新人最終講習‐内勤女性 Ⅱ
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かつての敗走とは逆に、小国家群の中央や西部から北東へと逃れ進み、最果ての北の宿営地──今では開拓されて≪丘の国≫に属する「北の砦町」になっているそうですが──で合流した一団は。
厳しい荒野と蟲の森、抜けと、山越えに挑むべく、一気に南下します。
歴代の遠征軍がどうにか切り開いた北の山道──今は整備されて白の山道、となりました──を進み、様々な困難に直面しますが、全員で助け合うことで誰一人欠けることなく、踏破に成功したそうです。
善なる者を創造神が救い給う、とはこのことだったのかもしれません。
白の山脈のこちら、南側の麓になるわね、へと辿り着く頃には、一団はいつしか巨大な「家族」になっていました。
人々を結び付け、強固に繋いだのは、風の魔法使いの思い出話だったそうです。
やがて「家族」は、襤褸を纏いながら生き延びていた、風の魔法使いに再会します。
防具代わりに背負っていた調理用の大平鍋は、深い傷だらけになっていたそうです。
彼は幾度となくモンスターに襲われ、逃げ延び、放棄された装具や鍋釜で身を守り。
観察し、その生態を調べることで「蟲型モンスターたちが寄り付かない樹木」──香ノ木のことですね──の存在に気付き、それを拠点としました。
モンスターのみならず、青い躑躅以外を侍らせない香ノ木は、多種との共生を拒むよう、周囲が小さく開けているいうのは、彼の観察によって判明したことです。
彼は、「モンスターたちの徘徊が減る頃合い」をそれぞれ見極め。
その「縄張りに入らない」よう留意し続け。
南北川源流の水や残された保存食、野生の草木の実などで、どうにか命を繋いでいたのです。
……白の山脈の苔桃、美味しいわよね。
更に彼は、言葉を飛ばし伝えるテレフィミの呪文構成音声を組み換えることで、広範囲の音を己に集める新呪文を編み出しており。
それによって、十分な警戒域を維持することにも成功していました。
この地と、未知のモンスターの生態を調べること。
死んだ仲間たちを埋葬すること。
いつか生きて帰ること。
彼はその三つを心の支えに、独りで生き延びていたのです。
「家族」たちが目の前に現れた際の喜びは、嘆きは、如何ほど大きかったことでしょうね。
その後、「家族」たちは処罰が待つそれぞれの国には戻らず、この地に留まり、生きることを彼に告げます。
そうよね、苦労して帰国しても大罪人扱いになっちゃうもの。
知恵を絞り、協力し合い、あばら家を建て。
農地を開墾し、建造に励み、魔法と呪文を研究し、子を育み。
間もなく「家族」は、集落となります。
大地や植物にわずかな変化を齎す、小国家群ではさほど重要視されなかったという魔法の力を持って生まれた子は、誰よりも尊ばれました。
その子たちは自分にはない、創造神の啓示を受け「奇跡」──そう呼ばれる、癒しの魔法を得た者を重んじ。
その身を盾に人々を守り戦う、他の魔法使いや戦士を誇りました。
魔法使いや戦士たちは、作物を育み命を支える人々を、命を守る衣服や住居、薬を作るすべての者を愛しました。
野に紛れ、誰よりもモンスターに近付き、その生態や弱点を探れる者。
南北川から森を、西へと伐採し続け、新たな道──赤の山々を越える、赤の山道を切り拓くことに、生涯を尽くした一族。
偶然にも武装商会、と接触し、物々交換ができた者。
蒔いては枯れていた大麦の成育に、ようやく成功した者。
食べられる草木を見分け、その実を持ち帰る者。
より強く、より多く実れ、と魔法による土壌や肥料、作物の改良を果たした人々。
あるものを巧みに調理し、食事を作れる者。
誰よりも真摯に、防御の柵を打ち立て、その保持をする一家。
山を掘り、黒岩塩や鉱物を持ち帰れた者。
危険な水場でなく、井戸を掘ることでより安全な水を得られた人々。
誰もが、自分にはできない仕事ができる他者すべてを尊敬しました。
