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新人パルト①‐水魔法使い Ⅱ




 □ ■ □ ■ □ ■ 




「おれはクード。簡単な風魔法と、あとこの長柄鎚を使う。逃げ足には自信があるぜ」


「まほう、しってる。ないもの、みずとかだす」


 ヒラ豆と(カブ)と、ホブリフ肉が混じってる肉詰めの燻製(くんせい)干し、生タイムが入った塩煮込みを(すす)りながら、先ずは改めて自己紹介だ。


 分かりにくい言葉は聞き返して欲しい、と伝えると、自分は言葉を聞き慣れたいから普通に話して欲しい、的な片言を返された。

 いい人だ。算数できなくても教えればいいな、全力で教えるぞ。

 ちなみにクードは、長柄鎚や己の足を叩きながら喋っている。俺を参考にしたらしい。


 ワーフェルドさんは、さっき泣きながら食べていた、ベルガ豆の入ったパン──さっき焼きたてが並んだところだったから、まだあったかい──だけを幾つも選んで、キリャに「煮込みも食べなきゃダメー!」といきなり怒られていた。

 お前段々、義母さんに似てきたなあ。


 なお今、ワーフェルドさんはパンと塩煮込みを交互に口に運んでいる。

 肉詰めは好みじゃないようで、ちょっと噛んでから丸飲みしていた。

 美味しいのになあ、ホブリフ肉。

 そのままだと(すじ)張ってて固いけど、細切れにしてハーブを混ぜて、竹に詰めて蒸したやつを切って(いぶ)して。


 って、そうじゃなくて。

 うーん、クードの軽口と、キリャの説教。反応が違うのはなんでだろう。

 一瞬、またあの顔をするか、と緊張したんだが。男女の差か?




「私はキリャ。強い火魔法はまだ練習中ー。危ない時はぶっ放すから避けてねー」


「まほう、れんしゅう、ぶっぱなす」


「詠唱と発動はできるんだけどー、調整や制御が下手だからまだ使うな、って(おさ)に言われてるのー」


 あとはこの弓、と弓袋から出して弦を鳴らすが、我が義妹ながらおっかない説明だな。

 それと、ワーフェルドさんは魔法の家も長のことも知らないんだから、もうちょっと言葉を選んだ方がいいぞ。

 ワーフェルドさん、なにをどう()けばいいのか解らない、って顔してるじゃないか。




「俺はカルゴ。水魔法と、この槍と、こっちに気休め程度の小弓。キリャとは三つ月違いの義兄妹(きょうだい)だ。俺が兄、キリャが妹、クードは幼馴染み……長い友達」


 俺は指差しながら繰り返す。腕の半分しかない小弓を笑われるか、と思ったが、頷かれただけだった。

 頬張っていたパンを飲み込んでから、髪の長さ以外はさっぱりした隠れイケメンだったワーフェルドさんが口を開く。

 それにしても前髪、邪魔そうだなあ。


 先程、ぬるま湯を喜びながらも恐る恐る石鹸を使う様子に耐えかねたクードが、ダイナミックに体洗いを手伝ったせいで、俺たちは彼の素顔も、身体中の古傷も見ていた。

 流石にキリャは席を外したが。

 リーシュ人や、武装商会の人たちより目鼻の彫りが浅くて、小国家群出身というより──更に異国の出身っぽい、と再認識できた。


 あと、筋肉の付き方が違う。よく(しな)りそうだけど、細いし薄い。

 そして全身、煙臭かった。

 今は緩和してるが、俺たちの鼻が()れただけかもしれないし、石鹸で流されたのかもしれない。



「ぼくワーフェルド。なまえない……です。ワーフェルドよばれた、だからなのる。

 あたらしい国、エフみたいなしごと、パンが食べられる、きいた。お金ためた、がんばった。まほう、できるない。みんなすごい。

 ぼく、この棒と金槌で、みんな守る。がんばる。ありがと。うれしい。

 水おいしい、このパンおいしい。くろくない、かたくない。みどり豆あまい。すごい」


「「「……」」」


 この人、さっきのあれは──リーシュのパンの味に感涙してたのか。

 って、あれ?

 小国家群でも小麦は育ててるはずだし、パンもある……はずだよなあ。

 そんなに違うのかな、エフってパンの購入に制限がある職なのか?


 だとしたら、(ひど)くないか?

