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改め、迎える‐植物魔法使い Ⅱ





 □ ■ □ ■ □ ■ 




 オーシャを恋人役に見立て、陽気に参加した酔客を悪党役に、借りたワンドで英雄ごっこをするケフィーナの息子は、大満足した顔で低い舞台を下りた。

 酔っ払いどもは、拍手喝采(かっさい)だ。

 そして家族を思い出し、酒場の薄焼きを買って持ち帰る。

 衛兵や商人、職人といった連中だろう。


「ウェドおじちゃん、ワンドありがと。かえす」


「かっこよかったぞ」


「リーシュの新たな英雄だな」


「へっへー……おやすみ!」


 二階へ駆けていく小さな後ろ姿に、俺たちは己の幼少期を重ねた。そうだな、子どもは遊んで走って笑って喋って、周囲を信じて学び、よく寝るのが仕事だ。


 自然に、俺たちの顔は(ほころ)ぶ。


「じゃあ、わたしも終わりまーす」


「お疲れさん、今日は?」


「カルゴ君たちが来てくれるます」


「惜しいね、来てくれます、だよ」


「わー」


 オーシャはまだ、少しだけリーシュ語が怪しい。ケフィーナや厨房の中の店主らとのやり取りが、微笑ましい。


 俺たちはほっこりした顔のまま、草紙を出し、悪巧みをはじめた。

 人目がなくならないと、話し合えない内容だ。


「……さて、例の話だが」


「今更ですが、いいんですか」


「いいんだよ」


 お前は自覚がないんだろうが、巡り巡って──(カス)みてぇになってた俺と、リーシュの魔法の恩人になったんだ。

 お前が(もたら)した「長文呪文詠唱」で、魔法を諦めていた奴らが救われる。発動の感覚に慣れてから、縮めていきゃあ実践にも値する。


 ──お前を使い捨てるつもりの小国家群なんざ、裏切っちまえ。


 罪になるなら、独り身の俺が背負ってやる。カスみてぇな俺の残り二十年足らずより、お前の四十年の方がずっと重い。


 リーシュの最大重罪人は、北か西の、蟲の森への放逐刑。

 膝を引きずりながら、植物魔法一本で、どこまで行けるかが俺の最後の博打(ばくち)になるだろう。


「……夜の南北川の中洲。今の俺が動ける範囲で、一番人目につかないのはそこだ。

 魔法の機序(きじょ)を巡る(いさか)いからの不和、決闘、お前の死体は川に落ちる」




 草紙に記したのは、南北川と西地区の地図。魔法の家にある、最高ではない精度のものの写し。


「……ここで落水した設定だと、捜索されるのは、中洲下流域ですよね」


「だからこそ、俺がこっちの、石橋の橋脚に生やした(つた)辿(たど)って、お前は西地区に入れ。水泳の心得はあるんだろう?」


「まあ、故郷では服のまま川で浮かんで遊びましたが」


 声を(ひそ)め、地図を指で辿る。


「南北川は、こんなに直線的なんですか」


 大河は蛇行するものでは、との(ささや)きに、頷く。


「昔はそうだったらしい。(よど)みはホビュゲの繁殖地になり、曲がりは氾濫原(はんらんげん)にもなったと」




 ──あの宰相殿はリーシュの民となってから、土魔法使いと水魔法使い全員との面談を強行した。

 専門外だったはずが、個の能力を数値化し、大規模工事を行うべく配置し、指揮した。

 ……なんつったかな、捷水(しょうすい)とか、言ったか。


 それに先立ち、大工たちに作らせた測量道具をそのまま持たせ、次から次に指示を出し、詳細な地図を作製した。

 国ですらなかった、寄せ集めの「町」の区画整理を行い、「街」にした。


 気迫と弁舌、理論でリーシュ人を圧倒し、次々に「国としての土台」を造営し。

 最後の最後で、建国宣言、ときたもんだ。

 あの子が王様になったのも、あの人が宰相の座に着いたのも、その後だ。

 順番が違う、と簡易式典に参加した、武装商会や二つの隣国の使節が頭を抱え──いや、話が逸れたな。




「……で。橋の見張り小屋の火が見えてきたら、西岸が近い。刈り込まれた(がま)群生地(ぐんせいち)を南へ回り込めば、川漁師の集落があるから、桟橋(さんばし)から上陸しろ」


