改め、迎える‐植物魔法使い Ⅳ
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十の月も半ばを過ぎれば、昼間の曇天からちらほらと粉雪が落ちるようになり、着込む衣類が増える。
とっくに黄色い花が散ったタンジーの鉢は戸口から消え、窓の突き上げ戸は開きが小さくなる。
排水溝の周辺に生えていた草も枯れて抜かれ、人の往来が減る。
鶏小屋の水入れに薄く氷が張った日から、軒先に吊るし干されていた≪秋渋≫の実も徐々に姿を消していき。
通りからは、色がなくなる。
屋根越しに見える香ノ木の緑も、そのうち雪を被るだろう。
竹林の間伐が終了し、はじまるのは、そんな香ノ木と──街の外ではその根元に佇む、青躑躅の剪定だ。
そして里山の間伐が続く。
他の植物を枯らす香ノ木が、唯一共生を受け入れる青躑躅は、春の蜜源灌木であり。香ノ木の発する「毒性」を和らげる「中和」の木だ。
そう香ノ木に尋ねると、どうやら苦情らしき応えを返されるんだがな。共生と言うより、勝手に住み着かれている感覚なのかも知れん。
まあ、相棒のお陰で、蟲の森に移植されても極端な悪目立ちをせずにいられるのだから、いいじゃないか。
というのは、利用している人間の言い分に過ぎないのだろう。
「いいか、俺が指した枝だけ伐るんだぞ……そこじゃない、太枝との分かれ目ギリギリだ」
二つ通りに面した建物の庭に、梯子や掃除道具を載せた荷車を牽いてきた新人パルトたちと入る。俺は下から、竹竿を使って指示する役だ。
ぎこぎこ、と手鋸を使う奴の腰には、一番下の太枝に巻いた命綱を縛ってある。
髪とホビュゲ殻を融かし綯われた、強靭な黒縄だ。
落ち葉を回収袋に集める者。
梯子を支える者。
ハーブ鉢の手入れや覆い方を教えれば、実家と違う、と異を唱えられる。街中では納屋置きの藁を、すぐに抱えて持って来れんからなあ。
ぼろ布や古い木紙を纏わせ、細縄で括るのもはじめてか。そうかそうか。書き損じの草紙を使うのは、おっさんもはじめてだぞ。
伐った絡み枝を纏める者もいれば、鶏小屋の清掃に励む者もいる。
鶏糞や古い敷き藁も、別の回収袋行きだ。水を流すのは、こっちが終わってからにしろよ。排水溝から溢れると、庭土が泥濘むからな。
「そう言えばさあ」
春夏の溝掃除が、思ったよりいい稼ぎになったよな。
排水溝に溜まった泥と落ち葉を掬い上げながらそう話し出した少年に、応えが返る。
「あー、選り分け面倒だったけど」
「そっちの溝に糸蚯蚓いるの? いたら分けなきゃ」
昨年までは、溝掃除で出た汚泥はそのまま、水気だけ切り堆肥原料として回収されていた。
選り分け、買い取られるようになったのは、街の水車小屋で浄水研究が進んだからだ。
石造りの浄水槽にイトミミズを大量投下し、網状の粗布を張った木枠を並べて沈めると──驚くほど濁りが薄まったそうで。
でかい養蜂箱みたいだな、と水魔法研究支棟からの報告書にあった図面を見て思ったなあ。
そのうち、現物を見に行ってみるか。イルさんとも久しく会っていないが、達者だろうか。
研究分棟建造の際は、無理を聞いてもらったなあ。
「もうそろそろ、十匹で鉄貨一枚くらいに下がったんじゃない? あっちで超びっしり、うじゃうじゃしてたもん」
「お前さんたち、わざわざ見に行ったのか?」
気持ちの良いものじゃないだろうに。
落ち葉を掃き集めていた少女に、そう驚いて問えば、くしゃくしゃの顔で向き直られた。
「浄水槽の沈澱物の掃除任務、受けちゃったんですよ。溝掃除と同じだろうし、来年からの川底浚いや貯水池掃除の練習になるだろう、って」
「ありゃー凄かったよな……」
今日の同行者半数がげんなりとし、残り半数は首を傾げている。ああ、お前さんたちは普段、別々のチームなんだっけ。
「引き上げられた木枠にびっしり、イトミミズが群がってて蠢いてて」
「ギャー!」
「水を抜いた後は、笊の目を抜けるずるんずるんの泥が」
「うおおおおお!」
