新人パルト②‐風魔法使い Ⅴ
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じーさんは腹を抱えて笑った。
こっちは笑い事じゃないんだが。
「そうかそうか、ワーフェルドは武装商会、とリーシュに来よったんか」
「うん、草原と森でいっぱい、蟲型モンス……ほぶ、ほびゅげ、狩った。素材、買ってくれた」
言いながら、ワーフェルドは背負い袋の中に隠し持っていた金貨をカウンターに残らず並べた。
鉄貨のようにぶちまけなかったから良しと……言っていいんだろうか。こっちはちゃんと丁重に扱ってくれて助かる。
「それでこの金貨か、稼いだのぅ」
「りょうがえした。銀はこれだけ、銅貨と鉄貨、このふくろいっぱい」
あああああ、とカルゴは頭を抱えている。
よりにもよって買い物先で、金貨銀貨の複数枚所持を自分からばらすとか、どうすればいいんだ、と切れ切れに聞こえてくる。
うん、おれもどうすりゃいいのかさっぱり分からん。助けてアーガさん。
ぼったくられる剥がされる、と呻くカルゴの横で、キリャがじーさんに向き直る。
「すみません、ワーフェルドさん、まだリーシュの物価とかお金のことがー……よく分かってなくってー」
やだおれの幼馴染みが、ここぞとばかりにぼったくれ、と言わんばかりの発言を。違うぞキリャ、敵を援護してどうする。
「た、確かに棒は大事だ、すげーいい棒作ってもらえるのは大事だ。その大金も、ワーフェルドが稼いだんだから好きに使っていい。
いいんだけどよ、そんな稼いだ端から使い切ってたら、いざという時にえらいことになるぞ」
「いま、棒ない。いざという時」
うがあ、おれの役立たずぅ!
敗色濃厚ってこういうことなのか。
おれたちが狼狽えまくっていたら、じーさんから声がかかる。
「ワーフェルド、この金貨はしまいよれ」
「なんで」
「棒は今すぐ渡せんし、売れんけんのぅ」
「なんで」
「言うたろ。お前さんの棍棒になりよる大きさの、緑楠の材木が手元にねえんじゃ。鉄楠も、のぅ」
がくり、と肩を落としたワーフェルドを見、おれたちはじーさんに向き直る。思わぬ援軍すぎるだろ。
「お前さんはええ子らぁと組めたな。この大金見ても、金よりお前さんの将来ばぁ心配して手も出さんとか、うん」
なんだか昨日から、おれたち買い被られてねえか?
「当座はそっちの、クード言うたか? そいつから得物を借りりゃあええ。お前さんなら、そこそこ使えるじゃろ」
「ちょ、おれの」
「クードにゃそっちの、おめえさんの槍を借してやれ。カルゴだったな、おめえさんは背当てんとこに、小せえ弓持っとるじゃろ」
うお、ワーフェルド以外の手持ちも見てたのかじーさん。
「嬢ちゃんの弓の補佐でも、魔法でも好きにすりゃええ。ワーフェルド以外は使えるんじゃろ、全員。それよりな」
ちょ、待てよ。じーさん何者だよ、今日が初対面だろ。
「お前さんたち、先ずは靴と防具を見直せ」
□ □ □
ワーフェルドが小汚ない袋に金貨を戻したのを見計らい、じーさんが店の奥に声をかける。
と、知らんおっさんが腰掛けを四つ持って現れた。やっと座れる、と思っていると、荷を下ろして被り物も取れ、と指示される。
しまった、店内なのに脱帽を忘れていた。
言われるままにすると、じーさんは席を立ち、カウンターに並べたワーフェルドの革兜とおれたちの帽子を手にした。
「ワーフェルドの兜はよぅ出来よるが、堅鞣しじゃあホブリドの爪や嘴にゃあ負けるじゃろうな。おめえらの帽子はこれ以下じゃ」
コツン、とじーさんがワーフェルドの革兜に指の背を当てる音は硬いが、確かに鉄冑や衛兵さんの鎧よりは、弱いだろう。
おれたちの帽子は生地こそ分厚いが、革兜の防御力にも到底及ばない。
「鎧の補強も、そいつは鉄札じゃねえのう。青銅に上塗りしたもんじゃ」
「鉄、じゃない?」
ワーフェルドがビックリしている。本人も今まで、鉄製補強材だと思い込んでいたらしい。知らなかったことにビックリだ。
昨日の昼、尋ねて確認してやれば良かった。
「造りはええけん、腕は確かなんじゃろうが、銭勘定優先の根性の腐った装具師じゃな。
今までお前さんの命ばぁあったんが幸いじゃ」
「……」
しょんぼりと項垂れたワーフェルドが、可哀想になる。
なんだよ小国家群ってのは! なんでこいつばっかがそんな目に会わされるんだよ!