 北村の農道を指し、進める。


「ここの作業小屋に、着替えと当座の一式を運ばせておく。夜明けまでに鍛冶屋町に」


「溶鉱場かな、採掘坑道に紛れ込むのはオススメしないねえ」


 無駄に通る声に、ぎょっとする。

 慌てて草紙を引っ掴み、椅子ごと振り返れば──。


「潜伏期間は二年ってとこかな? 小国家群技術特使の殺害、犯人の罪状確定と刑の執行、特使の遺品返送。

 諸々が終了してから、リーシュの国民が『一人増える』、と。

 やれやれ、どうして門外漢が立てる犯罪計画はこうも杜撰(ずさん)なんだい? 実行するならせめて夏だよ、水中で奪われる体温を考えないと。

 水流速度とウェド君の握力と体力、泳力(えいりょく)の計算は? ただ浮かぶことと、着衣水泳では難易度も違うよ?

 濡れた衣類の回収は? 靴は? 第三衛兵団の巡回頻度と経路(ルート)は?

 上陸痕跡の誤魔化し方、人目の避け方、当人の負担とダメージ、考慮すべきものをまったく考えていない!

 夜間に鍛冶屋町まで移動、って光源が必要でしょうが。そうなると目撃証言者がゼロで済むわけはないし、坑道の人足場は国民証の呈示が必須だし、偽名では点呼時の反応が(おろそ)かになって、さぞ不審がられるだろうね!」