おうおう、元気だなあ。
俺は笑いながら、水魔法研究分棟からの報告書を思い出す。
汚水から濁り水と油、塩結晶の分離に成功して以降、進まなかった浄水研究は。
ホビュゲと普通の虫の研究をしている土魔法研究本棟の誰やらの助言──イトミミズ導入実験によって、そろそろ最終段階だ。
浄水槽の水を移した容器の中でも、何種類かの川魚に異状がなかったそうだから、来年には街の排水路の見直しがあるかも知れん。
俺も魔法属性上、ミミズには縁があるが、イトミミズのことは知らなかった。あいつらは水中で、汚泥を作る生物だとばかり。
「なにがキツいって、枠からイトミミズをこう、半分こそげ取れって」
「無理ーわたし無理ー!」
「おえ、なんで取るんだよ。ぜってえ何十匹か千切れて死んでるだろ」
「川漁師に売るんだって。いい餌になるって」
「……ちょっと待て、それ詳しく」
なんてこった。
そんな報告内容は、なかったぞ。
剪定引率の特別業務のはずが、水魔法使いどもの不正収入の証言を聞くことになるとは。
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積もる大きさの雪が、灰色の空から絶え間なく降り続ける。
外套の頭巾を被り、俺はパン籠に指定日札と財布を入れ、冬だけ使う杖を片手に貸部屋を出た。
吐く息が白く、寒気に晒された頬がピリ、と攣った。
十の月の終わりから、俺の膝はじんわりと痺れ、重くなる。
ホビュゲの出没や侵入がほぼなくなる冬は、朝から静かだ。
商店は通りまで陳列台を広げることも、引き戸を開け放すこともなくなり。
共有井戸の端で、香ノ木の陰の下、お喋りに興じるご夫人方の姿もない。
路地を走る子どもたちが、土汚れのない雪を探しては玉や人形を作る。指先まで真っ赤にして、霜焼けにならなきゃいいが。
家々や店、工房から漏れる灯りの何割が、機工ランタンに置き換わったのだろう。
秋まで存在感がなかった暖炉の煙突からは、冬空に紛れる煙が上がる。
一部屋に集まり、手仕事に励みながら家族で話すのだろうか。変わらず冬仕事に出掛けた者の帰りを待つのか、暖炉にかけた鍋で煮炊きをしているのか。
──俺の亡き父は、塩抜きをした干し肉を串に刺して、炙るのが上手かった。
不意に思い出して、息を吐く。
いつの季節も変わらず、道端の石柱香炉は人を護る煙を吐いている。
雪が本格的になると、ホブリドの出現率も下がるが、ゼロにはならない。
そして減った数だけ、ホブリドの凶暴度は高くなる。見敵必殺、冬を生き延びるべく、飢えを満たすべく空から襲い来る。
コディアの母は、冬晴れの日に。
カルゴの家族は、秋の終わりに啄まれたと聞いた。
「……ああ、そうか」
あの四人組の、あの無茶苦茶な討伐はきっと、仇討ちの念があったから、だろう。
真の仇は過去に討伐されて終わったとしても、ホブリドという存在への嫌悪が消えることはない、のかもしれない。
家族の誰も、ホブリドに奪われたことがない俺には、分からない感情だ。
想像し、慮り、同情はできても。
彼らに比べれば、俺の味わった絶望感は、足元の小石程度かもしれない。
拾って握り、雪玉のようにぽい、と投げ飛ばす程度の。
「……」
俺は小さく頭を振って、足を進めた。
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今夜と明日食う白パン、ほくほくした沼栗の実入りのもの──は今年最後だった──を二つ選び。明後日以降、数日分の堅パンを買う。
膝を傷めてから、黒パンが並ぶ頃合いに来店したことはない。
貸部屋に戻るまでに、日が暮れるからだ。
休日、街を出ることも、橋を渡ることもほぼなく──ずっと俯いて、行動範囲を自ら狭めて過ごしていたのだ、と今更気付く。
ちょいと冒険、してみるか。
新人たちのように、どこまでも駆け回れずとも、久々に、少しだけ。
蒸し風呂屋で借りた垢擦りと、買い求めた小さな石鹸で全身を清めた。
