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新人パルト②‐風魔法使い Ⅴ



 □ □ □ 



 じーさんは腹を抱えて笑った。

 こっちは笑い事じゃないんだが。


「そうかそうか、ワーフェルドは武装商会、とリーシュに来よったんか」


「うん、草原と森でいっぱい、蟲型モンス……ほぶ、ほびゅげ、狩った。素材、買ってくれた」


 言いながら、ワーフェルドは背負い袋の中に隠し持っていた金貨をカウンターに残らず並べた。

 鉄貨のようにぶちまけなかったから良しと……言っていいんだろうか。こっちはちゃんと丁重に扱ってくれて助かる。


「それでこの金貨か、稼いだのぅ」


「りょうがえした。銀はこれだけ、銅貨と鉄貨、このふくろいっぱい」


 あああああ、とカルゴは頭を抱えている。

 よりにもよって買い物先で、金貨銀貨の複数枚所持を自分からばらすとか、どうすればいいんだ、と切れ切れに聞こえてくる。

 うん、おれもどうすりゃいいのかさっぱり分からん。助けてアーガさん。

 ぼったくられる剥がされる、と(うめ)くカルゴの横で、キリャがじーさんに向き直る。


「すみません、ワーフェルドさん、まだリーシュの物価とかお金のことがー……よく分かってなくってー」


 やだおれの幼馴染みが、ここぞとばかりにぼったくれ、と言わんばかりの発言を。違うぞキリャ、敵を援護してどうする。


「た、確かに棒は大事だ、すげーいい棒作ってもらえるのは大事だ。その大金も、ワーフェルドが稼いだんだから好きに使っていい。

 いいんだけどよ、そんな稼いだ端から使い切ってたら、いざという時にえらいことになるぞ」


「いま、棒ない。いざという時」


 うがあ、おれの役立たずぅ!

 敗色濃厚ってこういうことなのか。

 おれたちが狼狽(うろた)えまくっていたら、じーさんから声がかかる。


「ワーフェルド、この金貨はしまいよれ」


「なんで」


「棒は今すぐ渡せんし、売れんけんのぅ」


「なんで」


「言うたろ。お前さんの棍棒になりよる大きさの、緑楠の材木が手元にねえんじゃ。鉄楠も、のぅ」


 がくり、と肩を落としたワーフェルドを見、おれたちはじーさんに向き直る。思わぬ援軍すぎるだろ。


「お前さんはええ子らぁと組めたな。この大金見ても、金よりお前さんの将来ばぁ心配して手も出さんとか、うん」


 なんだか昨日から、おれたち買い(かぶ)られてねえか?