「ワーフェルド、クード。お前さんたちは、そこん二人の前に立って戦う心算じゃろ。なら先ず、ホブリドを通さん防具を揃えななぁ。盾は外ん出る前でええが。
そっちの二人も、布鎧じゃあ後衛だとしても薄ぃ。即時、魔法で防御展開できんと、とばっちりの飛礫に貫かれて、出血多量で死ぬぞ」
「……」
ぞっとした。
昨夜の体験があったからこそ、じーさんの言葉は大袈裟でも偽りでもないと、判った。
「ワシは今から、緑楠の伐採依頼ばぁ出しとかあ。材木屋の魔法重ねでも、割れんよう歪まんよう乾燥させるんは半年かかりよるじゃろう。背を割って芯材のみ、ができりゃあええが。
それまでにワーフェルドは靴を、お前さんたちも靴と防具を換えよれ。全部換えれたら棍棒を作って、売っちゃろう」
「……」
言葉が出ない。
「靴は三軒南に靴屋があらぁ。ほんで革の部分甲までなら、斜向かいの道具店で作れよるわ。それ以上は、うちらぁの管轄じゃけぇ覚えとけ」
「……済みません」
と、沈黙に徹していたカルゴが挙手する。
「でしたら先ず、ワーフェルドさんの鎧兜のお奨めを、教えて下さい」
さっきのおっさんが、見本らしき革鎧を架けた十字棒を出してきてくれた。これが基本じゃ、とじーさんは言う。
防具の種類を訊いたのに、なんか返事がズレてねえか?
「人の体ってなぁ、曲線の集合じゃ。骨に沿ぅてつく筋肉をそのまま覆ってやって、その上で貫通や創傷を防ぐ硬度と厚みを置くんじゃ。骨の太さと筋肉の形はそれぞれ違うけぇ、人の数だけ鎧は違うんじゃ」
「あのー、部分甲はみんなおんなじじゃないですかー?」
そう問うたキリャが、ポコ、と右胸を覆う胸甲を叩いたのでおれは噴いた。
おいこらやめろいや今のでお前の左胸がぽよん、って、いや服着てるけど谷間も見えないけどその、心臓に悪い。
「嬢ちゃんの胸甲は柔い鹿革じゃけぇな、弦の弾き当たりを弱める以上はねえ。
紐で継いで調整する構造じゃけえ、他のもんも着けれるが──命を守る防具たぁ呼べんな」
ホブどもと当たるなら、頭と首、背と胸と腹を先ず喰われんよう守れ、とじーさんは言った。
「人の体ばぁ守らんでええとかぁねえが、頭、首、肩、背筋、手首、肘、胸、腹、太股、膝、足首は特に守らんとおえん。
口鼻もすぐに覆えんとな。耳は帽子の垂れでええが」
頭は揺らされるだけで大ダメージ。
首や肩、太股、手首足首には大きな血管があり、損傷すれば失血死しかねない。
胸や腹といった内臓も、だ。
そしてホブリドやホブリフが先ず狙うのは──「魔力の道」と呼ばれる、人の背骨だ。啄み噛みちぎり、啜った後で、首から上や、内臓を喰らう順だ。
今は背負い袋で僅かに守れるが、早目に防具を纏え。背後の気配は最優先で探れるようになれ。
ホビュゲは背を狙い、無理と悟れば人の穴へ集る。口鼻耳目の順番で。
それらの説明に、おれたちは何度も頷いた。
パルトの試験にも出たが、今となっては暗記内容以上の、必要な現実としての重みがある。
「ただ、動けんとおえん。走れんと意味がねえし、武器を使えんと敵は倒せん。せぇじゃけぇ、細こぉして分けて繋ぐんじゃ」
見本の革鎧の肩や肘を指されたので注視すると、確かにそうなっている。小さな革が重ねられていて、繋ぎ目が見えにくくなっている。すげえ。
「あのひと、背中に盾くくられてた。魔法使い?」
ぼそりとワーフェルドが呟いたが、誰のことだろう。
「ワーフェルドの鎧も、こがぁなとこはよぉ出来よる。繋ぎ目が表に出んよぉにしょおるし、関節んとかぁこがぁに重ねよって、動きを阻害せんよぉになっとる」
言われて、おれたちはワーフェルドに群がった。腕を上げさせ、肘を曲げさせ、肩を回してもらう。