髪と髭を短く揃えてもらい、これまた借りた布で拭く。
服を着込み、パン籠と杖と共に、北西へ。
見知らぬ路地を縫いながら、なんの意味もなく、南北川を見学に。
膝の痛みが薄らいだのは、風呂屋のおかげもあるだろう。
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水車小屋の手前で、焚き火に当たるイルさんの後ろ姿が目に入った。
ホブフリオスメルジャの交換任務を受けたであろう、もこもこの新人パルトたちと装具がない──大工弟子らしき小柄な少年と、なにやら盛り上がっている。
輪に加わろうか、と思って止めた。
分棟の水魔法使いたちと出会して、恨み言を聞かされては堪らない。
お前らの減給は自己責任だろうが。
赤の山々を左や前に見ながら、ゆっくりと路地を歩く。
知らない家々だが、生活感が懐かしく思える住宅たち。鶏や子どもたちの声、たまに聞こえる母親の怒鳴り声さえ、平和の証だ。
寒風に揺れる、香ノ木の葉ずれは夏より小さく寂しそうだった。
街の庭や、七つ通路沿いの香ノ木は、蜂刺され事故の予防から「相棒」を伴わない。だから、俺が勝手にそう感じるのかもしれない。
住人やパルトたちが、まめに掃除や手入れをしていても。
そんな道中で、帰宅中の兄貴に出会ったのは、偶然だった。
先に、秋の終わりに、母や姉たちと会っていて、良かった。
「息災か」
「ああ、なんとか──兄貴は」
「どうにかな。祭日にゃ、うちの若いのが結婚するから立ち会う」
「そりゃめでたい」
第三衛兵団の班長ともなれば、多忙だろう。周囲に頼られる兄貴は、家業を継がなかったこと以外、人生に汚点がない。
勝手と無責任と思い上がりで家を出て、傷だらけで走れなくなった俺とは、違いすぎる。
「……姉さんから聞いた。お前、角が取れたな」
「そっか。周りのお陰だな」
普通の声で、昔のように話せた。
──昨年の俺には、信じられないだろう。
「次の休みには、遊びに来い。息子たちと、中洲で釣りの約束をしているから、付き合ってやってくれ。助けると思って」
「おい、冬だろう」
そう返せば、広くなった額にも皺を寄せて兄貴が笑った。
「なんだ、覚えてないのか。今時分はあそこで鯏がよく釣れるだろう」
言われて、思い出す。
幼い頃に父と男三人で、冬釣りに行き笑い合ったことを。
あの頃、掌より小さな川魚を桶いっぱい釣るのが、なにより楽しかったことも。
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そろそろ吹雪くのでは、との天気見方の噂が、他より速く街中を駆け巡る。
魔法の家は早々に休業を決定し、そのタイミングでとうとう──ウェドのワンドを役場に供出すべし、との命が下った。
「なんでですか! これがあればリーシュ中の火魔法使いが」
「それがなければ、ウェドの死に疑念を抱かれるかもしれないからねえ。エドとしてリーシュの民になるなら、向こうに返さなきゃならないんだよ?」
執務室に乗り込んで行ったコディアが、そう言った宰相殿にワンドを投げ付けた。
長の羽交い締めは、間に合わなかった。
コディアを宥めながら、平謝りをして退室する長に続いて、俺たちも頭を下げる。
「ある程度、壊して返すからねえ」
宰相殿は、薄い唇に嫌な笑いを浮かべていた。
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重い気持ちになりながら、俺たちは役場を出る。空は鈍く暗い雲に覆われ、吐く息は白い。
「……帰るか。籠る準備をせんといかんし」
「リーシュの吹雪は、どのくらい続くんですか」
「その年で違うな。まあ、小康状態になりゃ近場には出られるが」
「酒場の持ち帰りができないと、男二人暮らしじゃ食卓が寂しくなるんです」
「塩漬けキャベツ一壺と、腸詰めの燻製干しを一巻き買って吊るしておいて、麦粥作っとけ。お前ら二人なら、薪が足りなくてもいけるだろ。
