新人パルト①‐水魔法使いⅠ
握り締めていた竹札の番号が、合格者のそれとして告げられる。
先に呼ばれた二人を見れば、義妹のキリャは満面の笑みをこちらに向けていて、幼馴染みのクードは拳をつくり頷いていた。
良かった。
俺たちは三人揃って≪公務遊撃隊≫になれたんだ。
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俺はカルゴ。
成人してから二年経つ、まあ、どこにでもいる男だ。
ただ、俺たちが生まれた≪豊国≫は、「赤の山々」や「白の山脈」の向こうにある小国家群、とやらと比べてとてもおっかないところ、らしいから、普通と称していいのかは分からない。
でもそれは、向こう出身だという年配者や、「武装商会」の人たちから見ての言い方なわけで、リーシュに暮らす大勢を基準にしたら、真ん中くらいだと思う。
東や南の防壁があっても、≪魔鳥≫たちはあちこちで焚かれている≪魔忌避香≫の煙が届かない空に現れ、匂いが薄いところを降下してくる。
≪魔蟲≫は香ノ木が植えられない川や水路や耕作地の境から、風向きの変化で生じる隙間──木の匂いが届かない箇所を縫って、やってくる。
柵で対策をしても、万全にはならない。
衛兵もいるが、完全にすべてに対応し、処理することは難しい。
だから今でも、街や村に住む者は、いざという時には自分と家族と仲間を守るために、得物を振るう。
リーシュではそれが当たり前のことだ。
国民皆兵、と建国宣言にもある。
それが異常だとか悲惨だとか、武装商会の若い人から聞いたが、どうでもいい。
リーシュとよそとは違う。ただそれだけだ。
そんなリーシュには、半民半兵の職がある。
それがパルトフィシャリス、略称パルトだ。
普段はよろず事請け負い業として、人手不足のあらゆる職の助っ人を担い。
凶事があれば、先陣切って衛兵たちの到着まで民を守る。
腕がたつなら防壁の向こう側、南や東の未開地に出向いて、≪魔獣≫どもと戦ったり、資材を得たり、地形や植物を調べたりもする。
まあ、あれだ。広場や酒場で楽士が吟い爪弾き──それを耳にした親が子に、寝物語に聞かせる、未知に挑む冒険物語の主人公、とやらだ。
今まで一回しか、楽士を見たことがないから、この言い方が正しいかは分からないが。
西地区だと「冬の祭日」でも、竹笛奏士しか来ない。曲にあわせてみんなで歌って踊るだけで楽しいから、いいんだけど。
□ □ □
パルトは、衛兵に次いで殉職率が高い。
小さい頃、より自由なパルトになりたいと言って、親や祖父母に渋い顔をされる、なんてリーシュの「あるある」だ。
けれど目の前で、近しい人をホブリドどもに啄まれたり。
命懸けで撃退する大人たちの姿を、目の当たりにしたり。
親の仕事を継ぐことがどうしてもできなかったりした奴らは、戦闘職を志し、選ぶようになる。
生真面目な奴、伴侶を定めてる奴は衛兵に。
そうでない奴が、最後にパルトを目指すことも、珍しくない。
□ □ □
俺はかつて、両親と弟をホブリドに殺され、衛兵とパルトに命を救われた。
隣の家に引き取られて、ちゃんと十五で成人するまで育ててもらえた。
義父さんは、預かっている親父たちの畑や家を継げばいい、と言ってくれたけど。
土魔法の才能がある義兄さんたちに今まで通り、まとめて任せた方がいい、と俺は判断し、家を出る考えだと成人直後に告げた。
義母さんやキリャは泣いて引き留めようとしてくれたけど、その涙で俺は決意を固めた。
この、大事な家族がいる、村を守るパルトになろう、と。
衛兵就職だと通らない、拠点地を自ら定めるという我が儘が通る、戦闘職に就こう、と。
少しだけ水魔法の才があった俺は、成人後も義父や義兄たちと畑仕事をしつつ、水撒きを頑張っていた。
畑仕事の休憩中は、義兄たちやご近所さんたちから槍の扱いを教わった。
週に一度、石切場に通って休憩中の石工の人たちにも手合わせをしてもらい。
俺に武術の才はない、と思い知らされた。
