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新人パルト②‐風魔法使い Ⅵ




 □ ■ □ ■ □ ■ 




 素材屋を出ると、日が傾きかけていた。

 鞣しの(にお)いに騒いだ三人を静かにさせたり、親方や職人の先輩たちに挨拶したり、昨日のホブリフからはでかくていい革が取れそうだと聞いたり、また手伝いに来いと言われたり。

 カルゴはそのうち臭いに慣れて、素材見本を出してくれたおばちゃんと話し込んでいたが、キリャとワーフェルドはずっと鼻を摘まんだままだった。


「……で、第一希望は」


「黒い足蛇」


 カルゴの肩が、がくりと落ちる。おい、背負い袋は大丈夫か。


「水につよい、かるい、あれはいい」


 二年前、東の未開地の水場で、ヴェテランのパルトが引退と引き換えに狩って、引きずって帰ってきたという逸話付きだった。お値段は……とても、すごかった。

 今まで先輩パルトたちが何度か交渉して、予算と硬度の関係で商談が流れていたらしい。

 まあ普通は、多少重くても防御力の高いもんを選ぶだろうからなあ。同額で鉄の甲冑が八割揃うぞ。


「あれは特製針じゃないと通らない、って言われて、その、ワーフェルドさんの棒の予算が……」


「棒はずっとあと。またお金ためる」


「諦めろカルゴ、元々ワーフェルドの金だ。好きなもん選ばせろ」


「しょーがないよー、お義兄ちゃん。性能は良かったんでしょー?」


「うん、まあ、ぶっちぎりで。軽いし」


 復興任務の稼ぎは、可能な限り使わずに。

 明後日以降も相当切り詰めないと、緑楠の棒は何年先になるのやら。


「鎧兜よくなる、ぼくもっとはたらく。みんなの鎧よくなる。もっとかせぐする」


 うん、パン以外でこんなに興奮してるワーフェルドには悪いが、そこまで未来は明るくないと、思う。


「繋ぎでいいから、なんか武器がいるよなあ、やっぱ」


 そうおれが呟くと、ワーフェルドは石切場へ続く道の近くの木を指差した。


「あの木、たおすけずるする」


「ダメよー」


「なんで」


 ワーフェルドの素直な質問に、キリャは言い含めるように答えた。


「リーシュの中の木はー、勝手に伐採できないのー。装具屋のおじいちゃんもアーガさんも言ってたでしょー、木を伐って乾かす仕事の人がいるからー」


「木こり?」


「そうよー」


「材木屋じゃなかったか?」


「材木屋が(きこり)を雇って管理してる、はずだから間違っては、ない」


「そうなのかです」


 惜しい、語尾が逆だぞワーフェルド。


「そうよー、たくさん考えてー、伐っていい木と待ってる木、育てる木とか、分けてるのー。みんなが勝手に好きなだけ伐ったら、困っちゃうー」


 おれとカルゴの小声は、後ろで走っている二人には届いてないっぽい。


「なわばりだ」


「そうねー」


「わかった。国のそとの木、いい?」


「外は私たちまだダメでしょー、それに木を探したりー、調べたりする人もパルトもいるのー。ちゃんと教えてもらわなきゃー」


 そういや、見習い期間終わったら、カルゴは採集業務を目論んでるっぽかったな。材木屋で研修受けるにゃ、先に素材講習を終えて入林許可証がいる、と。試験の引っかけ問題であったな。