 濁流のように続く否定の言葉に、俺たちは唖然(あぜん)とする。

 ばーかばーか、とコディアに(わめ)かれるのとは、重さが、圧が、違った。


「……」


「……」


「下手の考え休むに似たり。こういうのはねえ」


 宰相殿は横のテーブルから椅子を引いて、どっかと座った。長い足を持て余すように組んで。


経験者(・・・)である権力者と」


 立てた親指で、己を指し。


「仲介と運搬役である、武装商会を巻き込むもんだよ?」




 □ ■ □ ■ □ ■ 




 俺たちの計画は、国に取り上げられた。

 翌日、俺たちは笑顔の長に(たきぎ)でぶん殴られ。

 なにも知らなかったコディアへ、仔細を一通り説明させられた上、全力で(ののし)りを返されることとなった。


「ばーかばーか!」


 予想通りすぎて、笑ってしまった。




 ウェドは持ち込んでいた「工作資金」全額、入国証や身分証──ワンドと外套一着以外の私物のすべてを没収され、宿を追い出された。

 おう、方位磁針なんて持ち込んでたのか。北と西の「忌避地」や蟲の森を通ったら、イカれると知らなかったのか。


 代わりに国から、生活資金と衣類と、エドという名の国民証を支給され。


「なにやってんだい。一年も(いつわ)れないなんて、君は不器用だなあ」


 その日の夕方、杖を突きながら、魔法の家に来たスーに引き取られた。

 正体を話していたのか、悟られていたのかどっちだろうな。


 追いかけようとしたコディアを、俺と長が留める。

 男同士で(くだ)でも巻かなきゃ、納得できないことはあるんだ。そっとしておけ。



 □ □ □ 



 めでたく、魔法の家の副長補佐に肩書を変えたウェド──エド、なんて呼んでやるか──を、俺はこき使うことにした。

 こっちは半年減給の上、仕事を増やされたので助かる。


 各地区の魔法研究棟の、進捗報告は提出が滞りがちだ。

 毎月、締切日を過ぎてでも届くのはマシな方で、役人を派遣しても実験に夢中で延長。延期、また後日。

 気持ちは分かる。

 予定日ぴったりに成果が出るわけでもなく、前月と変わらない内容を一々筆記する意味があるとは、俺も思わん。

 だが、それらの定期回収を義務付けられた。

 この膝でできるものか、というわけで、俺は「補佐に丸投げ」するしかない。


「無理です」


「黙れ行け」


 概略地図を渡して指示すれば、半泣きだ。

 お前の横で準備運動に勤しむ、コディアを見習え。


 ちなみにコディアの肩書は、副長補佐補佐役に変わった。親父さんやオーシャに伝えて、朝メシの席で爆笑されたそうだ。




「大丈夫です、職人町の水魔法研究本棟には、水車小屋の分棟から。

 南地区の土魔法研究支棟には、北の本棟から紹介状をもらいましょう。

 関係者からの一筆があれば、立ち入りと検分を断れませんし、内容如何ではこちらが計算と代筆をする、と言えばいいんです」


 愚図(ぐず)るウェドの(ケツ)を叩いたのは、魔法の家にやって来た見習いパルト四人組。

 発言者が誰かは、言うまでもない。やだねー、なんでお前さんは役人にならずパルトやってんだい。

 変なチームだねえ。


「無理だ……どこも遠すぎる」


「んじゃ、おれの長柄鎚と、ワーフェルドの棒に外套渡して括ろうぜ」


「この上にのる! ぼくたち、かついで走る!」


 あーああ、コディアが腹抱えて笑ってやがる。

 耐えてるキリャ、もういっそ笑ってやれよ。顔真っ赤だぞ。




 □ ■ □ ■ □ ■ 




 各地区の麦畑の刈り入れが終盤になれば、加工所が混み合う。

 新たな麦と塩蔵品を収めるべく、倉庫に残された物資との入れ換え荷車が、更に盛んに行き交い、商人の手を経て、各家庭の食が豊かになる。


 武の酒場で出される古漬(ふるづけ)は、好みが別れるが俺は嫌いじゃない。所帯持ちなら飽きるのだろうが、独り身には懐かしい風味だ。




「じゃあ翠紅(べに)は来年なんだー」


「そうなのです、今年は種ふやすにがんばりしました」


「この白粉(おしろい)だけで十分だよ」


「そうよね、見て、肌が光ってるわ。すごいわねえ」


「だめです、べにがないとぼんやりです!」