 戦闘職なのにパンが食べられないって。

 いや、まだそう言い切れるだけの情報がない。ちゃんと聞き出してから、判断しよう。

 思い込みは危ないと、役場の人たちも言っていた。


「……えっとー、エフってなんとかハンターって言ってたわよねー。猟師(ハンター)なら弓も使うー? 使えるー?」


狩人(はんたー)ちがう。エフ、は、モンスターや野盗狩る。弓、は使えない、だ、です」


 どういう意味だろう。


「弓、しりたい言った。おかねたくさんいった。ぼくなかった。つくるまねた。きんしいわれる、して、なぐるされた。ぼこぼこ」


 そう続けられて、俺は考える。


「ワーフェルドさんは猟師の生まれじゃなかった、小……同盟国家群では『弓撃ちや作製講習は有料』で習えなくて、棒術メインになった、ってとこかな」


 だからって、殴られるのはどうかと思う。

 技術がない人が作った粗悪品を売ることが禁じられるのであれば、理由は分からなくもない。

 でも売り物でなく、個人が模造したものまで許さないのは、どうなんだ。


「じゃあ私が弓、頑張るねー! 鹿までなら畑で倒したことあるしー」


 キリャが元気に木匙ごと挙手して、ワーフェルドさんが微笑んだ。お、前髪が邪魔だけど、いい表情だ。

 ベルガ豆のパンを両手に持ってるけど、多分この人モテそうだ。

 可愛げのあるイケメン、強いなあ。




 ……っていうか、さらっと言ったな。

 野盗って人間だよな。


 そういうのって衛兵の仕事じゃないのか。

 衛兵だけじゃ足りないくらい、小国家群って今もうじゃうじゃ破落戸(ごろつき)とか悪党とかいるのか。

 うわ、リーシュよりずっと、おっかないじゃないか。


 と思ったけど、言わずにおく。

 外国の体制をあまり知らないし、失礼かもしれないし。

 以前、武装商会の誰かが結婚するという話を耳にして、どうやって出会ったのかとその時の商会隊長さんに訊いたら──「それは本人にも尋ねてはいけない。あいつもうちに来るまで色々あってな」って言われたっけ。


 あとキリャ、鹿は一回だけだろ。俺たちは兎ばっか撃ってたじゃないか。

 ネズミは叩いてから斬って燃やしたし、獲物じゃないよな。


「あー、行儀悪くてごめんねー。ワーフェルドさん、パンは一個ずつ食べようねー」


「金槌、かあ。ちっちぇえな」


「これ、は、持つのゆるす、された、どうぐ、です。一番なじむ。投げるできる」


 道具の所持に許可がいる……ひょっとして、この人あれか。

 下層階級、とやらの出身なのか?


 リーシュにはないけど、小国家群には身分という上下があって、就ける職とか住める場所とか色々に制限がある、って役場で居合わせた武装商会の別の隊長との雑談で聞いたな。

 そのことで職能ごとの人員把握と税収計算の効率化と、居住区整備と……あとなんだっけ。

 利点が多そうな体制だ、と思いながら相槌(あいづち)打ってたけど、早計だったんだな。

 あの白髪の多い隊長や役場の人たちが渋い顔をしていたのは、良くない面もあるからだったのか。


 だって金槌以外のなにかは、持つことを禁じられてた、って意味だろう。

 弓の模造品ですら所持を許されない、のは相当厳しい制限だ。

 それだけでできる仕事ってなんだろう──石工や大工、鍛冶の手伝いくらいか。

 いやでも、そんな出自だとしたら、人身捕殺(ほさつ)の職に就けるのか?