敬意を示された人々は、それを裏切らぬように、と努力を重ねました。
そう、すべての人々が前を向き続けたのです。
土を練り、焼成し、窯を造ることで一つずつ金属を加工し。
より頑丈で精緻な道具や、強い武器を作ることが可能になり。
開拓と生活は、火魔法による鉄鉱石の製錬によって、格段に安定したそうです。
そうそう、風の魔法使いと、奥様の火魔法で、ね。
誰もが誰もを尊重し、己にできることを探し、助け合うことで集落はやがて村になりました。
命がけでやって来た僅かな移住希望者たちが加わり、小国家群の新たな技術や知識もちょっぴり増えました。
小麦栽培に成功した際は、全員が泣きながら笑ったそうです。
長い苦しみと喜びを経て、年老いた風の魔法使いは。
この村を豊かにして、いつか国を興そう、と呟きました。
狩ったモンスターの珍重素材を、武装商会に売って稼いだ貨幣で、足りないものを買い求め。
土壌を調べ、堆肥や農作物の改良を続け、収穫を増やし。
あらゆる魔法の可能性を信じ。
我々を見捨てなかった創造神への信仰を怠らず、人として誇らしく生き。
子孫にそのすべてを、財として託そう。
誰もが強く、優しく、真に「豊か」に生きられる国を、と。
それがこのリーシュの、開祖と呼ばれるお方です。
リーシュを興した建国王──みなさんも知る王様の、ひいお祖父様。
どこが「弱い魔法使い」なんでしょうね。
ええ、みなさんは手習い所で大仰な御伽噺として聞かされたかもしれませんが、真に偉大なお方です。
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……我々は未だにモンスターの種類や生態すべてを明らかにできず、東の、黒の岩峰や、南方の水面──ごめんなさい。説明しておいてあれだけど、ちょっと半信半疑なの。自分の目で見るか、信頼できる誰かの証言がないと。広い川面の可能性だってあるじゃない──に、至る道さえもありません。
常駐できる衛兵団は、国境周辺と街と、それぞれの地区の保安警備で手一杯ですし。
先に述べた通り、石壁の外で開墾に励む有志たちは、突然の危機に襲われる可能性が非常に高いのです。
そこでみなさんたち、新たなる≪公務遊撃隊≫の出番です!
基本給は確かに少額ですが、国営斡旋所と隣接の安宿──総称、屯所の利用は自由です。
追加サーヴィスは金額次第ですが、オプションとして様々を選ぶことができます。
中庭の井戸と洗い場などの利用は原則無料、食堂は早朝から日没後まで開かれており、特例で国からパン釜の設置も許可されております。
購入の指定日はありません。
毎日、適正な値段で、焼きたてパンを買って、食べられるんですよ!
豊作の年は、週に一回、白パンが……あのふんわりと香ばしい、手で簡単にちぎれて、もっちりと噛み締めるたびに小麦の甘味が口いっぱいに……と、失礼。
ワーフェルドさん、よだれ出てます拭いてください。
パルトフィシャリスは月に二十日、任務を受けることが義務となっております。この違反が重なると、翌年の一の月、一日に資格証は失効します。
任務は毎朝、斡旋所受付横にある専用掲示板で、竹札に記され掛けられます。
今のみんなが受けられるのは、基本的に竹札の任務までですからね!
達成度合いに応じて報酬が上乗せされることもあり、納品日現金払いから達成確認に前後しての分割払いまで、それぞれ異なりますのでご注意ください。
裏面もちゃあんと、見ましょう。
試験前の面接での通り、先ほどもう一回伝えましたように、最初の主な任務は制限区内での諸々となります。
衛兵さんたちだけでは手が足りない保安任務や、あちこちで不足している、色々な仕事のお手伝いですね。
見習い期間は一年です。
その後はみなさんの適性に応じた任務を、すべての掲示板の竹札木札を含めた中から、自ら選択して頂くようになります。
能力的に一定基準を満たせれば、南の防壁や東の石壁の外に出て、様々なことができるようになります。
是非、みなさんそうなってください。
出世すると稼ぎも増えますよ!