「そんなに変わるの?」


「コディアちゃんはまだ早いんじゃない?」


 女三人寄ればなんとやら、だが。六人集まると中々、迫力がある。

 パルト二人に休職中の衛兵に、屯所内勤。俺の部下という五人が技術者を取り囲んで、試作品を手の甲に塗ったくり、殺気立った討論を続けている。

 ちょっと怖えな。

 今日のケフィーナは、給仕を休んでいるので──おやっさんたち男連中が注文を受けている。


 使用料の基準、小売り価格の制定、どの種類の筆を使うか指で伸ばすか、雲母(うんも)と石粉の割合は、と感想雑談に混じる大真面目な討論会議。

 端から聞いてりゃ、面白い酒のつまみだ。


 だがまあ、適度に切り上げてやれよ。

 向こうでおやっさんを手伝ってるパルト三人はともかく、面白がって客にガンガン酒を勧めまくってる両替商のソインさんと。

 舞台の上で水晶を強弱つけて光らせてる、にわか大道芸人なウェドは、門外漢だろう。日当(にっとう)、どうするんだ。

 お、ワンドで火の(まる)描きやがった。なんだそりゃ。お前さんの魔法発動も、随分と速くなったもんだ。




 それにしてもこの店も、常連が増えたもんだ。

 夏前の騒動が、逆に宣伝になったんだろうか。




 □ ■ □ ■ □ ■ 




 秋の農繁期が終われば、保存食の最後の仕込みと、防寒具増産の最終段階だ。

 「冬の祭日」の準備と並行するので、機工ランタンの光源需要が高まっていく。


 ウェドとコディアは街中の火魔法使いの一覧を作り、声かけと指導を行い、増産体制を確立した。

 自作が可能であれば、水晶片幾つかで自宅の灯りは数十年、賄える。

 混合脂を使うランタンより年間支出が抑えられ、火災の不安が減ることは知られていたので──我も我も、と街に住む火魔法使いが受講を求めて、魔法の家にやって来る。

 手習い所帰りの子どもたちが大半だが。

 親孝行だな、と思ったら、ご近所に安く売り付けて小遣い稼ぎをするんだと。ちゃっかりしてやがんなあ。


 雨天以外は裏庭を開放し、俺は編纂の針を置いて、ディフェンドプランタの発動に明け暮れることになった。

 補佐コンビめ、俺をこき使うことを覚えやがったな。


 採掘坑道の仕事が増え、燻っていた弱い風魔法使いたちに換気役の臨時雇用が増えた、らしい。

 鍛冶屋町で整形された水晶片は、各地区の傷痍衛兵の手を経て紋様が刻印され──それらの運搬任務で、新人パルトたちが次から次に、魔法の家へ顔を出す。

 受領の際の短い会話でも、繰り返せば顔と名を覚えるようになり。

 俺は随分と、顔見知りが増えた。


 失敗して破裂した水晶片は、針でどうにか一字くらいは刻めそうな、油菜(アブラナ)の種サイズのものを国が実験用にと買い取って。

 それ以下の砂粒みてえな粉々を、何故かカルゴが買いに来た。どうするんだろうな、こんな刻印もできない大きさを。


「金剛砂の代わりに使えると思いまして」


 ……よし、これからは水魔法研究棟に売り付けよう。

 おらおら補佐コンビども、報告書回収業務のついでに持って行け。




 □ ■ □ ■ □ ■  




「機工ランタンと魔工石が安くなって、(きこり)組合が助かってるよ」


 武の酒場で、例の四人組と話しているのはちびっこい少年だ。顔見知りだろうか。

 俺はナス皮と秋野菜と卵のハーブ炒めを口にしながら、そちらに目をやる。


「なんで」


「火気厳禁だから。普通のランタンだと、倒して漏れた(あぶら)に引火して危ない、って」


 確かにそうだな。

 森に分け入れば、昼でも暗い。樹間が設けられている林でも、種類と季節では日が(さえぎ)られる。

 「白の山脈」の(ふもと)林は南向きだからマシだが、西地区の森林は昼過ぎから「赤の山々」の影に入る。あちらの樵や狩人にとっては、魔工石の値下がりは大きいだろう。


「きたのはやし、いろんな木があった。香の木もあったのと、大きな石も」


「北……ああ、白の麓だと群立(アブラチャン)檜松(トウヒ)杜松(ネズ )黒斑(クロモジ)落葉松(カラマツ)栴檀(センダン)弓ノ木(イチイ)朴ノ木(ホウノキ)(カエデ)……香ノ木林の端にある石碑は墓標だね」