ただ、石切場では老齢の水魔法使いに色々と教わることができたので、良かったと思う。
農閑期は村のあれこれを手伝いながら、渡川料が貯まる度に「魔法の家」に向かった。
石切場の水魔法使いに習ったコツや新呪文を、編纂担当の副長と相談の上、代筆した。
以前は発動しなかった呪文を改めて覚え、体得することで、水量調整や範囲制御の精度を上げることもできた。
実践すれば、みんなに喜ばれた。
冊子だけ、「師匠」の教えだけでは、この成果は得られなかったかもしれない。
いつしか、俺を真似て村で小銭を稼いだキリャも、ついて来るようになった。
俺が疲れてへばるのを尻目に、余裕で修練を続けられる義妹は、きっととびきりの火魔法の才がある。途中からは、魔法の家の長たちが付きっきりになって、弓まで教えてたし。
あそこで魔法以外を教わる者は、凄腕の魔法使いになる不文律がある。
俺はキリャが羨ましかったけど、すぐに割り切った。
だって、人にはできることとできないことがあるから。
通うついでに、納税計算や申告修正を役場に持って行ってくれ、と竹簡と渡川料以上を持たせてくれた村長は、優しい人だ。
村のみんなみたいな大人になりたい、家族だけじゃなくみんなを守る──微力を尽くして人助けができるパルトになろう、と改めて決意を固めた。
□ □ □
役場はいつ行っても人手不足らしく、何故か毎回、あれこれ雑用を頼まれた。
燻蒸小屋の暦計算、麦藁の体積算出、村の一年分の天気の書き写し。
土魔法使いたちの月報引き取りと堆肥分配計画表、数字と絵図の書き付け竹簡や木簡を預り、あちこち走り回った。
役人って大変だ。
書きもので手は黒くなるし、貴重な羊皮紙への清書は間違えられないし、たくさんの村の生産と維持と管理記録を数字にまとめて、来年以降の計画をそれぞれに伝えて話し合って。
計算して考えて、書きまくって話しまくって走り回って、また書き直して。
黒斑の煎れ湯の消費が多いのも、分かる気がする。
そうやって集められた、たくさんの竹簡や木簡や羊皮紙全部を読んで。一つずつ、あれこれ確認して、差配を決めなきゃいけないんだ。
そりゃあ王様も、執務机でぺちゃんこになるだろう。すごいなあ。
何回か部屋に届け物をしたけど、ずっと俯いてて旋毛しか見たことがない。
俺が役場でもらった日当や渡川料の釣り銭は、村長も、義父さん義母さんも受け取ってくれなかった。
それはお前個人の稼ぎだから、全額パルトになるために貯めておけ、と言ってくれた。
装具代と半年分の生活費がないと、試験を受けられないということも、教えてくれた。
空き家になっている実家と畑は、義兄さんたちが正式に買い取る手続きをしてくれた。
村と、石切場と、街にある役場と、魔法の家。
ぐるぐる回っているうちに、寝物語の英雄、以外のパルトの生き方と現実に気付けた。
役場の新人以上に、あちこちに向かって走る姿も見た。
衛兵の下位互換、その日暮らしのなんでも屋。
それがパルトの正体だ。
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圧倒的な武の才がなくとも、村や家族を守る力が足りなくても──その場しのぎの盾にはなれる。
村の困り事や面倒事への対処法は一通り覚えたし、他の町や街も、基本は同じだろうし。
それぞれどの立場の人に相談すればいいか、を知っている俺は、パルトになっても少し有利だろう。
槍も──水魔法も結局半端だった俺は、戦闘や開拓といった高みを目指すのではなく、最初から「間」を狙えばいい。
それで生きていけるなら、十分だ。
前試験である面接でそう言ったら、変な顔をされた。
顔見知りの役場の人たちまで呼ばれて、ちょっと揉めた。
なんでそうなっちゃったの、と義両親を呼ばれそうになって、認め書きの竹簡まで疑われた。偽造してません本物です。どこにも削って書き直した痕跡ないじゃないですか。
俺だけ長引いて、役場の隅に一泊させられた。多分、一番の問題児扱いだろう。