あと、家中の水瓶いっぱいにしておけ。そこらの雪を融かすのは、最後の手段にしろよ」
「分かりました」
北路を西へ、帰宅するウェドの背を見送ると、俺はパルト屯所に向かった。
偉そうに言っておきながら、俺の貸部屋に備蓄食料は乏しい。
緊急任務を依頼しなきゃならん。
「買い出しですか」
四人組──いや今日は三人だな──が、受けてくれた。安い任務なのに、いいんだろうか。
「きのうからキリャおやすみ。ぼくたちも、おやすみ、だった。でもさし入れ買うしたい」
「あー、随分買い込むんすね。手押し車じゃ載っけらんねえかも」
俺がカルゴに渡した、木板に書き出した食材一覧を覗き込み、クードが眉を寄せる。
「俺が住んでる貸部屋は、独りもんが大半でな。ついでに売り付けてやろうかと思って」
「そういうのって、先に相手へ品を尋ねた方がいいんじゃないですか?」
「いいんだよ、余りゃあ俺が夜、炊事研究で使えばいい」
先回り提案をして遠慮されるより、買い込みすぎたからもらって俺を助けてくれ、と後から押し付ける方が、どちらも楽にいられる。そういう関係性の人種も、いるもんなんだよ。
そう説明したが、三人には理解されなかった。
ま、分からんことがあるのはお互い様だ。
なお、貸部屋棟の住人たちは俺の押し付けを拒んだ。
対価と手数料を払う、と銅貨と鉄貨をじゃらじゃらと押し付けて来て、中庭で思わぬ臨時市か会合のような状態になった。
子持ちの姐さんと傷痍衛兵が、結婚を考える仲だったとか。
氷売り兼、魔法の家勤めの彼が、失恋したとか。
娘と大喧嘩をして、家を出てきた爺さんがいたとか。
氷売りは、口下手な職人の兄さんに同情されていた。良かったらこの後、一緒に呑もうか、と言葉少なく慰められている。
折角の休日に失恋と吹雪の天気見方じゃ、踏んだり蹴ったりだろうが。
優しそうな友人ができただけ、立ち直りが早くなることを願おう。
三人組は布団交換で住人たちに顔を覚えられており、部屋の掃除や洗濯物の運搬といった任務をすんなりと請け負えて、にんまりしていた。
金子にうるさいのが、成功の秘訣、なのかもしれん。
やる気と愛想は稼ぎで生まれるものでもある、からなあ。
俺は貸部屋棟内に新たな酒呑み仲間を見付け、休日の愉しみを一つ増やす。
──年に二度、酒場で呑み合うあいつを、ここに呼ぶのもいいかもしれない。
俺にまともな友人がいるのか、と心配されてたからなあ。
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積もるようになり、朝から新人パルトたちの雪かきを当たり前に目にするようになった。
もこもこに着膨れた団体が、北路から順に五つ通りを、荷車を牽きながら南へ進んでいく。
荷台に積んだ雪を、南北川に捨てに行くのは、大変だろう。
晴れた日、道は昼に泥濘み、曇りだと薄く凍り、雪の日は踏み固められて滑る。
共有井戸の氷割りや、香ノ木や屋根の雪落としでしくじって、軽い怪我をする者も出た、と聞いた。
毎年のことだ。
氷売りが休みになるから暇、とあの兄ちゃんは隣部屋の職人を休日に誘って、ウェドとスーの家で酒盛りをしているらしい。
いつの間にか、駄目な大人たちが友誼を育んでいやがる。
まあ、未婚の同世代同士は、気安くいられるからなあ。
解散引退後から、会わなくなった同期パルトやチームの仲間たちは、元気だろうか。
今度、文でも出してみるか。竹簡じゃ重いだろうから、草紙で。
温かいから、という理由で鍛冶屋町の雑用任務の人気が出るのも、俺の現役時代と変わらない。
石橋の往復で凍えるだろうに、人数分の渡川料が幾らになるか、誰が立て替えるか、わあわあ言い合いながら、若さに任せて駆けていく音を、魔法の家から見送る毎日だ。
今日はなにやら、包まれた貴重品を抱えて運んでいるがなんだろう。
武器にしちゃ小さいし、日用品なら鋳掛屋で間に合いそうだが。
──リーシュ人の足は、馬に勝てるな。本当にお前さんたちは、人間なのか?