「当座はそっちの、クード言うたか? そいつから得物を借りりゃあええ。お前さんなら、そこそこ使えるじゃろ」


「ちょ、おれの」


「クードにゃそっちの、おめえさんの槍を借してやれ。カルゴだったな、おめえさんは背当てんとこに、小せえ弓持っとるじゃろ」


 うお、ワーフェルド以外の手持ちも見てたのかじーさん。


「嬢ちゃんの弓の補佐でも、魔法でも好きにすりゃええ。ワーフェルド以外は使えるんじゃろ、全員。それよりな」


 ちょ、待てよ。じーさん何者だよ、今日が初対面だろ。


「お前さんたち、先ずは靴と防具を見直せ」



 □ □ □ 



 ワーフェルドが小汚ない袋に金貨を戻したのを見計らい、じーさんが店の奥に声をかける。

 と、知らんおっさんが腰掛けを四つ持って現れた。やっと座れる、と思っていると、荷を下ろして被り物も取れ、と指示される。

 しまった、店内なのに脱帽を忘れていた。


 言われるままにすると、じーさんは席を立ち、カウンターに並べたワーフェルドの革兜とおれたちの帽子を手にした。


「ワーフェルドの兜はよぅ出来よるが、堅鞣しじゃあホブリドの爪や嘴にゃあ負けるじゃろうな。おめえらの帽子はこれ以下じゃ」


 コツン、とじーさんがワーフェルドの革兜に指の背を当てる音は硬いが、確かに鉄(かぶと)や衛兵さんの鎧よりは、弱いだろう。

 おれたちの帽子は生地こそ分厚いが、革兜の防御力にも到底及ばない。


「鎧の補強も、そいつは鉄札じゃねえのう。青銅に上塗りしたもんじゃ」


「鉄、じゃない?」


 ワーフェルドがビックリしている。本人も今まで、鉄製補強材だと思い込んでいたらしい。知らなかったことにビックリだ。

 昨日の昼、尋ねて確認してやれば良かった。


「造りはええけん、腕は確かなんじゃろうが、銭勘定優先の根性の腐った装具師じゃな。

 今までお前さんの命ばぁあったんが幸いじゃ」


「……」


 しょんぼりと項垂れたワーフェルドが、可哀想になる。

 なんだよ小国家群ってのは! なんでこいつばっかがそんな目に会わされるんだよ!




「ワーフェルド、クード。お前さんたちは、そこん二人の前に立って戦う心算じゃろ。なら先ず、ホブリドを通さん防具を揃えななぁ。盾は外ん出る前でええが。

 そっちの二人も、布鎧じゃあ後衛だとしても(うし)ぃ。即時、魔法で防御展開できんと、とばっちりの飛礫(つぶて)に貫かれて、出血多量で死ぬぞ」


「……」


 ぞっとした。

 昨夜の体験があったからこそ、じーさんの言葉は大袈裟でも偽りでもないと、判った。


「ワシは今から、緑楠の伐採依頼ばぁ出しとかあ。材木屋の魔法重ねでも、割れんよう(ひず)まんよう乾燥させるんは半年かかりよるじゃろう。背を割って芯材のみ、ができりゃあええが。

 それまでにワーフェルドは靴を、お前さんたちも靴と防具を換えよれ。全部換えれたら棍棒を作って、売っちゃろう」


「……」


 言葉が出ない。


「靴は三軒南に靴屋があらぁ。ほんで革の部分甲までなら、(はす)向かいの道具店で作れよるわ。それ以上は、うちらぁの管轄じゃけぇ覚えとけ」


「……済みません」


 と、沈黙に徹していたカルゴが挙手する。


「でしたら先ず、ワーフェルドさんの鎧兜のお奨めを、教えて下さい」




 さっきのおっさんが、見本らしき革鎧を架けた十字棒を出してきてくれた。これが基本じゃ、とじーさんは言う。

 防具の種類を訊いたのに、なんか返事がズレてねえか?


「人の体ってなぁ、曲線の集合じゃ。骨に沿ぅてつく筋肉をそのまま覆ってやって、その上で貫通や創傷(そうしょう)を防ぐ硬度と厚みを置くんじゃ。骨の太さと筋肉の形はそれぞれ違うけぇ、人の数だけ鎧は違うんじゃ」