翌朝渡された番号札──受験票に、ほっとした。
後日、本試験を受けに行くと、知った顔がいた。
幼馴染みのクードと、義妹のキリャだった。
□ □ □
クードは村外れにある石切場の、組合長の三男で、俺の一つ上。
村の同世代の中では一番喧嘩が強くて、風魔法が使えた。
キリャとちょっといい仲で、多分衛兵に就くと思っていたのに、三年前に職人町へ出るようになっていた。
「衛兵ー? 不可能貝! 詰所の見学行ったら男ばっかでムサいのなんのって。
おれにゃ無理、職人町でもピンと来なかったし、だったらやっぱ、パルトフィシャリスっきゃねーっしょ」
……うん、お前、キリャ以外の女の子も大好きだもんなあ。けどいいのか、そんな理由で。
「見習いの給料貯めてたし、装具買ってもちったぁ残るだろうな」
「私は火魔法誉められたけどー、通える職場が見付からなかったしー、割り当ての畑はお兄ちゃんたちに売ったのー。
うっかり麦穂を焼くくらいならー、頑張ってホブリフ焼くわー」
キリャお前……いいのかそれで。女性パルトは男より大変なのに。
「お義兄ちゃんと一緒ならー、火事にはならないでしょー?」
「おれは長柄鎚回して戦えるし、全員違う魔法使えるって有利じゃね?」
いいのか。そんな気軽に決めていいのか二人とも。
「石切場や村を中心にしたいねー、って二人で話して決めたのー」
……そうか、俺たちは同じか。
□ □ □
本試験合格前にチームを決めていたのは、幾らなんでも気が早いだろう。
けれど、問題児の俺を受け入れてくれる、見知らぬ同期がいるとも思えなかった。
そして俺たちは、全員受かった。
これが創造神様の思し召し、なのかもしれない。
「あとで三つ通りの広場の祠にお供えに行こーぜ」
「うん、ロバも撫でに行こうよー。知ってるー? あの子たち撫でると、いい出会いがあるんだってー」
おい、王様のロバをなんだと……いや、撫でるくらいならいいのかもだけど、もう俺たちは大人なんだぞ。
ちっちゃい子たちの、貴重な遊び時間を邪魔しちゃ駄目だろう。
あとキリャ、その弓手袋着けたまま撫でたらロバが嫌がると思うぞ。硬くて。
そういや、王様も変らしいなリーシュ。
小国家群の王様は街中をこっそりほてほて出歩いたり、秋に鎌持って麦刈りの手伝いに来たり、はしないらしい。
じゃあ向こうの王様って、普段はなにやってんだろう。
朝から晩まで、執務机でぺちゃんこになり続けてるだけかな。
黒おじさんみたいに、難しい顔で数えたり教えたり指示出ししたり、抜け出した上役を捕まえにきたりするのかな。
いや、王様の上はいないか。
役場でちらと見た黒おじさんこと宰相閣下は、人間離れした仕事量だった。あれはきっと見えない頭が二つ、見えない腕が四本くらいあるに違いない。
蒲公英根の煎じ湯を好む人型ホブリフなのかな、無害だけど。
□ □ □
そんな、呑気なことを考えながら入った最終講習室。
並んだ縁台の最前列に、見知らぬ大男が座っていた。
ぼさぼさの黒髪。
あちこちに金属札が鋲留めされた、堅そうな見慣れない革の鎧──いや、あれは武装商会の人たちのそれに似た造り、だ。重そうな。
頬まで届く前髪から垣間見える、鋭い目付き。
脛までの長丈靴も、鎧と同じ革で、がっしりした造り。
肌の色も少し濃くて、鞣し革のようだ。なんとなく、武装商会の人たちと黒おじさんの両方に、少しずつ似ていた。
手袋は着けておらず、粗い布を手首から雑に巻き付けている。
横の座面に置いた背負い袋に立て掛けられているのは、太くて長い──黒っぽい、ただの棒に見える。枝打ちをして、表面を磨いただけの。
更に、縄が巻かれたでかい水樽。上には帽子状の、革の兜が置いてある。ぼろい分厚い毛皮っぽい塊は、なんだろう。
腰の太いベルトから下がっているのは、大きさの違う粗布袋二つと、鞘に入った鉈……だよな、多分。あとむき出しの金槌。
え? なんで金槌?
あと走る時、あんなに腰回りにぶら下げてて邪魔にならないのか?