動作の邪魔をしないよう、どこにも引っ掛からないような構造だ。改めてすげえ。
「けど、ワーフェルドの革鎧にゃあ、背の守りがねえから減点じゃの。
嬢ちゃんの言う部分甲は、そこだけを覆うに過ぎん。体型が違う大勢の間に合わせにはええが、正直言うと隙間だらけで危のぅてかなわんわ」
「じゃあ、ワーフェルドさんの」
「ぼくはこれでいい!」
と、口を噤んでいたワーフェルドが、声を張った。
「ぼくはこれで生きるしてきた、ぼくより、みんなが背中とあたまとおなかに鎧いる!」
「仲間が先か」
じーさんの問いに、ワーフェルドは頷く。
「強いモン……ホブ、リフ、一つずつうしろから襲ってくるすると、ぼくは生きのびる、でも、キリャ死ぬ」
「えええー私死ぬのー!?」
「おれが死なせねえよ!」
「落ち着け、たとえ話だろう……次は俺ですかクードですか」
「クード」
「まさかの二番手ぇえ!」
「まあ、せぇじゃろうな」
「……キリャに近接自衛手段がないことと、クードの防具が薄すぎる、という意味ですよね」
「うん。カルゴ、まわりみる。みず、モンスターおどろかすできる。クード、まえにでるするとちかい」
えーとつまり、チームの防御力を上げるなら、薄い低いキリャと、前衛なのに厚みが足りないおれから上げていきたい、と。
あれでも、ワーフェルドの装備優先、ってカルゴが言ってるんだよな?
「いえ、一番はワーフェルドさんの鎧と兜です。俺たちのチームは誰も死なない、そのための提案です」
カルゴは腰掛けに座り直すと、左手の人差し指を立てた。
「一つ、俺たちは蓄えがそこまでありません。誰も金貨を持っていない……よな、クード」
「おう」
頷いたカルゴは、中指を立て、続ける。
「二つ、ワーフェルドさんは個人で大金を持っている。棒が後回しになりますから、鎧の新調は可能……ですよね?」
「素材によるがのぅ、さっきの金貨と銀貨がありゃあ、ええもん使えるぞ」
「でもぼくより」
カルゴの薬指が、立つ。
「三つ、ワーフェルドさんの革鎧と革兜は補強金属以外の『出来がよく』『動きやす』くて、たくさんのパーツを『裏で繋いでいる』んですよね。
だったら分解して繋ぎ直して、足りないパーツだけを足すようにすれば、俺たちの新装備が安く賄えるんじゃないですか」
そう続けたカルゴに、おれは頭が追い付かない。
「は? ワーフェルドの鎧、バラすって……んなことできんのか?」
「出来ると思ったから、俺たちに構造の説明をして、ワーフェルドさんの革鎧を見るように仕向けた、んじゃないですか」
「待ってーお義兄ちゃん、人の数だけ鎧の形が……って、私たちもクードも、ワーフェルドさんより」
「細いし背も低い。だったら逆より可能性はある。どうしても詰められない、装甲が浮く部分は、下に『柔い革』を挟んで密着するように、とか」
「……私の胸甲みたいなー……?」
「俺の考えすぎですか? 間違ってたら教えてください!」
じーさんに向き直ったカルゴは、ため息を返されて、唇を噛む。
「──あくまでも、最低限のその場しのぎ程度じゃが。金子の用立てが出来よったら、真っ当なもんに換えるな?」
「「「はい!」」」
揃ってそう言えば、じーさんは笑った。細い目が、皺に埋もれる。
「お前さんはええか?」
問われたワーフェルドは、困惑している。
あ、詐欺られてたけど思い入れのありそうな鎧の分解、で話進めちまったけど、嫌だったか。
「ちょ、待て、ワーフェルド。お前がバラすの嫌だっつーなら、今のはナシだ」
「え」
きょとん、とされて、おれは考え違いを察した。
「……いいのか?」
「みんな、こそ、いやに思うない?」
「なんでー?」
うん?