「あのー、部分甲はみんなおんなじじゃないですかー?」


 そう問うたキリャが、ポコ、と右胸を覆う胸甲を叩いたのでおれは()いた。

 おいこらやめろいや今のでお前の左胸がぽよん、って、いや服着てるけど谷間も見えないけどその、心臓に悪い。


「嬢ちゃんの胸甲は(やわ)い鹿革じゃけぇな、弦の弾き当たりを弱める以上はねえ。

 紐で継いで調整する構造じゃけえ、他のもんも着けれるが──命を守る防具たぁ呼べんな」


 ホブどもと当たるなら、頭と首、背と胸と腹を先ず喰われんよう守れ、とじーさんは言った。


「人の体ばぁ守らんでええとかぁねえが、頭、首、肩、背筋、手首、肘、胸、腹、太股、膝、足首は特に守らんとおえん。

 口鼻もすぐに覆えんとな。耳は帽子の垂れでええが」


 頭は揺らされるだけで大ダメージ。

 首や肩、太股、手首足首には大きな血管があり、損傷すれば失血死しかねない。

 胸や腹といった内臓も、だ。


 そしてホブリドやホブリフが先ず狙うのは──「魔力の道」と呼ばれる、人の背骨だ。(ついば)み噛みちぎり、(すす)った後で、首から上や、内臓を喰らう順だ。

 今は背負い袋で僅かに守れるが、早目に防具を纏え。背後の気配は最優先で探れるようになれ。

 ホビュゲは背を狙い、無理と悟れば人の穴へ(たか)る。口鼻耳目の順番で。


 それらの説明に、おれたちは何度も頷いた。

 パルトの試験にも出たが、今となっては暗記内容以上の、必要な現実としての重みがある。


「ただ、動けんとおえん。走れんと意味がねえし、武器を使えんと敵は倒せん。せぇじゃけぇ、細こぉして分けて繋ぐんじゃ」


 見本の革鎧の肩や肘を指されたので注視すると、確かにそうなっている。小さな革が重ねられていて、繋ぎ目が見えにくくなっている。すげえ。


「あのひと、背中に盾くくられてた。魔法使い?」


 ぼそりとワーフェルドが呟いたが、誰のことだろう。


「ワーフェルドの鎧も、こがぁなとこはよぉ出来よる。繋ぎ目が表に出んよぉにしょおるし、関節んとかぁこがぁに重ねよって、動きを阻害せんよぉになっとる」


 言われて、おれたちはワーフェルドに群がった。腕を上げさせ、肘を曲げさせ、肩を回してもらう。

 動作の邪魔をしないよう、どこにも引っ掛からないような構造だ。改めてすげえ。


「けど、ワーフェルドの革鎧にゃあ、背の守りがねえから減点じゃの。

 嬢ちゃんの言う部分甲は、そこだけを覆うに過ぎん。体型が違う大勢の間に合わせにはええが、正直言うと隙間だらけで危のぅてかなわんわ」


「じゃあ、ワーフェルドさんの」


「ぼくはこれでいい!」


 と、口を(つぐ)んでいたワーフェルドが、声を張った。


「ぼくはこれで生きるしてきた、ぼくより、みんなが背中とあたまとおなかに鎧いる!」




「仲間が先か」


 じーさんの問いに、ワーフェルドは頷く。


「強いモン……ホブ、リフ、一つずつうしろから襲ってくるすると、ぼくは生きのびる、でも、キリャ死ぬ」


「えええー私死ぬのー!?」


「おれが死なせねえよ!」


「落ち着け、たとえ話だろう……次は俺ですかクードですか」


「クード」


「まさかの二番手ぇえ!」


「まあ、せぇじゃろうな」


「……キリャに近接自衛手段がないことと、クードの防具が薄すぎる、という意味ですよね」


「うん。カルゴ、まわりみる。みず、モンスターおどろかすできる。クード、まえにでるするとちかい」


 えーとつまり、チームの防御力を上げるなら、薄い低いキリャと、前衛なのに厚みが足りないおれから上げていきたい、と。

 あれでも、ワーフェルドの装備優先、ってカルゴが言ってるんだよな?