随時、こちらで任務内容は吟味しますが、想定外は付き物です。
常に万全を期するための情報収集、そして過たず己の技量を見極めることを、己の命を守ることを、怠らないでください。
ん、そうね、さっきも言ったわね。
大事なことだからもう一回言ったのよ、忘れるんじゃないわよ。
さて、免許や許可証を希望する方は、専門講習の受講が必須です。
素材知識と採取方法。
木工基礎。
竹や縄や自然物を使った罠の作製。
屋外拠点の作り方や夜営、生存術。
他にも様々な講習があります。
許可証を有することで、受けられる任務の幅が広がりますので、希望者は受講申請をしてくださいね。
食肉狩猟に関しては、免許制です。許可証より講習や審査は難しいわよー。
森林への立ち入り許可証を得てから、現地実習。解体作業を覚えた後には、実技試験があります。
それらが修了してから、各地区の農耕組合や狩猟グループなどへの登録申請が、必要になります。
免許がないと、それらに関する任務は受けられませんからね。
ちなみに解体試験に合格すると、精肉処理実習が受けられるようになって、精肉免許の講習と試験が受けられるようにもなります。
めんどくさい?
やぁねえ、みなさんが食べてるお肉が安全なのは、免許を持ってる大人たちが頑張ってるからなのよ?
無免許なのにそれ系の任務を受けようとして、受付で一方的に断られた、と逆恨みはしないように。
各種講習や許可証、免許の詳細を教えてもらえるのは、見習い期間である一年限定です。
以降は「無知は自己責任」扱いされますので、今のうちにじゃんじゃん勉強して、学び、自分に合った「武器」を持つように。
……そうねえ、衛生管理者の下でのお手伝い、だけならあれですが。
例えばそこら辺で野兎を狩って捌いたよ、と肉屋に持って行っても売ることはできません。
精肉免許を取得した相手からでないと、店舗は買取を禁じられているからです。
ま、こういうのは試験にも少し出たから、分かってるだろうけど──毎年やらかすおバカさんがいるから、繰り返し言います。
今年は無許可、無免許でゴネる物知らずが一人もいなかった、優秀な年だったなあ、と言われるようにしてください。
各種申請は、斡旋所の受付で。
繁忙時を避けて、適宜係員に尋ねてくださいね。
種類はたくさんあるし、それぞれ目指すものや向いてるもの、適性も違うでしょう?
なりたいものになるためには、自分から動かなきゃダメよ。
また、各衛兵詰所では、平常時に戦闘訓練を受けることができます。
こちらは当日飛び入り参加も可能、無料ですのでお気軽にどうぞ。
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それでは、以上で最終講習を終わります。
これから、みなさんに一階の受付で国内通行自由許可証をお渡ししますので、移動してください。見習い期間中はそれが、みなさんの新人パルト資格証を兼ねています。
既にお持ちの国民証と一緒に携帯することをお奨めします。こんな感じに。
武器や財布に括らず、取り出しやすいよう首から下げるか、ベルトに留めるようにしましょう。
緊急時に燃やした場合は再発行されますが、杜撰な管理で紛失した時にはまた翌年、面接・適性試験・戦闘審査とこのながーいながーい最終講習を受け直していただきますので、ご注意くださいね。
はい、では全員起立、礼、構え。
お疲れ様でした。
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はいはい、立ち止まって喋らず一階へ下りなさい、後ろがつかえてるでしょ。
ほら、ちゃんと前を見て。階段、踏み外して落ちるわよ。
……え? あちらの方ですか?
依頼人です、ね。あ、はい、今年の新人たちです。こんにちわー。
国からの任務以外、農繁期や至急建築の人足依頼は結構あるんですよ。夏から秋は、特に大忙しです。秋なんてどこもえらいこっちゃですよ、覚えがあるでしょう。
今時分だと、休耕地の鍬入れですか? あ、魚網直しでしたか。今年の川の水量はどう……あ、ごめんごめん、すぐ下りるから。
と、そういった方々は、依頼日一日限定で、こちらの食堂を利用できるんですよ。
指定日以外に焼きたてパンを買って食べられるとか、贅沢ですものねえ。あー、いい匂いだわー。私もパン目当てでこちらに、いえ、なんでもありません。
そう考えると、特権階級ですよねえ、パルトフィシャリスって。
そんなみなさんを支えるのは、国民の税やモンスターの素材売買で得られる稼ぎなんですよ。
さあ、全力で頑張ってください!
そして、この国をその名の通り「豊か」にするのです!
あ、こら、食堂行かないの!
受付はこっち!