おれたちが嫌がると思ってるのか?
「ぼくずっと、着るした。きたない、くさい、思うない?」
「「「全然」」」
そりゃまあ、新品じゃねえんだからそうだろう。
けどそんなことより。
「ワーフェルドさんがずっと使ってたんでしょー、だったら普通の革鎧より頑丈じゃなーい」
「ホブリドの爪は無理でも、飛礫とかなら防げますよね。だったら俺たちの防御力、今よりずっと上がりますよ」
「おれはむしろ欲しいぞ。縁起良さそうじゃんか」
皆でそう返すと、ワーフェルドは黙った。しばらく俯いて、顔を上げる。
「おじいさ──店主。ぼくの鎧兜、たのむしたい。この装備、できるだけみんながつかえるしてください」
ワーフェルドは改めて、金貨と銀貨を出し、勘定台に積んだ。
じーさんは引き出しから台座付天秤を出すと、貨幣をそれぞれ二回乗せただけで片付けた。
どうやらワーフェルドと武装商会と両替商は、信頼されている、らしい。
「こんだけありゃあ、その革鎧を作り直す手間賃引いても、ホブ素材一択じゃな。おう、靴代は返すぞ」
「どういったものがお奨めですか」
「重すぎん方がええじゃろ」
「今より重くないが、いいです」
その会話で、おれは昨日の昼のやり取りを思い出した。
音を立てない留め具、石打ち、急所破壊、木のモンスター。
それと、昨夜のあの動き。
「……ワーフェルドは、一撃離脱型だ。力押しで鍔迫り合い、じゃねえ。気付かれないように接近して、スピード重視で、回避優先。静音性と動きやすさに長けた、そんな素材ってなんだ?」
「ならホブリフの革じゃな。うちにゃ今、ホビュゲしかねえ」
一応教えておいてやる、とじーさんは剣の棚の上、壁に掛けられている兜たちを杖で指した。
「衛兵が使うとるのは、あげぇな大型ホビュゲの外殻じゃ。硬度と強度が高ぇが、擦れて音がしよる」
見た目と性能に反して、軽いのが特徴らしい。
「そんでもっと硬ぇ尖ったモンに突かれると、割れるか凹む。そがぁになると、もう戻せん。鉄の甲冑なら、打ち直せるが」
つーことはあれか、例えばおれの長柄鎚が思い切り当たるとヤバいのか。そんで敵に当てられたら新調必須。
うーん金がかかるんだなあ、衛兵さんの鎧って。
「ホブリドの蹴爪やホブリフの脚にやられても、ホビュゲは耐えよる。じゃけん、ホブリドは嘴でホビュゲの外殻を突いて割りよるし、ホブリフは尖った歯や牙で噛み砕きよるそうじゃ」
まあ、蟲だもんな。喰われないように硬くなったけど、限界があるって感じか。
「一番数が多いんが、一番弱いホビュゲじゃ。その分、人にも倒しやすく、素材も手に入りやしぃ。衛兵は基本的に集団で動くけん、一人倒れても数で戦えよる。利点を活かしてのホビュゲ装備っちゅうことじゃ」
「えー、じゃあ昨日のホブリフってー」
「草喰みは突進、蹴り上げ、角斬撃じゃあな。昨夜んは、なにやら風魔法への対抗力があったそうじゃが」
そうだ、あいつは変だった。呪文詠唱もせず、魔法のような力を備えていた。
今更だが──よく倒せたよなあ。衛兵さん、強ぇ。
「今言うた通り、ホビュゲ素材だけでは止められん。せえじゃけん、衝撃を緩和できよるホブリド素材、羽毛を重ねた構造防具になりよるんじゃ」
それぞれ素材の強みが違うんだな。
