表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/37

新人パルト①‐水魔法使いⅠ




 握り締めていた竹札の番号が、合格者のそれとして告げられる。

 先に呼ばれた二人を見れば、義妹(いもうと)のキリャは満面の笑みをこちらに向けていて、幼馴染みのクードは拳をつくり(うなず)いていた。


 良かった。

 俺たちは三人揃って≪公務遊撃隊(パルトフィシャリス)≫になれたんだ。




 □ ■ □ ■ □ ■ 




 俺はカルゴ。

 成人してから二年経つ、まあ、どこにでもいる男だ。


 ただ、俺たちが生まれた≪豊国(リーシュ)≫は、「赤の山々」や「白の山脈」の向こうにある小国家群、とやらと比べてとてもおっかないところ、らしいから、普通と称していいのかは分からない。

 でもそれは、向こう出身だという年配者や、「武装商会」の人たちから見ての言い方なわけで、リーシュに暮らす大勢を基準にしたら、真ん中くらいだと思う。


 東や南の防壁があっても、≪魔鳥(ホブリド)≫たちはあちこちで()かれている≪魔忌避香(ホブフリオスメルジャ)≫の煙が届かない空に現れ、匂いが薄いところを降下してくる。


 ≪魔蟲(ホビュゲ)≫は香ノ木が植えられない川や水路や耕作地の境から、風向きの変化で生じる隙間──木の匂いが届かない箇所を縫って、やってくる。

 柵で対策をしても、万全にはならない。


 衛兵もいるが、完全にすべてに対応し、処理することは難しい。

 だから今でも、街や村に住む者は、いざという時には自分と家族と仲間を守るために、得物を振るう。

 リーシュではそれが当たり前のことだ。




 国民皆兵、と建国宣言にもある。


 それが異常だとか悲惨だとか、武装商会の若い人から聞いたが、どうでもいい。

 リーシュとよそとは違う。ただそれだけだ。




 そんなリーシュには、半民半兵の職がある。

 それがパルトフィシャリス、略称パルトだ。


 普段はよろず事()()い業として、人手不足のあらゆる職の助っ人を(にな)い。

 凶事があれば、先陣切って衛兵たちの到着まで民を守る。

 腕がたつなら防壁の向こう側、南や東の未開地に出向いて、≪魔獣(ホブリフ)≫どもと戦ったり、資材を得たり、地形や植物を調べたりもする。


 まあ、あれだ。広場や酒場で楽士が(うた)爪弾(つまび)き──それを耳にした親が子に、寝物語に聞かせる、未知に挑む冒険物語の主人公、とやらだ。

 今まで一回しか、楽士を見たことがないから、この言い方が正しいかは分からないが。


 西地区だと「冬の祭日」でも、竹笛奏士しか来ない。曲にあわせてみんなで歌って踊るだけで楽しいから、いいんだけど。



 □ □ □ 



 パルトは、衛兵に次いで殉職率が高い。


 小さい頃、より自由なパルトになりたいと言って、親や祖父母に渋い顔をされる、なんてリーシュの「あるある」だ。


 けれど目の前で、近しい人をホブリドどもに(ついば)まれたり。

 命()けで撃退する大人たちの姿を、目の当たりにしたり。

 親の仕事を継ぐことがどうしてもできなかったりした奴らは、戦闘職を(こころざ)し、選ぶようになる。


 生真面目な奴、伴侶を定めてる奴は衛兵に。

 そうでない奴が、最後にパルトを目指すことも、珍しくない。



 □ □ □ 



 俺はかつて、両親と弟をホブリドに殺され、衛兵とパルトに命を救われた。

 隣の家に引き取られて、ちゃんと十五で成人するまで育ててもらえた。


 義父(とう)さんは、預かっている親父たちの畑や家を継げばいい、と言ってくれたけど。

 土魔法の才能がある義兄(にい)さんたちに今まで通り、まとめて任せた方がいい、と俺は判断し、家を出る考えだと成人直後に告げた。


 義母(かあ)さんやキリャは泣いて引き留めようとしてくれたけど、その涙で俺は決意を固めた。

 この、大事な家族がいる、村を守るパルトになろう、と。

 衛兵就職だと通らない、拠点地を自ら定めるという我が(まま)が通る、戦闘職に就こう、と。




 少しだけ水魔法の才があった俺は、成人後も義父(ちち)義兄(あに)たちと畑仕事をしつつ、水()きを頑張っていた。

