砂遊び
何だか全てが無に思えて
「ここまで泳いて来い!」
足の立たない沖に連れて行かれ父に言われた
必死で泳ぐ 海岸まで結構遠い
「大丈夫かな?」
途中で立ってみた やはりまだ足がつかない
「やばいね」
また必死で泳ぐ
「溺れたらきっと死ぬのかな?」
ふとそんな事が頭に浮かんだ
「こんな所で死んでたまるか」
また必死で泳ぐ 足が地面についたとき心の底からホッとした。
「死への恐怖が出てきたのはいつの頃だろう?」
真由美が小学生の時、同じ学校の子が亡くなった。
男の子二人で浜で砂遊びをしていたらしい。
掘っているうちに砂から出てこられなくなって命を落としてしまった。母は号泣していた。
砂の中は苦しかったに違いない。
想像するだけで怖くなる
「生まれてくるということはいつか死ぬということ」
頭ではわかっていたが幼い頃は怖くてたまらなかった。
自分が消えてしまうというのに、皆なぜ普通にしていられるのだろう?
勉強しても、お金持ちになっても、幸せになっても、偉くなっても結局灰になって一緒じゃないか。
「お母さん、どうしたらいい?」
相談してみた。
不思議な答えが帰ってきた。
「あなたって暇ね」
その後言葉には出せなくなった。
暫く答えの出ない問いに苦しんでいた。
しかし前に進むために自分で答えを探していた。
「変えられない事に苦しむのはよそう」
「まだ10代ではないか」
「恋もしてないし、結婚も、好きな事も、色んな事をやりきってからまた考えよう」
「楽しんだものが勝ちに決まってる」
世の中には生きたくても病気や不慮の事故で生きられない人もいる。自分は生きている。それだけで幸せなのではないか
そんな事を考えているうちに少しずつ心が軽くなった。
今なら母が言った意味が理解出来る。
3人の子供を必死で育てるのに一生懸命だったのだろう。経済的な事もあって内職したりしていた。生きていくのが大変だったのだろう。
ある日真由美は、買い物を頼まれた。
「卵を養鶏場で買ってきて」
いつものように自転車で
ガタゴトガタゴト、でこぼこ道を飛ばしていた。
家に着くと殆どの卵が割れていた。
自転車で行くべきではなかった。考えが足りなかったと反省した。
やりくりしている母に申し訳なかった。
しかし母への気持ちは変わりやすい
高学年になって、近所のおつかいから帰ると母に言われた。
「お釣りが足りないんだけど」
どうも計算が合わないらしい。
言われた物を買って、お釣りを貰ってそのまま母に渡した。
小学生だった真由美はお釣りの確認はしなかったのだ。
母は私を疑っているようだ。
「100円取ってない?」
凄く嫌な気分だ。
「それならお店に行って足りないと言ってきなさい。」
真由美は嫌々ながらも仕方なく店に行き、説明して100円貰った。
お店の人は少し呆れていた。
令和なら、防犯カメラもあってハッキリするが、昭和はそうはいかない。
暫くは私を疑った母に腹が立っていた。
「クソババァ」
心の中で呟いた。