 どっかで座学漬けになるけど、まあそれでいいか。ホブリフ狩りを目指したいとは、おれはもう思えねえぞ。昨夜のあれで、身の程を知ったし。


「あー、ワーフェルドさんーあれが竹よー」


「たけ」


 走りながら、キリャが竹林を指していた。まだ筍には早く、風で少しだけ揺れて、ざわめきより囁きのように聞こえる。


 道端の石柱香炉が、細く煙を吐いていた。

 ここは西地区でも、古い道や区画になるんだろう。



 □ □ □ 



 三日ぶりの実家に顔を出せば、もう里心がついたのか、と夕餉(ゆうげ)の支度をしていたかーちゃんに呆れられた。

 ちげーし。任務のついでだし。


「第二団長から親父への伝言預かってんだよ、まだ向こうか?」


「そうよ、ぼちぼち戻ると思うけど。あら、カルちゃんもキーちゃんも立派になって。このボンクラ頼むわね」


 いらんこと言うなババア。


「そっちのお兄さんは?」


「ぼくはワーフェルド、です。なかま、です」


小童(ワーフェルド)?」


「あだ名だよ、外国から来た先輩。すげえ強えんだ」


「そうですか、うちのばか息子をよろしくお願いします」


 頭を下げたかーちゃんに、ワーフェルドは照れ臭そうな微笑を浮かべた。


「ぼくはたくさん、たすけてもらうしてる。クード、りっぱ。だいじょうぶ。みんなでつよくなるます」




 かーちゃんにもらった干し≪秋渋≫を皆で齧りながら、石切場へ向かう。超甘い。美味い。装具屋から走り続けた、疲れた頭と身に染みる。

 (のみ)打ちの音が聞こえてくるが、まばらだ。そろそろ仕事上がりなんだろう。

 切り出したばかりの大岩の周りにいた連中に、でかい声をかければ、ぞろぞろと振り返ってきた。うん、みんなちっとも変わってない。


「クード! なにしに来やがった」


「お前、昨日どうしたんだ」


「ちょっと来い、そっちの兄さん紹介しろ!」


 ……クソ親父もクソ兄貴たちも、全然変わってねえ。




 伝言を告げると、親父に一発叩かれた。クソ痛え。(ほおひげ)毟るぞクソジジイ。

 うん、確かにこの帽子じゃ防御力ねえわ。装具屋のじーさん正しい。


「了解した、と団長に伝えろ」


 その一言で、心暖まる親子の会話とオマケ任務は終了だ。

 さー終わった終わった、南北川をもう一回渡って宿に帰ろう、と振り返ると、三人が筋肉野郎どもに囲まれている。


「キーちゃん、なんかあったらいつでも何度でもクード殴っていいからな」


「燃やしていいからな」


 実の弟よりキリャを信用してやがる。ちくしょうめ。


「おう、カルゴ。あそこの岩に水魔法で一発切れ目入れてくれや」


「無理です。まだ俺の≪水刃(ウォルカ)≫は切れ目が入った石を剥がすまでしかできませんし、自前の金剛砂がありません。あと、俺はもうパルトフィシャリスなので、依頼は有料になります」