 うーん、パンの件といい、小国家群の基準が分からないな。

 どっちがどうおかしいんだろう。




「なあ、今度うちに寄ってみねえ? 親父たちが石工でさ、ワーフェルドさんの体に合う鎚や(のみ)とか見繕(みつくろ)ってくれるかもしんねえ。

 これ、流石にあんたにゃ小せえよ」


「……それ、は、うれしい。たすかる。ためす、したい。いくらですか」


 待てクード、その案自体はいいが、ホブリフと戦える鑿ってなんだ。想像したら怖くて笑えて奇妙すぎる。

 専門道具は……長柄鎚じゃなきゃ免許の登録、いらないんだっけ。街中での携帯に。

 あと、ワーフェルドさんがちょっと(ひる)んだな。なんでだ。


「俺は飲水呪文も使えるから、その大きな水樽は売って、一番小さいものに買い換えませんか。荷物は軽いに越したことないし。

 ──大きい樽、重い、大変、買い換えよう。飲み水は大丈夫、俺の魔法で、出せる。みんなの飲み水、俺に任せて。みんな小さい樽、軽い、便利」


 革鎧がとにかくごついし、足回り腰回りが重そうで気になる。

 武装商会の人たちの格好とちょっと似てるから、小国家群では普通なのかも知れないが。


「カルゴすごい、のむできるみずのまほう、とてもだいじ。ぼくしってる。すごいひといた」


 おおう、笑顔が(まぶ)しい。

 年長者からの手放しの称賛って、くすぐったいなあ。


 ん?

 魔法……水魔法使いの知り合いがいたのか。どんな人だったんだろう。

 俺、その人と比べられないかな。




 ……まあ、いいや。経歴とか過去なんて。

 ワーフェルドさんは多分、苦労して生き延びて、この国を目指して戦ってきた人だ。

 きっと、いや絶対、俺たちより腕がたつ先輩だ。


 そして、悪い人ではない。

 いきなり近寄ってきた年下の俺たちに警戒はしてたけど、こちらの話を聞く耳を持っているし、知らないことは尋ねてくれるし、あとなんか……食べながら時々、目を柔らかく細めて俺たちを見ている。


 うん、言葉やあれこれは少しずつ馴染んでいってもらって、みんなで大事な人たちを守って、生き延びていこう。

 って、ワーフェルドさんは独りか。

 えーと、じゃあ一先ず「パンのために」頑張ってもらおう。




「リーシュ、同盟国家群、くらべる、モンスター、たくさん、きいた。ぼくまけない。ぼくは、『仲間』を、守る」


 ……あれ、いやでも、ただの黒っぽい棒、ってか棍棒だよなこの人の武器……ほら、いざとなったらチームワークでなんとか。


 なるよな? いやなる! なってやろうじゃないか!

 ──もしあれだったら、ワーフェルドさんに槍とか剣とか、衛兵詰所で訓練に参加して覚えてもらうとか?

 くっそ、我ながら他人任せすぎないか?




 ……俺は水魔法、頑張ろう。

 面接前まで顔を出してた石切場で、師匠に習った≪水刃(ウォルカ)≫を使いこなせるくらい。

 直接攻撃は無理でも、威嚇(いかく)や牽制にはなるだろうから。

 金剛砂は高価だから、先ずは鉄粉か。

 ううん、練習日数と稼ぎが足りない。適性と才能と余暇と金が欲しい。


 ──って!

 またさらっと言ったな! 仲間って言ったな! さっき会ったばっかだろ!

 いや、仲間だの友達だのって、先に言ったの俺だけど!

 俺たちが悪党だったらどうするんだ!


 なんだよ、この人、見かけによらずとんだお人好しなのか、まったくもう。



 □ □ □ 



 明日は日の出の鐘で食堂に集合、水車小屋までの巡回とホブフリオスメルジャの交換任務だ、と告げると、ワーフェルドさんは難しい顔をした。


「んー、どした?」


「水車小屋、は、わるい人、です」


 その言葉に、俺たちはぎょっとする。

 ああまったくもう、どうなってるんだ小国家群は!




