見の娘と過ごした。娘が生まれたことに喜びを感じてそれを絆いていく事に奔走した和枝にエールを送りたい。