「ただしホブリド素材はよぉ燃えよんじゃ」
そして弱点もある、と。
「じゃあホブリフの革はどうなんですかー」
「獣の革じゃけえ、音はせん。じゃが堅鞣ししたところでホビュゲ素材に硬度は及ばんし、それより遥かに重ぇわな。ホブリド素材ほど衝撃も殺せん、そこでな」
じーさんが楽しそうに笑う。
「ホブリフの堅鞣し革に、ホビュゲの小せえ外殻を打ち付けるのはどうじゃろ。そがぁな青銅の札じゃのうて。
革を二重にして、間にホブリドの羽を仕込むのもありじゃな」
曰く、大型のホビュゲ素材は衛兵さんの装備に優先されるので、パルトのそれには使われにくいらしい。数があっても限りがあれば、まあそうなるだろう。ぶっ壊れる頻度も高そうだし。
ただし成型加工の段階で、小さな余りは出る。
更に言うと、見目が良くないホビュゲ素材がそこそこ、先日「武装商会」によって売りに出されたそうだ。
彼らが買い取り、小国家群で売るのは光沢と色彩が豊かなものに限られる、って強度は二の次かよ。外国ではなにが売れるのか、分かんねえな。
「んんー……それってー」
ひょっとしてワーフェルドが入国前に狩ったやつじゃ、いや、まさかな。
「鍛冶屋町とワシの店で買うてな。その青銅札の倍くれえ、あるぞ」
「でしたら」
「素材を変えて、見てくれがおんなじもんをもっと真っ当に作っちゃろう。見本がありゃあ、仕立ても早ぅなる」
まさかじーさん本人が作るのか、と驚いていたら、見透かされた。
「ワシゃあ隠居の店番よ。作るんわ息子と、弟子たちじゃ。腕はええから安心せえ」
□ □ □
じーさんを信用したワーフェルドは、防具新調代として、靴代を残した金貨と銀貨を全部、じーさんの方へ押しやった。そして座った椅子ごと身を引いたのは、取り返す気がないという意思表示だろうか。
おれたちは止めるべきか迷ったが──流石にあんな財産を持ち歩いたり、鍵のない共同部屋に置いたりするのもどうかと思ったし、防具が結局幾らになるのかはメインのホブリフ革次第で未定だし──、ワーフェルドの気持ちを優先する。
つまり、三人とも椅子ごと退いて、金貨銀貨から物理的に離れて見せたのだ。
ワーフェルドの真似っこである。
じーさんとワーフェルドが、揃ってぽかんとおれたちを見てきた。ふふん、テレフィミ唱えられなくても以心伝心はたまにできるんだぜ、おれたちゃ長い付き合いだからな。
「ワシがちょろまかしたらどうすんじゃ」
「しないでしょう。そんな方が、衛兵装備の依頼を受けられるはずも、新人パルトに防具談義をする理由もないじゃありませんか」
カルゴの笑みが、ちょっと怖い。
じーさんの笑いも、ちょっと怖い。
「なら、証文札を作っちゃるわ。待っとけ」
焼き印が捺された木札と彫り刀を、じーさんが引き出しから取り出して文字を浅く刻み、渡してくる。色々入ってんなあ、あそこは他になにがあるんだろう。
「じゃあ、これから素材屋で革を選びに行きます。今日はその後に任務があるので──明日の昼過ぎにまた来ますね」
ワーフェルドの金貨と銀貨を、鍵つきの箱にしまったじーさんに、カルゴがそう言って立ち上がる。
そっか、今日は石切場に寄らなきゃだし、明日は現場手伝いの続きか。
明後日は、ずれ込んだ西地区の任務ぎっしりだから、ここに来られるのは明日か明明後日以降になるわな。