 畑仕事の休憩中は、義兄たちやご近所さんたちから槍の扱いを教わった。

 週に一度、石切場に通って休憩中の石工の人たちにも手合わせをしてもらい。

 俺に武術の才はない、と思い知らされた。


 ただ、石切場では老齢の水魔法使いに色々と教わることができたので、良かったと思う。




 農閑期は村のあれこれを手伝いながら、渡川料が貯まる度に「魔法の家」に向かった。

 石切場の水魔法使いに習ったコツや新呪文を、編纂(へんさん)担当の副長と相談の上、代筆した。

 以前は発動しなかった呪文を改めて覚え、体得(たいとく)することで、水量調整や範囲制御の精度を上げることもできた。

 実践すれば、みんなに喜ばれた。

 冊子だけ、「師匠」の教えだけでは、この成果は得られなかったかもしれない。


 いつしか、俺を真似て村で小銭を稼いだキリャも、ついて来るようになった。

 俺が疲れてへばるのを尻目に、余裕で修練を続けられる義妹は、きっととびきりの火魔法の才がある。途中からは、魔法の家の(おさ)たちが付きっきりになって、弓まで教えてたし。


 あそこで魔法以外を教わる者は、凄腕の魔法使いになる不文律がある。

 俺はキリャが羨ましかったけど、すぐに割り切った。

 だって、人にはできることとできないことがあるから。




 通うついでに、納税計算や申告修正を役場に持って行ってくれ、と竹簡と渡川料以上を持たせてくれた村長は、優しい人だ。

 村のみんなみたいな大人になりたい、家族だけじゃなくみんなを守る──微力を尽くして人助けができるパルトになろう、と改めて決意を固めた。



 □ □ □ 



 役場はいつ行っても人手不足らしく、何故か毎回、あれこれ雑用を頼まれた。

 燻蒸(くんじょう)小屋の(こよみ)計算、麦藁の体積算出、村の一年分の天気の書き写し。

 土魔法使いたちの月報引き取りと堆肥分配計画表、数字と絵図の書き付け竹簡や木簡を預り、あちこち走り回った。


 役人って大変だ。

 書きもので手は黒くなるし、貴重な羊皮紙への清書は間違えられないし、たくさんの村の生産と維持と管理記録を数字にまとめて、来年以降の計画をそれぞれに伝えて話し合って。

 計算して考えて、書きまくって話しまくって走り回って、また書き直して。

 黒斑(クロモジ)()れ湯の消費が多いのも、分かる気がする。


 そうやって集められた、たくさんの竹簡や木簡や羊皮紙全部を読んで。一つずつ、あれこれ確認して、差配を決めなきゃいけないんだ。

 そりゃあ王様も、執務机でぺちゃんこになるだろう。すごいなあ。

 何回か部屋に届け物をしたけど、ずっと(うつむ)いてて旋毛(つむじ)しか見たことがない。




 俺が役場でもらった日当や渡川料の釣り銭は、村長も、義父さん義母さんも受け取ってくれなかった。

 それはお前個人の稼ぎだから、全額パルトになるために貯めておけ、と言ってくれた。

 装具代と半年分の生活費がないと、試験を受けられないということも、教えてくれた。

 空き家になっている実家と畑は、義兄さんたちが正式に買い取る手続きをしてくれた。


 村と、石切場と、街にある役場と、魔法の家。

 ぐるぐる回っているうちに、寝物語の英雄、以外のパルトの生き方と現実に気付けた。

 役場の新人以上に、あちこちに向かって走る姿も見た。

 衛兵の下位互換、その日暮らしのなんでも屋。

 それがパルトの正体だ。



 □ □ □ 



 圧倒的な武の才がなくとも、村や家族を守る力が足りなくても──その場しのぎの盾にはなれる。


 村の困り事や面倒事への対処法は一通り覚えたし、他の町や街も、基本は同じだろうし。

 それぞれどの立場の人に相談すればいいか、を知っている俺は、パルトになっても少し有利だろう。

 槍も──水魔法も結局半端だった俺は、戦闘や開拓といった高みを目指すのではなく、最初から「間」を狙えばいい。

 それで生きていけるなら、十分だ。




 前試験である面接でそう言ったら、変な顔をされた。

 顔見知りの役場の人たちまで呼ばれて、ちょっと()めた。

 なんでそうなっちゃったの、と義両親(おや)を呼ばれそうになって、認め書きの竹簡まで疑われた。偽造してません本物です。どこにも削って書き直した痕跡ないじゃないですか。