「おはか?」


「うん、北が最初の火葬場──香ノ木は、火葬場跡に植えられたものが一番、よく育つから」




 開祖様の世代、戦友だった元合従遠征軍の兵士たちの尊厳を守るべく、遺体を燃やすことが選ばれた。それはリーシュ建国前からの掟だ。

 合葬地付近に植えられた香ノ木が、何故他より育ちが速いかは分かっていない。

 何度か「尋ねた」ことがあるが、明確な「答え」は返らなかった。

 ホビュゲらの残骸や、それを食った鶏の糞を好む、ということは判明している。

 ……黄赤の花は、卵殻を好んだな。そう言えば。




 香ノ木は人を護るが、人の(しかばね)を喰らう。

 いつかこの「常緑の国」は化け物の木に喰らい尽くされる。


 そう、吐き捨てるように叫んだ者もいた。

 だが。




「各地区の墓地で香ノ木が速成栽培できなければ、俺たちの命は繋がらなかった、というのも事実です。

 毎日、ホブフリオスメルジャを焚けるのは、麦と同じように半年で大きくなる香ノ木があってのことです」


「うん、香の木、たくさんいる」


 街中や道沿いのものは、他の木々と同じようにゆっくり育つ。何十年も、ホビュゲを防ぐ盾役として。

 だがそれだけでは、街にも、国にもならなかっただろう。毎年建て替える関所の建材にも、交換する国民証にも足りず──ホブリドの飛来を減らす煙にも、ならない。


 赤の山々には根付けず、白の山脈の冬を越せない香ノ木。

 互いに利用し利用される関係、と割り切らなければ、ここでは生きられないのだ。


 そんなことを考えていて、匙が止まる。

 外国に比べ、普通でないこの国の、普通でない在り方。

 普通でない香ノ木は──小国家群の人々にとって、化け物の木と思われるのだろうか。

 化け物の木と共存する俺たちは、人ではなく化け物に近いと見()されているのだろうか。




「私はねー、ご先祖さまや、亡くなった人たちが香ノ木や煙になって、みんなを見守ってくれてると思うのー」


 と、キリャがそう言った。


「……うん、お金もちや、いやな人がいく神世(かみよ)より、ぼくも香の木になってリーシュまもりたいです」


 ワーフェルドは、リーシュに向いた人間だったんだな。

 俺はそう安堵し、匙を動かした。




 □ ■ □ ■ □ ■ 




 いつぞやと同じ外套担架に載せられて、休日のスーが魔法の家にやって来た。

 居候になったウェドから話を聞き、研究が進んだ火魔法呪文に興味を持った……らしい。


 多忙な四人組は、夕方にまた迎えに来る、と言って任務に駆けて行った。

 健脚が羨ましい。あいつらはどこまで進むのだろう。


「どうぞ!」


 客人に気合いが入っているのか、コディアが菩提樹(ボダイジュ)湯に林檎菊(カモミール)湯にクロモジ湯を()れたコップを並べる。

 おいおい、スーの口は一つしかないぞ。




 スーがボダイジュ湯を選んだので、俺とウェドは残りを選んだ。クロモジなのに香ばしいのは、煎り麦を混ぜたのか。


「懐かしいな、甘い」


 ウェドの国でも、キャベツの友は嗜好品だったらしい。


「──で、今日は具体的に、どんな用件だ?」


 鋳掛屋の定休日と言えど、歩行に難があるこの男が、わざわざ魔法の家に来る喫緊(きっきん)の理由が分からないので、こちらから尋ねる。


 ウェドの引き受けの件で俺ははじめて会ったが、名と経緯(いきさつ)は前から聞いていた。

 街中で片足を失ったこと、パルトを辞めたこと、「東の防壁」の向こうの火葬場で働くことを希望し──命知らずの火魔法使い、と呼ばれていたこと。


 遺体を長く炙り、灰になるのを見届けるのは辛い。

 故に火葬場に就ける火魔法使いは、高熱高温の調整と、範囲制御に長ける腕か。燃え崩れる様を直視できる強靭な精神、(ある)いは割り切った感覚を求められる。

 この男は後者から、前者に変わり、街へと移った「変わり者」だ。見てくれより偏屈(へんくつ)で、意固地で、臆病(おくびょう)で。


「同居人が、お世話になっています」


 スーはコップを置き、座ったまま俺に一礼した。


「彼が掃除や洗濯出し、食事の持ち帰りをしてくれるので助かっています」


「……言ってくれたら、あたしも手伝うのに」


 コディア、お前さんは一応嫁入り前だから、誤解を招くような言動は控えておけ。

 例え善意からでも、誤解され噂になると撤回は面倒だぞ。


「ありがとう、気持ちだけで十分だよ。

 それで、今日は──魔工石の製作行程を直に見たいのと」


「おいおいおい、待て待て、鉄を()かせる強さで魔工石は無理だ。水晶が()たない」


 思わず腰を浮かせるが、ウェドとコディアは顔色一つ変えていない。


「スーさんの範囲制御はすごいんですって、あたしの小指の爪くらいの大きさに集中できるんですよ」


「指先地肌に火魔法由来の防御魔法を展開して、摘まんだ鉄片だけ温度を調整、上昇させられる奴だ。

 小魔力者の注入での照度や明度持続と、大魔力の高等術者による極小制御のものとの違いを確認したい」


「……お前ら、魔工石そのものを変えるつもりか!?」


 声が大きくなった。