「いえ、一番はワーフェルドさんの鎧と兜です。俺たちのチームは誰も死なない、そのための提案です」


 カルゴは腰掛けに座り直すと、左手の人差し指を立てた。


「一つ、俺たちは蓄えがそこまでありません。誰も金貨を持っていない……よな、クード」


「おう」


 頷いたカルゴは、中指を立て、続ける。


「二つ、ワーフェルドさんは個人で大金を持っている。棒が後回しになりますから、鎧の新調は可能……ですよね?」


「素材によるがのぅ、さっきの金貨と銀貨がありゃあ、ええもん使えるぞ」


「でもぼくより」


 カルゴの薬指が、立つ。


「三つ、ワーフェルドさんの革鎧と革兜は補強金属以外の『出来がよく』『動きやす』くて、たくさんのパーツを『裏で繋いでいる』んですよね。

 だったら分解して繋ぎ直して、足りないパーツだけを足すようにすれば、俺たちの新装備が安く(まかな)えるんじゃないですか」




 そう続けたカルゴに、おれは頭が追い付かない。


「は? ワーフェルドの鎧、バラすって……んなことできんのか?」


「出来ると思ったから、俺たちに構造の説明をして、ワーフェルドさんの革鎧を見るように仕向けた、んじゃないですか」


「待ってーお義兄ちゃん、人の数だけ鎧の形が……って、私たちもクードも、ワーフェルドさんより」


「細いし背も低い。だったら逆より可能性はある。どうしても詰められない、装甲が浮く部分は、下に『柔い革』を挟んで密着するように、とか」


「……私の胸甲みたいなー……?」


「俺の考えすぎですか? 間違ってたら教えてください!」


 じーさんに向き直ったカルゴは、ため息を返されて、唇を噛む。


「──あくまでも、最低限のその場しのぎ程度じゃが。金子(きんす)の用立てが出来よったら、真っ当なもんに換えるな?」


「「「はい!」」」


 揃ってそう言えば、じーさんは笑った。細い目が、(しわ)に埋もれる。


「お前さんはええか?」


 問われたワーフェルドは、困惑している。

 あ、詐欺られてたけど思い入れのありそうな鎧の分解、で話進めちまったけど、嫌だったか。


「ちょ、待て、ワーフェルド。お前がバラすの嫌だっつーなら、今のはナシだ」


「え」


 きょとん、とされて、おれは考え違いを察した。


「……いいのか?」


「みんな、こそ、いやに思うない?」


「なんでー?」


 うん?

 おれたちが嫌がると思ってるのか?


「ぼくずっと、着るした。きたない、くさい、思うない?」


「「「全然」」」


 そりゃまあ、新品じゃねえんだからそうだろう。

 けどそんなことより。


「ワーフェルドさんがずっと使ってたんでしょー、だったら普通の革鎧より頑丈じゃなーい」


「ホブリドの爪は無理でも、飛礫とかなら防げますよね。だったら俺たちの防御力、今よりずっと上がりますよ」


「おれはむしろ欲しいぞ。縁起良さそうじゃんか」


 皆でそう返すと、ワーフェルドは黙った。しばらく(うつむ)いて、顔を上げる。


「おじいさ──店主。ぼくの鎧兜、たのむしたい。この装備、できるだけみんながつかえるしてください」




 ワーフェルドは改めて、金貨と銀貨を出し、勘定台に積んだ。


 じーさんは引き出しから台座付天秤を出すと、貨幣をそれぞれ二回乗せただけで片付けた。

 どうやらワーフェルドと武装商会と両替商は、信頼されている、らしい。


「こんだけありゃあ、その革鎧を作り直す手間賃引いても、ホブ素材一択じゃな。おう、靴代は返すぞ」


「どういったものがお奨めですか」


「重すぎん方がええじゃろ」


「今より重くないが、いいです」


 その会話で、おれは昨日の昼のやり取りを思い出した。

 音を立てない留め具、石打ち、急所破壊、木のモンスター。

 それと、昨夜のあの動き。


「……ワーフェルドは、一撃離脱型だ。力押しで鍔迫(つばぜ)り合い、じゃねえ。気付かれないように接近して、スピード重視で、回避優先。静音性と動きやすさに()けた、そんな素材ってなんだ?」


「ならホブリフの革じゃな。うちにゃ今、ホビュゲしかねえ」


 一応教えておいてやる、とじーさんは剣の棚の上、壁に掛けられている兜たちを杖で指した。


「衛兵が使(つこ)うとるのは、あげぇな大型ホビュゲの外殻じゃ。硬度と強度が高ぇが、擦れて音がしよる」


 見た目と性能に反して、軽いのが特徴らしい。


「そんでもっと硬ぇ尖ったモンに突かれると、割れるか凹む。そがぁになると、もう戻せん。鉄の甲冑(かっちゅう)なら、打ち直せるが」


 つーことはあれか、例えばおれの長柄鎚が思い切り当たるとヤバいのか。そんで敵に当てられたら新調必須。

 うーん金がかかるんだなあ、衛兵さんの鎧って。


「ホブリドの蹴爪やホブリフの脚にやられても、ホビュゲは耐えよる。じゃけん、ホブリドは嘴でホビュゲの外殻を突いて割りよるし、ホブリフは尖った歯や牙で噛み砕きよるそうじゃ」


 まあ、蟲だもんな。喰われないように硬くなったけど、限界があるって感じか。


「一番数が多いんが、一番弱いホビュゲじゃ。その分、人にも倒しやすく、素材も手に入りやしぃ。衛兵は基本的に集団で動くけん、一人倒れても数で戦えよる。利点を活かしてのホビュゲ装備っちゅうことじゃ」


