改め、迎える‐植物魔法使い Ⅵ
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俺を助けてくれたのは、のんびりとあの宿屋から出てきたあいつだった。
「ありがとう感謝する恩に着るお前は英雄だ」
どうにか伴われて武の酒場に逃げ込めた俺は、連れ込んだアロエ鉢を置いたテーブル席で心の友へと頭を下げる。
修羅場に巻き込まれた第三者というのは、あそこまで動けなくなるものなんだな。貴重な知見を得たが、いや、二度と体験したくない。
「いやまあ、ただの偶然」
「なんなら魔法の家の裏庭に、英雄トリ隊長の石碑を」
「勝手に墓を立てるな!」
麦酒を交わしながらの軽口の応酬で、どうにか復調する。
いやだって、それくらい怖かったんだもん。凄い緊張感だったんだもん。世の既婚男性は、あれを通過してるのかって、正直尊敬しちゃうよおっさんは。
「いいじゃないか、墓が二つあっても」
「妻と子が困るだろうが!」
「移り住んじゃえ」
「墓目的の移住なんて承諾されるか!」
ううん、今日のトリは沸点が低いな。あれか、武の酒場はいつの間にか赤白の山頂に並んだんだな。見晴らしがいいんだなー。今日の天気なら海とやらが見えるかもなー。
「……酔いが速いな。祭日だからか?」
何故そうなる。
からっからになった喉に、駆け付け一杯、一気に干しただけだろう。
あれ、これ何杯目だったっけ?
ぐだぐだと、どうでもいいことを話しているうちに、酒場から人が溢れるようになってきた。
いつの間にか鍋を持参した奥方連合の姿がなくなり、年越しを祝い合う男だらけになって、隣のテーブルには四人組がいる。
「年が明けたら、第二衛兵団詰所に行かなきゃねー」
「おう、まさかひげの団長がおれらのこと覚えてるとは」
「俺はいいよ、ワーフェルドさんとクードで行ってきてくれ」
おっと、こいつらも結局、宰相殿がつけた名前では呼ばないんだな。奇遇だな、俺もウェドをエドって呼んだことねーや、ははは。
宰相殿はあれだな、名付け親になる才能だけは持ち合わせていないんだな。良かった良かった、あの暗黒超人も人間だったぞ、トリ。
「……って、あの三者面談はまだ表で続いてるのか」
いや流石にもう終わってるだろ。露店は日暮れの鐘で完全撤収だ。話し合いが続いてるなら、詰所か自宅に移動してるんじゃね?
あれ、鐘いつ鳴ったっけ?
「……テルダードは泥酔すると、面白いんだよなあ」
アロエちゃん、トリが変なこと言ってるよー。あ、一人じゃ寂しいよね。ボリジちゃんとミントちゃんも出しちゃおう、ううん、三人とも美人だねえ。酒場、うちよりあったかいねえ。
げらげら笑うトリの顎鬚を引っ張りながら隣を見ると、生き生きと踊っているオーシャを見詰めているカルゴの横顔があった。おうおう、空飛ぶ腹黒少年が、一丁前に恋してらあ。
あ、楽士が一音飛ばしたな。朝から弾きっぱなしで限界だろうに、よくやるなあ。
「オーシャちゃあん、カルゴが君のことぉ」
「うわーっ! テルダードさんが酔っぱらってますー!」
うおお、なんだよお前さんそんな大声出せたのか。若いっていいねえ。
「えー、なぁに?」
おっほぉ、首まで真っ赤だぞカルゴ。お前こそ酔っぱらってんじゃねえのか。
「……カルゴくんも、おどろう!」
「はいぃ!? いやあの、お、俺で良ければ!」
おおう、オーシャちゃんが客に手を伸ばすのなんて、はじめてじゃないのか。脈はあるぞがんばれー。
そんで、シェダールさんに吹っ飛ばされちまえーはははー助けてやらんぞ俺は。
ぎくしゃく踊るカルゴと、ふんわり優雅に舞うオーシャの取り合わせに、店内が盛り上がる。
給仕に走るウェドとケフィーナ母子も、なにかを話しながら笑い合う。
あれ、ケフィーナが金の首飾りしてらあ。なんとまあ珍しい。
……トリの腕輪と同じもん使ってるな。おぅいトリ、武の酒場ではそれ外しとけ、あらぬ誤解でそのヒゲ、燃やされるかもしれんぞ。
笑っていないのは、手にした木切れを弄っているワーフェルドだけだ。隣の二人は、笑顔なのに。
「おうおう、どしたん、ワーふぇるど」
声をかければ、困り顔を向けられた。
「あいたいひとにあえなかった」
「……アーガさん、見てないねー」
「朝からいなかったし、街にいないんじゃね?」
しょんぼりした大男と、円い木切れの意味は分からんが。
「はっはあ、『春の旋風』なら、朝から南地区の香の交換だ。そろそろ屯所に戻る頃じゃないのか?」
祭日に、任務を受ける新人パルトは少ない。その皺寄せがいくのは、内勤だ。
延々と恋人募集中、つってるあのねえちゃんは、ちぃと変わりモンだが悪くない。
脚が速すぎて、有象無象の求愛に気付いてねえんだよなあ、多分。
俺がそう笑うと、ワーフェルドが立ち上がった。緑の棒と、円い木切れを握り締めて。
「アーガさんは香の木です」
「は?」
「ぼくはあおつつじになりたい」
「ん?」
なに言ってんだこいつ、とトリを振り返ると、にやにやしてやがる。
「そうかそうか、よく分からんが。
武装商会のラバたちはな、香ノ木の匂いを頼りに蟲の森を抜けてくれるんだ。ワーフェルドは、ラバと同じだったんだな」
「いみがわかるません」
「──屯所っすね。行け、ワーフェルド。行って、思ってること全部、アーガさんに言ってこい!」
「そうよー! ずっと頑張って、彫ったじゃないー青躑躅ー!」
おう、いきなり二人が盛り上がってるぞ。なんだ、どうした。
「ぼく行く!」
「「行っけー!!」」
ワーフェルドが酒場から出て行った。旋風に相応しい、暴風のような勢いで。
風の神様ってのは、あんな見た目なのかもなあ。
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祭日一日目の夜は続く。
壇上で踊る若い二人は、いつの間にか手を繋ぎ。
席に残った二人組は「おれが一人前になるまで待っててくれ」なぁんて、甘酸っぱい会話をしてやがる。
そうそうトリ、明日の夜は俺の住んでる貸部屋棟に来いよ。
不憫だが大物になりそうな氷魔法使いの若い奴と、寂しがり屋の爺さんと、口下手だがお人好しの職人を紹介してやるよ。
男だらけで、残ったサルナシ酒を呑みながら新年を──春の訪れを、迎えようぜ。
王様たちは役場に詰めながら、チーズと煎じ湯で乾杯しているだろう。きっと。
今年は雪合戦で、怪我人が出ないといいなあ。
夜番の衛兵たちも、警戒を続けながら朝日を待つのだろう。
この一年、生き延びたことを祝いながら。
『パンと魔法と新世界』完
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