 俺だけ長引いて、役場の隅に一泊させられた。多分、一番の問題児扱いだろう。

 翌朝渡された番号札──受験票に、ほっとした。


 後日、本試験を受けに行くと、知った顔がいた。

 幼馴染みのクードと、義妹のキリャだった。



 □ □ □ 



 クードは村外れにある石切場の、組合長の三男で、俺の一つ上。

 村の同世代の中では一番喧嘩(けんか)が強くて、風魔法が使えた。

 キリャとちょっといい仲で、多分衛兵に就くと思っていたのに、三年前に職人町へ出るようになっていた。


「衛兵ー? 不可能貝(かたつむり)! 詰所の見学行ったら男ばっかでムサいのなんのって。

 おれにゃ無理、職人町でもピンと来なかったし、だったらやっぱ、パルトフィシャリスっきゃねーっしょ」


 ……うん、お前、キリャ以外の女の子も大好きだもんなあ。けどいいのか、そんな理由で。


「見習いの給料貯めてたし、装具買ってもちったぁ残るだろうな」




「私は火魔法誉められたけどー、通える職場が見付からなかったしー、割り当ての畑はお兄ちゃんたちに売ったのー。

 うっかり麦穂を焼くくらいならー、頑張ってホブリフ焼くわー」


 キリャお前……いいのかそれで。女性パルトは男より()()なのに。


「お義兄ちゃんと一緒ならー、火事にはならないでしょー?」


「おれは長柄鎚回して戦えるし、全員違う魔法使えるって有利じゃね?」


 いいのか。そんな気軽に決めていいのか二人とも。


「石切場や村を中心にしたいねー、って二人で話して決めたのー」


 ……そうか、俺たちは同じか。



 □ □ □ 



 本試験合格前にチームを決めていたのは、幾らなんでも気が早いだろう。

 けれど、問題児の俺を受け入れてくれる、見知らぬ同期がいるとも思えなかった。

 そして俺たちは、全員受かった。

 これが創造神様の(おぼ)し召し、なのかもしれない。


「あとで三つ通りの広場の(ほこら)にお(そな)えに行こーぜ」


「うん、ロバも()でに行こうよー。知ってるー? あの子たち撫でると、いい出会いがあるんだってー」


 おい、王様のロバをなんだと……いや、撫でるくらいならいいのかもだけど、もう俺たちは大人なんだぞ。

 ちっちゃい子たちの、貴重な遊び時間(ふれあい)を邪魔しちゃ駄目だろう。

 あとキリャ、その弓手袋着けたまま撫でたらロバが嫌がると思うぞ。硬くて。



 そういや、王様も変らしいなリーシュ。

 小国家群の王様は街中をこっそりほてほて出歩いたり、秋に鎌持って麦刈りの手伝いに来たり、はしないらしい。

 じゃあ向こうの王様って、普段はなにやってんだろう。

 朝から晩まで、執務机でぺちゃんこになり続けてるだけかな。

 黒おじさんみたいに、難しい顔で数えたり教えたり指示出ししたり、抜け出した上役(うわやく)を捕まえにきたりするのかな。

 いや、王様の上はいないか。


 役場でちらと見た黒おじさんこと宰相閣下は、人間離れした仕事量だった。あれはきっと見えない頭が二つ、見えない腕が四本くらいあるに違いない。

 蒲公英(タンポポ)根の(せん)じ湯を好む人型ホブリフなのかな、無害だけど。



 □ □ □ 



 そんな、呑気(のんき)なことを考えながら入った最終講習室。

 並んだ縁台(ベンチ)の最前列に、見知らぬ大男が座っていた。


 ぼさぼさの黒髪。

 あちこちに金属札が(びょう)留めされた、堅そうな見慣れない革の鎧──いや、あれは武装商会の人たちのそれに似た造り、だ。重そうな。

 頬まで届く前髪から垣間見える、鋭い目付き。

 (すね)までの長丈靴も、鎧と同じ革で、がっしりした造り。

 肌の色も少し濃くて、(なめ)し革のようだ。なんとなく、武装商会の人たちと黒おじさんの両方に、少しずつ似ていた。


 手袋は着けておらず、粗い布を手首から雑に巻き付けている。

 横の座面に置いた背負い袋に立て掛けられているのは、太くて長い──黒っぽい、ただの棒に見える。枝打ちをして、表面を磨いただけの。

 更に、縄が巻かれたでかい水樽。上には帽子状の、革の兜が置いてある。ぼろい分厚い毛皮っぽい(かたまり)は、なんだろう。

 腰の太いベルトから下がっているのは、大きさの違う粗布袋二つと、(さや)に入った(なた)……だよな、多分。あとむき出しの金槌。

 え? なんで金槌?

 あと走る時、あんなに腰回りにぶら下げてて邪魔にならないのか?