不意に、あいつの酒臭い声を思い出す。
春にとうとう、隊長になった呑み友達は、年内にまた入国するのだろうか。
それとも、「拠点」で妻子と新年を迎えるのだろうか。
ああ、長い付き合いなのに俺は、あいつが根を下ろす国の名前も、知らない。
空壺を背負ってパルト屯所に行き、買い物の運搬を依頼した。
この前の吹雪で三日、閉じ込められたことを教訓に、一定量を備蓄する必要性を感じたからだ。
いや、途中で一回止んだらしいが、丁度俺が酔っ払っていて気付けず……まあ、魔法の家も閉めていたんで、無断欠勤にならずに済んでなによりだ。
四人組は、朝から他チームと一緒に、南地区へ甘葛採取に向かったらしい。
杖を衝きながら歩く俺に同行してくれたのは、水晶運搬の件で顔見知りになった新人たちと、厳つい女性パルトだった。
屯所で借りた手押し車二台と共に、ぞろぞろと三つ通りと四つ通りを歩く。
歩くだけなら、杖があれば、俺の歩みはそこまで遅くはない。
初対面の甥っこたちと川釣りに行かなければ、俺は自分を見くびったままだっただろう。
何故か鯏だけでなく、季節外れの泥鰌が釣れてぎゃあぎゃあ大騒ぎをしたが──楽しかったなあ。
商店では干し野菜と小魚の干物、挽き割り大麦を買い求め、空壺を酒で満たしてもらった。
干し果実の棚を眺めていれば、女性パルトに声をかけられる。
「へえ、干し小桑もあるんだ。珍しい」
「酒に漬けるといいぞ」
「んー、勿体ないですよ。採ったらすぐ剥いて食べちゃうし」
そうそう、夏から秋の果実採取任務は、最中につまみ食いができて人気があったよなあ。
山葡萄が思ったより甘くなかったり、高木の枝に生えてた綿羽みたいな白い茸を見付けたり。
棘対策で着けてた手袋が、夏苺の汁で赤く染まったもんだ。
鹿や栗鼠が食った跡があっても、赤白茸は採るな、とかな。
「摘まみながら呑んでも面白いんだがなあ」
「あたいは桜桃か松房の酒の方がいいよ」
「高価ぇ酒知ってんなあ」
同行した新人たちは、干し秋渋を一つずつ買って、笑っていた。
なんだ、オヤツの買い食いついでに任務受けやがったな、さては。
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今年最後、十三の月に入ると、人は浮かれ出す。
雲は白いものが増え、雪と雨が混じるようになり、春告げの雷を耳にするようになった。
十三の月の終わり、暦にない「冬の祭日」は、今年は二日あるそうだ。
数年おきに一日だったり二日だったりする理由は、俺には分からない。
小国家群にある、星と月と太陽を調べる研究機関が、暦を定めているそうだが──リーシュにそんなものはない。
毎年、武装商会が持ち込むものを、ありがたく使わせてもらっている。
落雷で山火事が起きたらしく、衛兵団の警鐘が鳴る。
水魔法でなく、風魔法で火を消す方法は、小国家群にもあるのだろうか、と思った。
ウェドが死んだ、との偽情報が向こうに渡れば、また別の魔法使いが寄越されるのだろうか。
来るなら次は、風魔法使いがいいかもな。
冬の祭日は、商人でなくとも露店を出せる。
一番人気は川漁師たちが編む、蒲や葦の雨具だ。
農村では冬越しの手仕事を並べ、古着や古布を交換し、刻んだ干し果実を混ぜた薄焼きを売る。
ボダイジュ湯や炒り麦湯、自家製の蜂蜜酒を売るのも可能で、木組みの縁台を並べた青空酒場まで発生する。
パンと麦酒以外なら、そこに住む者がなにを売ろうと、しょっぴかれないのだ。
──まあ、粗悪品を騙して売り付けたり、腹が下るような生焼けを出したりすれば。
新年から白い目で見られ、ろくなことにならないから、誰もやらないだけだが。
変わったところだと、耳掃除や理髪、揉みほぐし、歯間掃除なんてえのもある。
これはベンチがあれば携帯日用品くらいで賄えるので、パルトたちが小遣い稼ぎに開く露店だ。
大体が爺さん婆さんに集られて、長い昔話の相手をさせられるんだが──今年も誰かがやるんだろうな。
職人町や鍛冶屋では、試作品を安く売る。
それを目当てに、街や村から遠征する奴らもいるし、買付目的で巡回商人の見習いたちが、木箱を背負って駆け回りもする。
楽士や奏士たちは楽器を抱えて、村から村へ。
一日二日で半年分を稼ぐのだ、と気合いを入れて演奏と移動を繰り返す。
日が暮れる頃になれば、酔った男連中が銅貨を賭けての雪合戦だ。
このために、と休耕地に質の良い雪を集めたり、本番まで溶けないように、と突貫で竹屋根覆いを建てたりするバカは、どこの村にも複数いる。
いや、相当いる。
来年の耕作計画の打ち合わせだ、と家族をごまかして、夜な夜な雪玉投法や位置取り戦法の会議を開くのは──どの村でもあるからなあ。
何年か前、南地区の村に小型ホブリフが侵入して──衛兵とパルトと酔った男たちにボッコボコにされて、祭の夜の一品になったとも聞く。
血抜きも熟成も間に合わなかっただろうに、誰も不味いと言わなかったらしい。
恐るべし、冬の祭日テンション。
そんなこんなで、雷鳴に怯まず人々は手仕事と準備に力を入れる。
俺はなんとなく、何種類かの干し果実を麦酒に浸けてみた。
隣の爺さんたちとたまに「味見」をして、どんどん減っていったが。