幸せな時間
一人より二人、家族が増える喜びを感じる。
舅と姑を看取り、広い家で一人の生活が続いている。
春になれば田植え、その間に畑に色々な野菜を育てる。お茶も自家製、味噌も作っていた。
農家をしている親戚で旅行にも出かけた。北海道旅行ではトイレが近くて貸し切りバスでは何度も休憩に停まって貰った。行きたいの所には大体行った気がする。
夫婦になった時間は短かったが、剛の記憶はしっかり覚えている。優しく手を握って自分の体を温めてくれた感触はこの年になっても忘れない。女とは不思議な生き物だ。頭と心と体が繋がっていなくても幸せを感じる事が出来る。愛を求めてもそこには剛はいない。
そんな和枝ももうすぐ古希を迎える。長い年月が流れた。
膝が悪いのは血筋なのか、農家で使いすぎたせいなのか、湿布と杖は必需品だ。土間から部屋に入ったり、段差があると膝が痛むがまだ自分の事は自分でできる。
そんな頃、孫の真由美から電話が来た。
「お祖母ちゃん家の近くに就職するから、一緒住んで良いかな?」
「良いよ」
断る理由もなかったのですぐ返事した。
一人の生活から二人の暮しになった。朝は真由美のお弁当を作り、夕飯の支度もした。給料日には2万円の生活費を貰い、刺し身とビールを飲むのが楽しみだった。
両親から車を買って貰った真由美と休みの日には買い物や近くの温泉に出かけた。月に一回位娘の幸江の家にも泊まりで行き、食卓を囲んだ。一人より二人、二人より多くの家族で食べる食事は美味しいし、有り難かった。自分は一人ではないと実感した。
「食べる事は何より大切なのよ」娘に言った事が受け継がれている。食べる事は体を丈夫にするだけではない。繋がりも丈夫にする。
そんな真由美の彼氏がやって来た。背がスラッとして優しそうな若者だった。家に泊まるというので布団は用意したが、一応部屋は別にした。結婚の約束はしているようだが彼はまだ学生さんなのだ。自分の様に結婚前に妊娠しては大変だと思った。
「真由美ちゃん、生理もう、そろそろかな?」
尋ねてみた。
「周期がバラバラで遅れる事もあるのよ」
真由美は少し不機嫌そうに答えた。
誰に似たのか真由美は酒が強い。和枝も飲めない口ではないが嗜む程度だ。日曜には会社の同僚とゴルフをして、終わった後さらにワインを飲んで帰ってきた。案の定、翌日頭が痛くて気持ち悪いと昼休み帰ってきた。自分の若い頃とは時代が違う。飲みたい時に女も飲む。飲めない時はハッキリ断る。
抱いて欲しい時は「抱いて」と言うのだろうか?
一緒になっても男には従う、口答えしないと教わった和枝には自分から求めた事はなかった。真由美のように資格を持っていれば結婚して例え上手くいかなくなっても一人で生きて行く事も出来る。対等な立場で暮していく二人の未来が想像できる。
「お祖母ちゃん、次の休みに東京行ってくるね」
真由美は結婚前だと言うのに彼の所に泊まりに行く。一昔前には考えられない事をやっている。
「まあ、良いか」
和枝は少し心配だったが、羨ましくもあった。真由美の嬉しそうな顔を見ると何も言えなくなる。
反対に仕事で上手くいかない時はビールを飲んでふて寝する。何かブツブツ言っているが、そんな時はそっとしておく。翌日はケロッとして仕事に出かけるからだ。甘い卵焼き入りのお弁当も残さず食べてくると大丈夫だと安心する。
そんな真由美も来年には結婚が決まった。
「また1人になる」慣れてはいるが寂しさがこみ上げてきた。
真由美が結婚して、初ひ孫が産まれた。幸江がお産の手伝いに出かけた。和枝はお宮参りの産着をプレゼントした。ひと月程して写真を見せて貰った。赤い柄の似合うひ孫の笑顔は眩しい。
1人目を子育てしている真由美は真面目すぎる所がある。毎日赤子の体重を測っているようだ。泣いたらすぐ抱っこして腕が痛いと言っていた。少し肩の力を抜いて子育てして欲しいものだ。「泣く子は育つ」と言うではないか。
実際に初ひ孫に会えたのは生まれて半年位経った頃だった。自分の腕に抱いた優の目は澄んでいる。随分前に真由美を抱き、さらに前に娘をおんぶして防空壕に走った事を思い出した。あんな経験は二度としたくない。この子達に味あわせたくない。戦争が二度と起こらないよう祈った。