「変える、というのは語弊(ごへい)があります。私がいた同盟──小国家群では、そもそも魔工石は、照明器具の光源として用いられていませんでした」




 ウェドが立ち上がり、棚から機工魔法と氷魔法、風魔法の冊子を手にして、戻る。


「小国家群、での機工魔法はリーシュと同じ、魔道具の動力源と……高額貨幣の真贋(しんがん)を示す、反応素材としての用途に徹しています。

 五属性呪文に共通する響きを抜き出して組み合わせ、高等魔法師であれば詠唱でき、発動できると聞いているので──リーシュにおける≪機工呪文≫と、ほぼ同じ機序です。

 一方、火魔法から温度を失くし、照度と明度を安定させて経過減衰させる≪熱くない光(ネゴヘートブレィ)≫……小国家群にはない呪文ですが。

 これは、機工呪文に似ているのと同時に」


 ウェドが開いた頁には、それぞれ書き足された見慣れぬ記号、発声表記である「魔法文字」がある。


「『奪取』『無震動』──これは、氷魔法の呪文の中に散見される魔法語です。更に風魔法に共通する『維持』『減衰』の響きが含まれています。

 前後の響きと合わさることで、音として同じようには聞こえませんが」




「……」


 待て。

 それはつまり。


「魔法使いであれば、元より複数属性に適性がある、ということか……?」


「分かりません。ただ、詠唱短縮で発動が可能か否かは、当人の魔法属性に左右されるにしても。

 長文詠唱であれば、『別属性魔法でも発動できる可能性がある』のではないか、と。

 機工魔法は『各呪文を構成する魔法語が共通である』ことと、『高等魔法師であれば属性を問わず発動できる』こと、双方が正しいという前提条件でなければ、成立しませんから」


 成立条件、と呟いて俺は頭を振った。役場の奥で数学研究をしている、魔法を使えない人間たちを()び出したい。

 彼らの計算式は、建築や測量以外でも使えるのではないだろうか。

 記号と規則性と仮説と立証、うん、宰相殿への緊急報告に(あたい)するぞ、これは!


「ウェド、これは小国家群の魔法機関でも」


「いや、ない」


「なんで?」


 俺たちの問いに、ウェドは天井を(あお)いだ。


「共立魔法院は、属性ごとに完全に勤務生活棟が分離されている。他の属性魔法の呪文に触れる機会がなく、私は『火魔法呪文の研究のみ』に専念していた。

 高等魔法師として母国に正式帰属が叶ってから、別棟で機工魔法呪文を習う──んだが」


 高等魔法師だからこそ、上位統合呪文の詠唱と発動が可能、というのが、小国家群の「常識」。

 それは、リーシュでも同じような解釈だった。

 はずだ。


「……今、光源用の魔工石生産をしている──強大ではない火魔法使い、たちを見ていて疑問に思ったんだ。

 コディアに各属性魔法の冊子内容を教わり、リーシュもまた『属性ごとの分離非統合』が当然であると確認できた。

 強大な魔法使いほど独自呪文を自己開発し、口伝で広め、確立したものが残される、とは聞いていた。

 耳で聞いた音で覚え、広まり、試されるとはつまり、()()()()()()()()()()()()()()、発声の癖やブレで変動しているのではないか、とも」


「それで、書き足したのか。魔法語を」


 冊子に手を伸ばす。

 会話や記述に使われるものとは異なる文字群。抑揚や高低、長短や舌使いを正確に残し伝えるための、記号。


「共通語で表記された『発声』を魔法語に翻訳し、魔法語から規則性を求めて共通語の『意味』翻訳、した上での仮説です。今日、スーに来てもらったのは」


 ウェドが氷魔法の冊子を閉じ、スーへと渡した。


「火魔法使いとして高等位にあたるスーが、極小細密制御で光源を作れるか。

 規則性に基づいて私が一から構築した、氷魔法の長文呪文の詠唱と発動が可能なのかを、実験するためです」



 □ □ □ 



 俺は飛び上がって、魔法の家から駆け出した。走れないはずの膝が、情熱で動いてくれた。

 近場にいた巡回衛兵に≪伝令(テレフィミ)≫を頼み、宰相殿への連絡と貸部屋仲間の氷魔法使い、今日は休みの長の呼び出しを願う。


 小国家群が送り込んだ男は、スパイとしてはなんの役にも立たないマヌケだった。

 だがリーシュにとっては──魔法という「驚異」を改革する、とんでもない才人だった。

 俺を、コディアを、スーを変え。

 燻っていた弱い火魔法使いの立場を変え。

 そんな俺たちが持つものから、可能性を見(いだ)した。俺たちが生き延びた意味と価値を、曲折と凡庸の理由を。

 今日までの人生を、肯定してくれたのだ。


「……なんて奴だ」


 失敗してもいいのだ。

 取り返せる失敗は、ただの経験に過ぎないのだ。

 その積み重なった経験の山から、失敗の数そのものから、導き出されるものがあるなら──俺の命には、俺の人生には、意味も価値も、ある。


 今日、明日、結実せずとも。

 きっと未来に、誰かの命に、繋がるのだ。




「……」


 涙越しに見上げた秋空は、遠く、青く滲んでいた。

 北路沿いの香ノ木並木が、ざわり、と揺れていた。

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