「おう、明日は靴のことを教えちゃるわ。三人はまだええが、ワーフェルドのそれは早ぇ方がええからのぅ」
「明日もよろしくお願いしますー」
ありがとうございますー、とキリャが頭を下げ、じーさんは呵々と笑う。
「素材屋ん、場所は分かるかのう」
「北岸の職人町だろ? おれの元勤め先の一つだ」
ほ、とじーさんが白い鬚を撫でる。
「ならええか、じゃあまた明日じゃな」
□ □ □
四人で店を出て、揃って大きく息を吐いた。なんだろう、すっげえ疲れた。
主に頭が。
見たもんも教わったもんも多すぎて、クラクラする。そんなに長時間ではなかったはずなのに。
帽子と革兜をそれぞれ被り直して、歩き出す。
「ホビュゲ、虫、かしゃかしゃ、硬い、割れる。ホブリド、鳥、ふかふか、燃える。くちばし、ホビュゲよりつよい」
ワーフェルドは空を見上げながら、指折り復唱している。分かるぞ、その気持ち。
「お世話になったねー、いいおじいちゃんだったー」
キリャはいつも通りで、ほっとする。
「仕立て代を考えると、素材の予算は……いや、命を守るものに出し惜しみは」
うん、難しいことはカルゴが考えてくれるな。任せたリーダー。
「ホブリフ、獣、きのうの。いのぶた革より強い革、音しない、どーん」
おいワーフェルド、最後のなんだ。
□ ■ □ ■ □ ■
歩調は速まり、南路へと突っ走っていく格好になった。
復興現場を通りすぎて、南路を西へ曲がり、南の木橋へ爆走する。
真ん中木橋を使わないのは、明後日の予習も兼ねてだろう。
ワーフェルドがキリャの背から器用に奪った水樽を、おれは引ったくる。おれに持たせろ、こういうのは。
そしたら長柄鎚を、代わりに奪われた。交換、か。そうだな、じゃあしょうがねえな。
団長から預かった渡川料の半額を、カルゴが見張り小屋で払うと、お釣りを返されていた。うん、北の石橋より安いもんな。
「第二団長に、提出、するので、証文札を、ください」
息が上がってても、カルゴは頼りになるなあ。
お釣りは札と一緒に、明日返すんだと。
鉄貨数枚くらい貰ってもいいと思ったが、こういうところをきちんとすると信用に繋がるんだ、と言われて、おれは息を整えつつ納得する。
うん、鉄貨でコネが作れるなら安いもんだな。挨拶もそうだった。
橋の上でワーフェルドが元気にはしゃいでいたので、おれもつられて笑う。川面の漁師舟は鯉を狙ってるんだろうか、なんとなく頭を下げ、小走りで渡った。
水樽を抱えていたので、キリャの手は引いてやれないけど。
職人町は、薄く濁った「飲めない川」両岸に沿う形で広がっている。並ぶ水車小屋はイルじーさんのところより造りが小さく、染料を搗いたり麻を叩いたり──小麦を挽いたり、蒸した大豆を潰したり、色々だ。
香ノ木の煙や芳香に混じる雑多な匂いは、去年まで当たり前に嗅いでいたものと同じだった。
「……なんか、くさい」
思ってても口に出すもんじゃねえぞ、ワーフェルド。鼻を押さえて黙ってる二人を見習え。
鉄貨一枚で渡れる飲めない川の小橋でも、カルゴはしっかり証文札を貰っていた。
素材屋は見張り小屋の三つ隣だ。
ああ、ほんの二月前まで通っていたのに、なんだかひどく懐かしい。みんな、元気だろうか。