「悪くないよー、イルさんは優しいおじいちゃんよー」


「なあ、ワーフェルドのいたところの水車小屋は、悪かったのか?」


 キリャとクードの問いに、ワーフェルドさんは頷いた。


「水車、えらいひと、王様? 領主のもの? です。トッケンカイキュウ? こなひきズルする。近付くゆるすない、みんなくるしくする水車きらい」


 うわあ、と三人揃って天井を見上げる。

 壁に()げられている≪機工角灯(ランタン)≫の光が、照らし上げる(はり)は太かった。


 ──どうにも小国家群は、俺たちの想像を越える。




「リーシュでは、水車は尊敬されてます。王様のものじゃありません、国の、と言うかイルさんたちの家のものだし、みんなのものです。

 粉()きでズルしたとか聞いたことないですし、イルさんたちは立派な大工で、むしろ人を助ける仕事をしています」


 できるだけ単語を強くはっきり発声して、言い直さずに告げてみた。


「なんだと!」


 青天のホブリド、って今のワーフェルドさんの顔だと思う。

 ミステリアスなシャープイケメン、どこ行ったんだ。


「そうそうー、イルさんのお爺ちゃん? が水車小屋建ててー、それでリーシュで育てた小麦を粉に挽けてー」


「今は魔道具も粉挽きしてっけど、洗濯屋とかで、人が集まってるんだぜ。そうだ、染めの親方が、職人町から水魔法使いが二割くらい移るって言ってたな」


「まどうぐ」


 ワーフェルドさんが、きょとんとしている。

 知り合いはいても、魔法自体にそれほど馴染みがないみたいだし。

 ピンときてないな、これは。

 そのうち任務の合間にでも、実物を……って、大人もパン屋の見学ってできたっけ、どうだろう。手習い所の子たちのそれに混ぜてもらうとか?

 いやまあ、あとで考えよう。


「パンを『指定日』に買えるようになったのも、さっきワーフェルドさんが食べたベルガ豆のパンも、元は小麦農家と正直な水車小屋のおかげなんです」


「パンのおかげ」


 わあ、端折(はしょ)られた。




 三人で次々に説明してやっと、ワーフェルドさんは普通の顔に戻った。


「おいしいパン、たくさん食べるできて、水車小屋わるくない。こなひきまどうぐ? しんじるできない。でもしんじる。みんな、うそつきのかお、ちがう。

 リーシュは夢のくに、ほんとう」


 あの楽士は正しかった、といったことを呟くワーフェルドさんに、俺たちは胸を撫で下ろす。

 いやはや、これは先行きが心配だ。


「……代わりにホブ、モンスターがいっぱいなのよ」


「なんか小国家群って、こっちと全然違うんだな。言葉以外のがでかくね?」




 大丈夫かな。

 不安は山盛りだし、言葉以上に感覚の差も多そうだけど。

 (よぎ)った不安は、また勝手に動いた俺の口が払拭する。


「大丈夫ですワーフェルドさん、俺たちがついてる」


「そ、そうよー! みんなで一緒に頑張ろうー」


「だな。これから(よろ)しく、なっ」


「いっしょ、はい、ぼくがんばるします」


 やるしかないよな、こいつらと。



 □ □ □ 



 その後、ワーフェルドさんは改めて「べるがまめのパン」という言葉を覚えた。

 何度も何度も繰り返し発声して、俺たちに合っているか確認してくる。なんだろう、その熱意は。


 ≪丘の国(ベルガス)≫という、小国家群の北東の端、ええと、リーシュから見て真北にある国の名前を、キリャは知らなかった。

 俺は武装商会の人たちとの会話や、役場で聞き覚える機会があったし、クードは染色工房の帳簿で目にしていたそうだが。


「普通に暮らしてたら外国の名前、聞かないもんー。南地区の子たちも、ベルガ豆以上は知らないと思うー」


 講習で聞いた「北の砦町」は、ベルガスに属する。あの場ですぐそう理解していたのは、案外少ないのかもしれない。

 まあ俺たちも、「赤の山道」の向こうにある≪陽の国(ディスティア)≫より西の国名なんかは知らないんだが。

 ディスティア産といえば海塩と木綿と。


「ベルガス、たくさんとれる、みどりのまめ。あまい知らない。びっくり。ぼくしってるまめ、塩でにる。これははちみつですかまめ糖ですか」


 ……本当に、明日から大丈夫だろうか。




「マメ糖ってなにー?」


「村の木だ、です、大きい、いなごまめ、秋、くろいさやひろう」


「え? 豆が実る木があんの? 甘いの?」


「ちょ、(イナゴ)の豆? なんですかその怖い名前は! ワーフェルドさんそれ詳しく!」


 聞いたことない!

 麦糖と蜂蜜と、甘蔦(あまづら)と黒人参と干し秋渋以外にあるのか甘いもの!

 いや他の干し果実もあるけど、甘い豆は知らないぞ!

 パンのベルガ豆が甘いのは、麦糖混ぜて煮るからだ!


「つぎのとし、ない。とても高い。税金。えらいひとや金満商人御用達」


 なんかすごい言い回しがさらっと出たな。


「ぼく、もうしるない。農民、ちがう」


 ワーフェルドさんがそう締めたので、俺たちは顔を見合わせ、無言で頷きあった。

 この細すぎる先輩に、しっかり食べさせよう。

 リーシュのパンと甘いものと、美味いものを。


 そしてリーシュにはない、俺たちが知らない物事を教えてもらおう。

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