座っていても分かる。俺たちよりずっと、背が高い。
けど、衛兵やクードの親父さんたちみたいな、分厚いムキムキの筋肉じゃない。
俺たちより太そうな腕と袖、なのにひょろ長い印象が強くて、違和感がある。
「……カルゴ、なんかヤベェやつがいる」
俺の後ろで囁いたクードに、無言で激しく同意した。
嗅ぎ慣れた煙っぽい臭いが強く漂っているのが、気になった。
□ ■ □ ■ □ ■
小童、という変な名乗りをした長細い男は、どうやら小国家──アーガ先生によると、本当は同盟国家群、が正しいらしい ──でパルト、みたいな仕事に就いていたらしい。
俺たちより幾つか年長だそうだが、年齢がさっぱり分からない。
言葉がたどたどしくて、第一印象より怖くはなさそうだ。
講習担当のアーガ先生に乗っかって、ワーフェルドさんに質問しまくったクードは、後ろで立たされた。
講習が終わって、資格証も兼ねた自由通行許可証を受け取った。
うん、話に聞いていた通り、常時携帯の国民証と同じ香ノ木製だ。あのいい匂いがする。二つ札をまとめて首から提げると、背筋が伸びた。
国民証同様、いざという時は燃やせ、って言われた。
石柱香炉や窓なし角灯、人家の火種がない場所では、キリャに頼むしかない。
ふと視線を巡らすと、食堂の端でアーガ先生とワーフェルドさんがなにか話し合っていた。
エフ、ホブリド、ホビュゲ、撃破数、急所、群体、素材、魔法適性、そんな言葉が聞こえてくる。
確かに言葉遣いが少し違うが、まあ誤差の範囲内だろう。そのやり取りを聞きながら、言い換え方を幾つか覚えていたが、目を疑った。
パン? なんで食べながら……腹減ってるのか? いや、でも。
「カルゴ、西地区の任務は取られたから、街の水車小屋周りの取ってきたぜ。南地区のは、報酬も高くて竹札の奪い合いになってたわ」
「初任務だねー、頑張ろーね、お義兄ちゃん」
意気込む二人の声を背に、俺は前方から目が離せなかった。
「どした?」
「あ、ワーフェルドさ……ん?」
だって、あんな厳ついお兄さんがさ。
「「なんで泣きながらパンを」」
「だよなあ……」
嗚咽を漏らしながら、大事そうに握ったパンをむしむし食いつつ話し合い。
予想外すぎるだろ。
「ひょっとして、声かけるつもりか?」
「なんだろう……うーん、なんかこう、気になるんだよ」
「まあ、目を引く人よねー、強そうだしー」
同盟──うーん、面倒だし今まで通り小国家群でいいや──出身なら、ホブリド退治の先輩なら、きっと色々なことを知っているだろうし、学べるだろう。
見た目よりずっと、取っ付きやすいようにも思えるし。
泣きながらパン食ってるのは謎だが。
「……ま、話だけでもしてみるか。リーダーが決めたんなら」
「誰がいつリーダーになったんだ」
「えー? お義兄ちゃんでしょー。もうそれでチーム登録してきたよー」
突っ立って盗み聞きしてるうちに、俺はリーダーになっていた。何故だ。
お前ら仕事早いなお似合いだな。もう付き合っちまえ俺が許す。ただクードは一発殴らせろ。あと義父さん義兄さんたちからの三連拳も覚悟しておけ。
□ □ □
なんだかぐったりしたアーガ先生が、俺たちに手を振る。観察していたことに、気付かれていたらしい。
ちょいちょい、と手招きしたアーガ先生が席を立ったので、俺たちはワーフェルドさんのところへ行った。
帽子を提げた背負い袋をそれぞれ担ぎ、得物を手にしたままでの屋内移動は、身幅を誤りそうになる。
これからはこの装備が標準になるんだから、気を付けなきゃなあ。
「あの、少しいいでしょうか」
「なに」
おっと、最初の強面が復活している。けど怖くないぞ、さっきまで鼻水啜ってて、アーガ先生に手巾まで借りたのを俺たちは見ているのだ。
「そのハンカチ、洗いましょう」
「どうして」
──うん、これは理由を訊いてるんじゃないな。多分「どうやって、どこで」と言いたいんだ。
「中庭に無料の井戸があってー、洗い場もあるって聞いたでしょー」
「区分けされた水浴び場と、でけえ盥もあるんだ。案内するぜ」
お前らいつの間に確かめて来たんだ。いや、俺がぼーっとしてただけか。
