表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/37

改め、迎える‐植物魔法使い Ⅵ




 □ ■ □ ■ □ ■ 




 俺を助けてくれたのは、のんびりとあの宿屋から出てきたあいつだった。


「ありがとう感謝する恩に着るお前は英雄だ」


 どうにか伴われて武の酒場に逃げ込めた俺は、連れ込んだアロエ鉢を置いたテーブル席で心の友へと頭を下げる。

 修羅場に巻き込まれた第三者というのは、あそこまで動けなくなるものなんだな。貴重な知見を得たが、いや、二度と体験したくない。


「いやまあ、ただの偶然」


「なんなら魔法の家の裏庭に、英雄トリ隊長の石碑を」


「勝手に墓を立てるな!」


 麦酒を交わしながらの軽口の応酬で、どうにか復調する。

 いやだって、それくらい怖かったんだもん。凄い緊張感だったんだもん。世の既婚男性は、あれを通過してるのかって、正直尊敬しちゃうよおっさんは。


「いいじゃないか、墓が二つあっても」


「妻と子が困るだろうが!」


「移り住んじゃえ」


「墓目的の移住なんて承諾されるか!」


 ううん、今日のトリは沸点(ふってん)が低いな。あれか、武の酒場はいつの間にか赤白の山頂に並んだんだな。見晴らしがいいんだなー。今日の天気なら海とやらが見えるかもなー。


「……酔いが速いな。祭日だからか?」


 何故そうなる。

 からっからになった喉に、駆け付け一杯、一気に干しただけだろう。

 あれ、これ何杯目だったっけ?




 ぐだぐだと、どうでもいいことを話しているうちに、酒場から人が溢れるようになってきた。

 いつの間にか鍋を持参した奥方連合の姿がなくなり、年越しを祝い合う男だらけになって、隣のテーブルには四人組がいる。


「年が明けたら、第二衛兵団詰所に行かなきゃねー」


「おう、まさかひげの団長がおれらのこと覚えてるとは」


「俺はいいよ、ワーフェルドさんとクードで行ってきてくれ」


 おっと、こいつらも結局、宰相殿がつけた名前では呼ばないんだな。奇遇だな、俺もウェドをエドって呼んだことねーや、ははは。

 宰相殿はあれだな、名付け親になる才能だけは持ち合わせていないんだな。良かった良かった、あの暗黒超人も人間だったぞ、トリ。


「……って、あの三者面談はまだ表で続いてるのか」


 いや流石にもう終わってるだろ。露店は日暮れの鐘で完全撤収だ。話し合いが続いてるなら、詰所か自宅に移動してるんじゃね?

 あれ、鐘いつ鳴ったっけ?


「……テルダードは泥酔すると、面白いんだよなあ」


 アロエちゃん、トリが変なこと言ってるよー。あ、一人じゃ寂しいよね。ボリジちゃんとミントちゃんも出しちゃおう、ううん、三人とも美人だねえ。酒場、うちよりあったかいねえ。




 げらげら笑うトリの顎鬚を引っ張りながら隣を見ると、生き生きと踊っているオーシャを見詰めているカルゴの横顔があった。おうおう、空飛ぶ腹黒少年が、一丁前に恋してらあ。

 あ、楽士が一音飛ばしたな。朝から弾きっぱなしで限界だろうに、よくやるなあ。


「オーシャちゃあん、カルゴが君のことぉ」


「うわーっ! テルダードさんが酔っぱらってますー!」


 うおお、なんだよお前さんそんな大声出せたのか。若いっていいねえ。


「えー、なぁに?」


 おっほぉ、首まで真っ赤だぞカルゴ。お前こそ酔っぱらってんじゃねえのか。


「……カルゴくんも、おどろう!」


「はいぃ!? いやあの、お、俺で良ければ!」


 おおう、オーシャちゃんが客に手を伸ばすのなんて、はじめてじゃないのか。脈はあるぞがんばれー。

 そんで、シェダールさんに吹っ飛ばされちまえーはははー助けてやらんぞ俺は。




 ぎくしゃく踊るカルゴと、ふんわり優雅に舞うオーシャの取り合わせに、店内が盛り上がる。

 給仕に走るウェドとケフィーナ母子も、なにかを話しながら笑い合う。

 あれ、ケフィーナが金の首飾りしてらあ。なんとまあ珍しい。

 ……トリの腕輪と同じもん使ってるな。おぅいトリ、武の酒場ではそれ外しとけ、あらぬ誤解でそのヒゲ、燃やされるかもしれんぞ。


 笑っていないのは、手にした木切れを(いじ)っているワーフェルドだけだ。隣の二人は、笑顔なのに。


「おうおう、どしたん、ワーふぇるど」


 声をかければ、困り顔を向けられた。


「あいたいひとにあえなかった」


「……アーガさん、見てないねー」


「朝からいなかったし、街にいないんじゃね?」


 しょんぼりした大男と、円い木切れの意味は分からんが。


「はっはあ、『春の旋風(つむじかぜ)』なら、朝から南地区の香の交換だ。そろそろ屯所に戻る頃じゃないのか?」


 祭日に、任務を受ける新人パルトは少ない。その皺寄(しわよ)せがいくのは、内勤だ。

 延々と恋人募集中、つってるあのねえちゃんは、ちぃと変わりモンだが悪くない。

 脚が速すぎて、有象無象の求愛に気付いてねえんだよなあ、多分。




 俺がそう笑うと、ワーフェルドが立ち上がった。緑の棒と、円い木切れを握り締めて。


「アーガさんは香の木です」


「は?」


「ぼくはあおつつじになりたい」


「ん?」


 なに言ってんだこいつ、とトリを振り返ると、にやにやしてやがる。


「そうかそうか、よく分からんが。

 武装商会(うち)のラバたちはな、香ノ木の匂いを頼りに蟲の森を抜けてくれるんだ。ワーフェルドは、ラバと同じだったんだな」


「いみがわかるません」


「──屯所っすね。行け、ワーフェルド。行って、思ってること全部、アーガさんに言ってこい!」


「そうよー! ずっと頑張って、彫ったじゃないー青躑躅ー!」


 おう、いきなり二人が盛り上がってるぞ。なんだ、どうした。


「ぼく行く!」


「「行っけー!!」」


 ワーフェルドが酒場から出て行った。旋風に相応しい、暴風のような勢いで。


 風の神様ってのは、あんな見た目なのかもなあ。



 □ □ □ 



 祭日一日目の夜は続く。


 壇上で踊る若い二人は、いつの間にか手を繋ぎ。

 席に残った二人組は「おれが一人前になるまで待っててくれ」なぁんて、甘酸っぱい会話をしてやがる。




 そうそうトリ、明日の夜は俺の住んでる貸部屋棟に来いよ。

 不憫(ふびん)だが大物になりそうな氷魔法使いの若い奴と、寂しがり屋の爺さんと、口下手だがお人好しの職人を紹介してやるよ。

 男だらけで、残ったサルナシ酒を呑みながら新年を──春の訪れを、迎えようぜ。


 王様たちは役場に詰めながら、チーズと煎じ湯で乾杯しているだろう。きっと。

 今年は雪合戦で、怪我人が出ないといいなあ。


 夜番の衛兵たちも、警戒を続けながら朝日を待つのだろう。




 この一年、生き延びたことを祝いながら。











『パンと魔法と新世界』完




最後までのお付き合い、ありがとうございました。

評価・ご指摘・伝言等、ございましたらお気軽に。

言葉でお伝えしにくい方は↓の☆をタップしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