「えー、じゃあ昨日のホブリフってー」


「草喰みは突進、蹴り上げ、角斬撃じゃあな。昨夜んは、なにやら風魔法への対抗力があったそうじゃが」


 そうだ、あいつは変だった。呪文詠唱もせず、魔法のような力を備えていた。

 今更だが──よく倒せたよなあ。衛兵さん、強ぇ。


「今言うた通り、ホビュゲ素材だけでは止められん。せえじゃけん、衝撃を緩和できよるホブリド素材、羽毛を重ねた構造防具になりよるんじゃ」


 それぞれ素材の強みが違うんだな。


「ただしホブリド素材はよぉ燃えよんじゃ」


 そして弱点もある、と。


「じゃあホブリフの革はどうなんですかー」


「獣の革じゃけえ、音はせん。じゃが堅鞣ししたところでホビュゲ素材に硬度は及ばんし、それより遥かに(おめ)ぇわな。ホブリド素材ほど衝撃も殺せん、そこでな」


 じーさんが楽しそうに笑う。


「ホブリフの堅鞣し革に、ホビュゲの小せえ外殻を打ち付けるのはどうじゃろ。そがぁな青銅の札じゃのうて。

 革を二重にして、間にホブリドの羽を仕込むのもありじゃな」




 (いわ)く、大型のホビュゲ素材は衛兵さんの装備に優先されるので、パルトのそれには使われにくいらしい。数があっても限りがあれば、まあそうなるだろう。ぶっ壊れる頻度も高そうだし。

 ただし成型加工の段階で、小さな余りは出る。

 更に言うと、見目が良くないホビュゲ素材がそこそこ、先日「武装商会」によって売りに出されたそうだ。

 彼らが買い取り、小国家群で売るのは光沢と色彩が豊かなものに限られる、って強度は二の次かよ。外国ではなにが売れるのか、分かんねえな。


「んんー……それってー」


 ひょっとしてワーフェルドが入国前に狩ったやつじゃ、いや、まさかな。


「鍛冶屋町とワシの店で()うてな。その青銅札の倍くれえ、あるぞ」


「でしたら」


「素材を変えて、見てくれがおんなじもんをもっと真っ当に作っちゃろう。見本がありゃあ、仕立ても早ぅなる」


 まさかじーさん本人が作るのか、と驚いていたら、見透かされた。


「ワシゃあ隠居の店番よ。作るんわ息子と、弟子たちじゃ。腕はええから安心せえ」



 □ □ □ 



 じーさんを信用したワーフェルドは、防具新調代として、靴代を残した金貨と銀貨を全部、じーさんの方へ押しやった。そして座った椅子ごと身を引いたのは、取り返す気がないという意思表示だろうか。

 おれたちは止めるべきか迷ったが──流石にあんな財産を持ち歩いたり、鍵のない共同部屋に置いたりするのもどうかと思ったし、防具が結局幾らになるのかはメインのホブリフ革次第で未定だし──、ワーフェルドの気持ちを優先する。