 座っていても分かる。俺たちよりずっと、背が高い。

 けど、衛兵やクードの親父さんたちみたいな、分厚いムキムキの筋肉じゃない。

 俺たちより太そうな腕と袖、なのにひょろ長い印象が強くて、違和感がある。


「……カルゴ、なんかヤベェやつがいる」


 俺の後ろで(ささや)いたクードに、無言で激しく同意した。

 ()ぎ慣れた煙っぽい(にお)いが強く漂っているのが、気になった。




 □ ■ □ ■ □ ■ 




 小童(ワーフェルド)、という変な名乗りをした長細い男は、どうやら小国家──アーガ先生によると、本当は同盟国家群、が正しいらしい ──でパルト、みたいな仕事に就いていたらしい。

 俺たちより幾つか年長だそうだが、年齢がさっぱり分からない。


 言葉がたどたどしくて、第一印象より怖くはなさそうだ。

 講習担当のアーガ先生に乗っかって、ワーフェルドさんに質問しまくったクードは、後ろで立たされた。




 講習が終わって、資格証も兼ねた自由通行許可証を受け取った。

 うん、話に聞いていた通り、常時携帯の国民証と同じ香ノ木製だ。あのいい匂いがする。二つ札をまとめて首から提げると、背筋が伸びた。


 国民証同様、いざという時は燃やせ、って言われた。

 石柱香炉や窓なし角灯(ランタン)、人家の火種がない場所では、キリャに頼むしかない。




 ふと視線を巡らすと、食堂の端でアーガ先生とワーフェルドさんがなにか話し合っていた。

 エフ、ホブリド、ホビュゲ、撃破数、急所、群体、素材、魔法適性、そんな言葉が聞こえてくる。

 確かに言葉遣いが少し違うが、まあ誤差の範囲内だろう。そのやり取りを聞きながら、言い換え方を幾つか覚えていたが、目を疑った。

 パン? なんで食べながら……腹減ってるのか? いや、でも。


「カルゴ、西地区の任務は取られたから、街の水車小屋周りの取ってきたぜ。南地区のは、報酬も高くて竹札の奪い合いになってたわ」


「初任務だねー、頑張ろーね、お義兄ちゃん」


 意気込む二人の声を背に、俺は前方から目が離せなかった。


「どした?」


「あ、ワーフェルドさ……ん?」


 だって、あんな(いか)ついお兄さんがさ。


「「なんで泣きながらパンを」」


「だよなあ……」


 嗚咽(おえつ)()らしながら、大事そうに握ったパンをむしむし食いつつ話し合い。

 予想外すぎるだろ。


「ひょっとして、声かけるつもりか?」


「なんだろう……うーん、なんかこう、気になるんだよ」


「まあ、目を引く人よねー、強そうだしー」


 同盟──うーん、面倒だし今まで通り小国家群でいいや──出身なら、ホブリド退治の先輩なら、きっと色々なことを知っているだろうし、学べるだろう。

 見た目よりずっと、取っ付きやすいようにも思えるし。

 泣きながらパン食ってるのは謎だが。


「……ま、話だけでもしてみるか。リーダーが決めたんなら」


「誰がいつリーダーになったんだ」


「えー? お義兄ちゃんでしょー。もうそれでチーム登録してきたよー」


 突っ立って盗み聞きしてるうちに、俺はリーダーになっていた。何故だ。

 お前ら仕事早いなお似合いだな。もう付き合っちまえ俺が許す。ただクードは一発殴らせろ。あと義父さん義兄さんたちからの三連拳も覚悟しておけ。



 □ □ □ 



 なんだかぐったりしたアーガ先生が、俺たちに手を振る。観察していたことに、気付かれていたらしい。

 ちょいちょい、と手招きしたアーガ先生が席を立ったので、俺たちはワーフェルドさんのところへ行った。

 帽子を提げた背負い袋をそれぞれ担ぎ、得物を手にしたままでの屋内移動は、身幅を誤りそうになる。

 これからはこの装備が標準になるんだから、気を付けなきゃなあ。


「あの、少しいいでしょうか」


「なに」


 おっと、最初の強面が復活している。けど怖くないぞ、さっきまで鼻水(すす)ってて、アーガ先生に手巾(ハンカチ)まで借りたのを俺たちは見ているのだ。


「そのハンカチ、洗いましょう」


「どうして」


 ──うん、これは理由を訊いてるんじゃないな。多分「どうやって、どこで」と言いたいんだ。


「中庭に無料の井戸があってー、洗い場もあるって聞いたでしょー」


「区分けされた水浴び場と、でけえ(たらい)もあるんだ。案内するぜ」


 お前らいつの間に確かめて来たんだ。いや、俺がぼーっとしてただけか。