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はい、全員受け取りましたね。
それではここで解散です。
あ、そうそう。
今のみなさんにはまだありませんが、活動が一年を越えるとホブ……モンスター襲来時に居合わせた場合、パルトフィシャリスには戦闘準参加義務が生じます。
状況や「敵の等級」によりますし、さっき説明した通り、今のみなさんには自衛行動と情報伝達が最優先ですが。
来年以降は、衛兵さんの現着まで被害を最小限に保つよう尽力しなければなりませんし、民間人の保護や避難誘導も求められるようになります。
衛兵さん到着後には、共闘態勢となりますので、この一年でコネとツテと顔馴染みは作っておいた方がいいですよ。
緊急対応のノウハウも教えてもらえますし、衛兵詰所には早目に顔を出すように、ね。
あーら、思った以上に大忙し?
そうなのよ、でもちゃんと休息日も考えるのよ。二十日以上連続で任務を受けたら、翌日からは屯所に強制軟禁させられるわよー、フフフ。
──って、おーおー、はしゃいじゃって。
そんなに嬉しいのかしらねえ。
最初は多業種の下請け手伝いばかりなのに、ああ、自分たちで選べることがいいのかしら。
村から出ること自体が、あんまりないもんねえ。
そうね、先ずは親御さんに元気な姿を見せに帰りなさい。街で何泊もしたんでしょ、心配してるわよ。
生き延びるのよ。
諦めずに戻って来るのよ全員。
命も体も、心も。
簡単に捨てるんじゃないわよ、お願いだから。
みんなで助けるから、先輩たちや衛兵さん、わたしたち大人はそのためにいるんだから。
恥じずに抱え込まずに、頼るのよ。
……って、今のあの子たちに言っても聞かないんだろうなあ。
わたしもあんな頃、あったなあ。
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──さて、お待たせしましたワーフェルドさん。
それではリーシュの言葉と、そちらの言葉の差を埋めていきましょう。
あと、可能でしたら小国家群領土内でのフリーリー・ハンターのことも。
パルトフィシャリスとどのくらい違うのか、わたしも勉強させてください。
あと、装具も見せてもらっていいですか?
ええ、腰覆いとか脚甲とか、武器もすごいですよね。重くないんですか?
あら、背中ががら空きじゃないですか。ダメですよ、今は背負い袋だけでもどうにかなるでしょうけど、早いうちに背甲を追加してくださいね。
小盾はお持ちでないんですよね。これを両手で振り回すんですか?
「……パンをひとつ、たべる、ゆるし」
え? あ、パン、お好きですか?
「ぼくの夢。パン。やきたて、たべるしたい」
……あ、ではあちらで食べながら。
えっと今日のわたしのオススメは、いえ、どんな味がお好みですか。
「あじ?」
……じゃあえっと、焼きたてのやつ選びましょうか。
サトイモパンはないかあ、今日は生地が終わっちゃったのね。あれ白パンの次におすすめなんだけど、そろそろなくなる頃合いだし……じゃないわ、えーと。
お、ベルガ豆のパンがあるわ。生地にふすまが多いけど、豆のしっとり加減で相殺できるわよね。黒パンもあるけど、こっちは煮込み系と一緒の方が美味しいし。うん、豆パンにしましょっか。
「おいくら、か、です」
ええい、おねーさんが期待の即戦力くんに奢っちゃいましょう!
一、いや二個だけですよ。
「……おねーさん」
アーガ、です。
「アーガ、さん。ありがとう」
……んもう、なんで涙目なの!
もう大人でしょ、これからはたくさんパンも食べられるから、ほら、ちょっと、なんで泣くの!
折角甘いの選んだのに、ほらあ、パンがしょっぱくなっちゃうでしょ! こらっ!
あっ、あっちで手を洗いましょう。食べるのはそれからで。
こら、一個ずつ食べなさい! 誰も取らないから、そっちはお皿に置いて。
ほら、お水。
肘を着かないの、もう!
大丈夫よ、ほら、泣かないの。
おいしい?
そう、良かった。
うん、うん、そうだったの、頑張ったのね。偉い偉い。
これからは毎日、パンを食べましょうね。
だぁれもあなたを虐めないわよ……ちゃんと働いて、人に優しく、しましょうね。
ほら、出会いがやって来たみたいよ。
西地区出身の子たちだわ。