「おれの石鹸一つやるよ、あんた砂っぽいしなんか煙いし、その髪も洗おうぜ」
「まだ寒いからー、こっそりお湯使っちゃおー」
うーん、俺よりクードの方がリーダー向きじゃないのか。
「いくらだ、ですか」
「バーカ、奢りだ!」
途端、ワーフェルドさんが顔を歪めたので、俺はクードの前に出た。警戒されたいわけじゃない。
軽口のつもりで言ったことが、罵声と解釈される可能性もある。
「俺たちはまだ、パルトフィシャリスの見習いだ。えっと、エフになりたて、だ」
「……」
無言で頷かれたので、言葉を続ける。
ええと、ゆっくり、簡単な言葉で、だ。
さっきの、アーガ先生とのやり取りを参考に。
「貴方はエフで、経験、覚えがある人だ。今までの話、を聞きたい。代わりに俺たちは、このリーシュのこと、を教える」
「せっけんのお金」
「そちらの話もこちらの話も、長くなりそうだ。もう日暮れ、夜。食事をしながら話したい。だから日があるうちに、洗い物や水浴を先にしたい」
言葉が難しいかも、と身振り手振りを織り混ぜて話せば、うんうん、と不快さが緩んだ顔でこちらの言葉に納得してもらえる。よし、ちゃんと通じてるな。
それでええと、石鹸の説明をすればいいんだよな次は。
「あー、じゃあ私は受付で四人チームになったって報告してー、宿で寝台確保してくるねー」
キリャがそう言うと、宿の方へ走って行った。そうだうっかりしていた、このままじゃ全員揃って自宅へ走って帰るところだった。
って言うか今からじゃ、下手すると南北川の中洲か、畑地の休憩小屋で野宿する羽目になる。
「男が三で女が一なー!」
「分かってるわよー」
駆け出すキリャはハーブ唄を口にしていた。機嫌がいいみたいだ。
しみじみと、クードとキリャと組めて助かった。俺はどうにも、目端が利かない。
さて、と。二人のフォローに応えないと、だな。
「石鹸の代金、お金が気になるなら、貸し一つだ。今すぐじゃなくて、金を稼いでからクード、こいつに返してくれ。水場の案内はただの……好意、だな。うん」
「せっけんはかりる、わかった。でもなぜ」
いやほら、アーガさんの説明があったし、案内は別に大したことじゃないわけで、ただ話とか食事とかは、ええと。
「貴方と組みたい」
言ってから気付いた。
そうか、話を聞くだけじゃなく、俺はこの男を既に信頼してチームを組みたいと望んでいたのか、と。
理由は、我ながらよく分からないが。
ってキリャ! なんでお前、ワーフェルドさんが承諾するより先に、チーム再編や寝台の手配進めてるんだ!
慌ててクードを見ると、平然としている。
ちょ、なんでお前も驚いてないんだよ。
「ぼくはずっとひとり、いいですか」
あ、もうちょっと丁寧に言わなきゃ、だなこれは。
「お互いに損はないはずです。知識、ええと、俺たちの知っていることを、教えます。あなたが知りたいこと、です。俺たちはあなたに、戦い方や心得、えっと、コツを尋ねる。対等、同じ、仲間になる、友達、嫌ですか?」
表情を窺いつつ言葉を重ねると、目があった。
驚いた顔だった。
それからゆっくり、困ったように目を細められる。
「……ぼくがなかま、いいですか?」
「いいです!」
ワーフェルドさんの表情と気配が柔らかくなったので、ほっとした。
戸惑われている、のはそうか。初対面で誘わず、日を置いてからの方が良かったかな。
いやでも、もう言っちゃったから仕方がない。日数短縮、と割り切ろう。
「宿に泊まっていますか? 今日からここ、安い宿、泊まれます、仲間は一緒、勝手に決めた。ごめんなさい」
「ぼくはきのう、こことまった。ほんとはだめ、ひみつ。だいじょうぶ、あやまるない。うれしい」
良かったー!
へにゃ、と笑うと淡い笑みを返された。
手袋を脱いだ手を差し出せば、薄汚れた布をほどいた素手で握り返される。
固い、大きな掌だった。肉刺の感触は、義父よりクードの親父さんっぽい。
横でクードが、噴き出していた。
「なんだよ、時間かかってんなあ。ほら、さっさと洗い場行こうぜ!」
お前ら、俺が自覚する前に、先手打って動くなよ。
これだから付き合いが長い仲は──助かるんだよなあ。