 あー、そういやカルゴ、試験前はここでも金貯めてたんだっけ。余所の畑とここと、街の役場とかだっけ。


「兄ちゃん細いが、いい体してんなあ!」


「ちゃんとメシ食ってるか?」


「ちょっとそこの岩、砕いてみねえか」


「ほれ、長柄鎚貸してやっからよお」


 わー、モッテモテですねーワーフェルド……。


「あーもー、うっせえなー! おれらは任務で来たの! あとちょっと訓練すっから、場所貸せよ!」


 ぞろぞろ帰っていく家族と職人たちを見送り、おれは適当な岩の上に座り込んだ。

 疲れた。なんかもう、今日は変に疲れた。




「クードのおうち、みんなやさしい」


 筋肉職人に揉みくちゃにされたワーフェルドは、何故か笑顔が全開だ。なにがそんなに楽しかったんだ。


「おにいちゃんたち、変わってないねー」


 だからキリャもさ、なんでそんな、にぱーって笑ってんだ。いやいいけど、なんか癒されるし。


「なあ、訓練ってなんだ? 日没までに渡りたいんだが」


 足場が組まれてる岩肌を、目で測っているカルゴに、おれは()()って返した。


「悪ぃな、すぐ終わるって。ここなら昨日、ワーフェルドがやって見せたあれができるかなあって」


「あれ?」


「あれ」


 にい、と笑えば、ワーフェルドがああ、と笑って背負い袋を地面に下ろす。




 切り出し場から離れたところ、周りが空いてる小さな露面で、おれはワーフェルドに長柄鎚を渡した。

 適当に拾った小石を置いたワーフェルドが、「赤の山々」の裾野に広がる森を指差す。石切場の端の。


「むこう、だれもいるない?」


「おう、大丈夫だ。あそこ、森の入り口に布を縛ってあったら中に猟師が入ってるけど、ねえだろ?」


 ずっと気になってたんだ。実際に石打ちすると、どんな感じなのか。


 受付所で見た通り、ワーフェルドは長柄鎚を両手で握り、構える。足はあれくらい開いて、あ、膝も少し曲げるんだな。

 長さが合わないのか、握る箇所をずらす。ちょい前屈み、くらいか。ほうほう。

 先端の鎚を、小石に軽く当てる。うん、それで距離感を合わせるんだな。

 腰を回し、いや、反らせる感じだな。で、両腕を思い切り後ろに振り上げて、そのまま前に、ぶーんと。


「ふぁーっ!?」


 ガギン、という鋭い音と、後ろで見ていたキリャの悲鳴が重なる。

 ものすごい勢いで弾かれた小石は、一直線に空を飛び、遠くの木のてっぺんに激突した。あ、枝が吹っ飛んでる。

 鳥が騒いで飛び立って、森がざわついていた。


「すっげえ!!」


「え、あ、──な?」


 振り返ると、キリャの隣でカルゴが呆然としていた。おい、顎外れるぞ。

 いや、そうなる気持ちは分かる。痛いほど分かる。


「当たった!」


 ガキみたいな顔で、ワーフェルドがこっちを向く。


「クード、飛んだ!」


「はじめてだろ、それでやるの!」


「うん!」


「なあなあ、おれもやらせろよ!」


「うん!」




 しばらく交互に打ち合って、おれも狙って飛ばせるようになってきた。やべえ、なんだこれむっちゃ面白い!

 鳥どもよスマンな、日が落ちる前に終わらせるからな!


「もー帰ろうよー」


「あと一回、いや、三回で終わらせっから、頼むわ!」


「……本当に三回だぞ」


 と、足場近くの道具置き場に向かっていたカルゴが、おれのによく似た長柄鎚を一本、ふらつきながら差し出してくる。

 おいおい、勝手に持ち出したらダメなんだぞ。管理不十分で石切場に罰金が……ま、バレなきゃいいんだが。


「カルゴもする?」


 途中で革兜を脱ぎ、ニッコニコでテッカテカの笑顔を夕日に晒したワーフェルドの誘いに、カルゴは首を振った。

 はい、おれも荷と帽子をあっちにまとめてます。だって邪魔だったしさあ。


「俺はいいよ。それより二人でいっぺんに打ってさっさと終わら」


 その声に、警鐘が被る。


「はあっ!?」


「な……今日も!?」


「ほぶりふ?」


「──上ぇー!!」




 キリャの絶叫に、おれたちは夕焼け空を見上げた。見回す。警鐘が、南から鳴り続ける。職人町の、第五衛兵団。

 遅れて北からも鳴り出す。あっちは第三──。


「ホブリド、南からよー!!」


「大きい!」


 キリャの指差す方向、足場のある岩肌斜面、その、遥か上空。


 翼を広げた、影。


「ホブリド……」




 西の森の向こう、赤の山々に沿うよう南から現れたホブリドが、旋回している。狙われている気配がする。まずい。届かない。あの高さじゃあ弓も、魔法も。


 警鐘が鳴る。南からも北からも。

 ここから、第五衛兵、あの小橋を渡って、いや北から第三の到着が早いか、でも。


 不快な金切り音。

 あいつの鳴き声か。嘴が、開く。おれたちを啄む気か。さっきの干し秋渋みたいにぱくぱく。そんな。

 繰り返される響きに、体が勝手に震える。寒気。狂気。違和感。集中、できない。


「ワー……フェ、ルド……!?」


 カルゴのかすれた涙声で、正気に戻る。ワーフェルドは立ち位置を変え、おれと背中合わせになって、ホブリドを睨む。


「ぼくは、守る」


 怒りのこもった声。唸りながら、おれの長柄鎚を、振る。そうか。


 そう、だ。


「──当てるぞ、ワーフェルド!」


 おれもカルゴが拝借してきた、長柄鎚を構える。自前のものより重いし柄が太いし長いが、大丈夫だ、動ける。手に感覚が戻ってきている。

 立ち尽くしているキリャに、必死に向かうカルゴに心の中で感謝する。頼む、そのまま、お前らは逃げろ。そんなに震えてるのに、弓を構えようとするな。無理すんな──おれが、おれたちが守ってやるから!


「うん!」


 二人で、狙う。鳴き声を邪魔するように叫びながら、ホブリドの動きを読み、それぞれ小石を打ち上げる。当たれ、当たれ、当ててやれ!