「おれの石鹸一つやるよ、あんた砂っぽいしなんか(けむ)いし、その髪も洗おうぜ」


「まだ寒いからー、こっそりお湯使っちゃおー」


 うーん、俺よりクードの方がリーダー向きじゃないのか。


「いくらだ、ですか」


「バーカ、(おご)りだ!」


 途端、ワーフェルドさんが顔を(ゆが)めたので、俺はクードの前に出た。警戒されたいわけじゃない。

 軽口のつもりで言ったことが、罵声と解釈される可能性もある。


「俺たちはまだ、パルトフィシャリスの見習いだ。えっと、エフになりたて、だ」


「……」


 無言で頷かれたので、言葉を続ける。

 ええと、ゆっくり、簡単な言葉で、だ。

 さっきの、アーガ先生とのやり取りを参考に。


「貴方はエフで、経験、覚えがある人だ。今までの話、を聞きたい。代わりに俺たちは、このリーシュのこと、を教える」


「せっけんのお金」


「そちらの話もこちらの話も、長くなりそうだ。もう日暮れ、夜。食事をしながら話したい。だから日があるうちに、洗い物や水浴を先にしたい」


 言葉が難しいかも、と身振り手振りを織り混ぜて話せば、うんうん、と不快さが緩んだ顔でこちらの言葉に納得してもらえる。よし、ちゃんと通じてるな。

 それでええと、石鹸の説明をすればいいんだよな次は。


「あー、じゃあ私は受付で四人チームになったって報告してー、宿で寝台確保してくるねー」


 キリャがそう言うと、宿の方へ走って行った。そうだうっかりしていた、このままじゃ全員揃って自宅へ走って帰るところだった。

 って言うか今からじゃ、下手すると南北川の中洲か、畑地の休憩小屋で野宿する羽目になる。


「男が三で女が一なー!」


「分かってるわよー」


 駆け出すキリャはハーブ唄を口にしていた。機嫌がいいみたいだ。




 しみじみと、クードとキリャと組めて助かった。俺はどうにも、目端(めはし)が利かない。

 さて、と。二人のフォローに応えないと、だな。


「石鹸の代金、お金が気になるなら、貸し一つだ。今すぐじゃなくて、金を稼いでからクード、こいつに返してくれ。水場の案内はただの……好意、だな。うん」


「せっけんはかりる、わかった。でもなぜ」


 いやほら、アーガさんの説明があったし、案内は別に大したことじゃないわけで、ただ話とか食事とかは、ええと。


「貴方と組みたい」




 言ってから気付いた。

 そうか、話を聞くだけじゃなく、俺はこの男を既に信頼してチームを組みたいと望んでいたのか、と。

 理由は、我ながらよく分からないが。


 ってキリャ! なんでお前、ワーフェルドさんが承諾するより先に、チーム再編や寝台の手配進めてるんだ!

 慌ててクードを見ると、平然としている。

 ちょ、なんでお前も驚いてないんだよ。


「ぼくはずっとひとり、いいですか」


 あ、もうちょっと丁寧に言わなきゃ、だなこれは。


「お互いに損はないはずです。知識、ええと、俺たちの知っていることを、教えます。あなたが知りたいこと、です。俺たちはあなたに、戦い方や心得(こころえ)、えっと、コツを尋ねる。対等、同じ、仲間になる、友達、嫌ですか?」


 表情を窺いつつ言葉を重ねると、目があった。

 驚いた顔だった。

 それからゆっくり、困ったように目を細められる。


「……ぼくがなかま、いいですか?」


「いいです!」




 ワーフェルドさんの表情と気配が柔らかくなったので、ほっとした。

 戸惑われている、のはそうか。初対面で誘わず、日を置いてからの方が良かったかな。

 いやでも、もう言っちゃったから仕方がない。日数短縮、と割り切ろう。


「宿に泊まっていますか? 今日からここ、安い宿、泊まれます、仲間は一緒、勝手に決めた。ごめんなさい」


「ぼくはきのう、こことまった。ほんとはだめ、ひみつ。だいじょうぶ、あやまるない。うれしい」


 良かったー!


 へにゃ、と笑うと淡い笑みを返された。

 手袋を脱いだ手を差し出せば、薄汚れた布をほどいた素手で握り返される。

 固い、大きな掌だった。肉刺(まめ)の感触は、義父よりクードの親父さんっぽい。

 横でクードが、()き出していた。


「なんだよ、時間かかってんなあ。ほら、さっさと洗い場行こうぜ!」


 お前ら、俺が自覚する前に、先手打って動くなよ。

 これだから付き合いが長い仲は──助かるんだよなあ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