 ──当たった!

 けど、小石じゃだめだ。もっとでかい石、あれだ。休むな、あいつが降りてくる。鳴き声を止めさせないと。

 もっと速く、打て。

 狙え!

 撃て──当てるんだ!


 背後で、歯を食い縛ったワーフェルドが一際でかい石を撃ち上げた。おれの長柄鎚から、ダメな音が聞こえた。

 おれの視界に入ってきたホブリドは、様子がおかしい。ぐらついていて、鳴き声が変になって、狙うタイミングが易しい。よっしゃ絶対当ててやる、と続けさまにでかい石を撃ち上げる。

 腕が、やべえ!

 折れるな、もってくれ。

 鑿鎚は石工の誇りだろうが。

 クソジジイどもや岩と毎日戦う(おまえ)、根性見せろ!

 あいつが()ちるまで!


「落ちるぞ!」


 キリャをかばいながら、こっちに伸ばされるカルゴの右手、を見た瞬間、おれの手から重すぎた長柄鎚が落ちる。肘から先の感覚が遠い。突っ立っていたら、ワーフェルドの腕が後ろからおれに回る。


「クード走る!」


 ちょ、え、待て。

 あの、ホブリド、は。




 轟音が響き、視界が真っ白になる。カルゴの呪文が聞こえ、反射的におれもコントラフェンツを唱える。

 やべえ、掌の向きが分からん。発動方向、合ってるか?


 倒れ込み、転がりかける。


 湿り気を帯びた砂煙は舞い上がりも少なく、すぐに視界全部に真っ赤な夕焼けが映る。舞い散る黒いひらひら。おれ、仰向けに倒れて、る? 背中は痛く、ない。誰かの、上に。


「ワーフェルド!」


 慌てて飛び退けば、おれを背後から抱え込んだワーフェルドが笑っていた。くそ、革兜、脱がすんじゃなかった、無事か、頭は、首は、背中は。


「だいじょうぶ」


 石粉と泥まみれで身を起こすワーフェルドに狼狽(ろうばい)していたら、汚れまくったカルゴとキリャが飛びついてきて、おれは横倒しにされた。


「いってえ!」


「クード! ばかぁー!!」


「二人とも、無茶すんなよぉお!!」


 泣き叫ぶカルゴは、昔の、独りで生家に戻っていたあの時の、そのまんまの顔で。

 バカ泣くなお前にゃキリャたちがいるだろ、おれもいるだろ、燻蒸(くんじょう)小屋の手伝いくらい呼べよ──。

 ダメだ、なんかまだ考えることが変だ。あー、えーと、ホブリドには鳴き声に失調効果があるやつもいるとかって、習ったよな。こうなるのか。


「だいじょうぶ、勝った。あいつ、ほぶりふより弱いだった!」


「ワーフェルドさんもぅ、無茶ばっかじゃないですかああああ!」


「うわぁーん!」


 今度は二人が、ワーフェルドに飛びついて倒している。いかん、あいつらもまだ混乱してやがる。

 って、勝った?

 とどめは?


 慌てて立ち上がれば、向こうで微動だにしていない黒いホブリドが、見えた。

 え、ちょ、おれらの背負い袋は。

 ワーフェルドが振って、バキィっていったおれの長柄鎚は、あの下か!?

 おれが振ってた石切場のやつも、どこいった?

 あ、ホブリドから血が、羽が、って、ええええおれの荷物はあああああ?


 呆けたおれの耳に、昨夜のように小さくなっていく警鐘が響く。

 軽い鎧擦れと、足音が。家族の声、職人連中がおれたちを呼ぶ声が、衛兵さんたちの気配が、近付いてくる。

 大丈夫か。

 怪我はないか。

 ぼっちゃんの仇討ちだ。

 オレの息子たちは。

 ホブリドぶっ殺す。

 切れ切れに届く心の声が、物騒すぎて笑えてきた。


 どのくらい経ってるんだ、いや、ほんのちょっとだったのか、だってまだ空は赤い。


「はは、は……」


 見やったホブリドの頭は、半分が陥没していた。

 黒い羽が、舞っている。


 なんだこれ。

 ほんと、なんだよこれは。




 腰が抜けて、尻餅を()く。

 いってえ。

 小石がケツに刺さったんじゃねえか、今。

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