 つまり、三人とも椅子ごと退いて、金貨銀貨から物理的に離れて見せたのだ。

 ワーフェルドの真似っこである。

 じーさんとワーフェルドが、揃ってぽかんとおれたちを見てきた。ふふん、テレフィミ唱えられなくても以心伝心はたまにできるんだぜ、おれたちゃ長い付き合いだからな。


「ワシがちょろまかしたらどうすんじゃ」


「しないでしょう。そんな方が、衛兵装備の依頼を受けられるはずも、新人パルトに防具談義をする理由もないじゃありませんか」


 カルゴの笑みが、ちょっと怖い。

 じーさんの笑いも、ちょっと怖い。


「なら、証文札を作っちゃるわ。待っとけ」


 焼き印が捺された木札と彫り刀を、じーさんが引き出しから取り出して文字を浅く刻み、渡してくる。色々入ってんなあ、あそこは他になにがあるんだろう。


「じゃあ、これから素材屋で革を選びに行きます。今日はその後に任務があるので──明日の昼過ぎにまた来ますね」


 ワーフェルドの金貨と銀貨を、鍵つきの箱にしまったじーさんに、カルゴがそう言って立ち上がる。

 そっか、今日は石切場に寄らなきゃだし、明日は現場手伝いの続きか。

 明後日は、ずれ込んだ西地区の任務ぎっしりだから、ここに来られるのは明日か明明後日(しあさって)以降になるわな。


「おう、明日は靴のことを教えちゃるわ。三人はまだええが、ワーフェルドのそれは早ぇ方がええからのぅ」


「明日もよろしくお願いしますー」


 ありがとうございますー、とキリャが頭を下げ、じーさんは呵々(かか)と笑う。


「素材屋ん、場所は分かるかのう」


「北岸の職人町だろ? おれの元勤め先の一つだ」


 ほ、とじーさんが白い鬚を撫でる。


「ならええか、じゃあまた明日じゃな」



 □ □ □ 



 四人で店を出て、揃って大きく息を吐いた。なんだろう、すっげえ疲れた。

 主に頭が。

 見たもんも教わったもんも多すぎて、クラクラする。そんなに長時間ではなかったはずなのに。

 帽子と革兜をそれぞれ被り直して、歩き出す。


「ホビュゲ、虫、かしゃかしゃ、硬い、割れる。ホブリド、鳥、ふかふか、燃える。くちばし、ホビュゲよりつよい」


 ワーフェルドは空を見上げながら、指折り復唱している。分かるぞ、その気持ち。


「お世話になったねー、いいおじいちゃんだったー」


 キリャはいつも通りで、ほっとする。


「仕立て代を考えると、素材の予算は……いや、命を守るものに出し惜しみは」


 うん、難しいことはカルゴが考えてくれるな。任せたリーダー。


「ホブリフ、獣、きのうの。いのぶた革より強い革、音しない、どーん」


 おいワーフェルド、最後のなんだ。




 □ ■ □ ■ □ ■ 




 歩調は速まり、南路へと突っ走っていく格好になった。

 復興現場を通りすぎて、南路を西へ曲がり、南の木橋へ爆走する。

 真ん中木橋を使わないのは、明後日の予習も兼ねてだろう。


 ワーフェルドがキリャの背から器用に奪った水樽を、おれは引ったくる。おれに持たせろ、こういうのは。

 そしたら長柄鎚を、代わりに奪われた。交換、か。そうだな、じゃあしょうがねえな。


 団長から預かった渡川料の半額を、カルゴが見張り小屋で払うと、お釣りを返されていた。うん、北の石橋より安いもんな。


「第二団長に、提出、するので、証文札を、ください」


 息が上がってても、カルゴは頼りになるなあ。

 お釣りは札と一緒に、明日返すんだと。

 鉄貨数枚くらい貰ってもいいと思ったが、こういうところをきちんとすると信用に繋がるんだ、と言われて、おれは息を整えつつ納得する。

 うん、鉄貨でコネが作れるなら安いもんだな。挨拶もそうだった。


 橋の上でワーフェルドが元気にはしゃいでいたので、おれもつられて笑う。川面の漁師舟は鯉を狙ってるんだろうか、なんとなく頭を下げ、小走りで渡った。

 水樽を抱えていたので、キリャの手は引いてやれないけど。




 職人町は、薄く濁った「飲めない川」両岸に沿う形で広がっている。並ぶ水車小屋はイルじーさんのところより造りが小さく、染料を()いたり麻を叩いたり──小麦を挽いたり、蒸した大豆を潰したり、色々だ。

 香ノ木の煙や芳香に混じる雑多な匂いは、去年まで当たり前に嗅いでいたものと同じだった。


「……なんか、くさい」


 思ってても口に出すもんじゃねえぞ、ワーフェルド。鼻を押さえて黙ってる二人を見習え。




 鉄貨一枚で渡れる飲めない川の小橋でも、カルゴはしっかり証文札を貰っていた。

 素材屋は見張り小屋の三つ隣だ。

 ああ、ほんの二月前まで通っていたのに、なんだかひどく懐かしい。みんな、元気だろうか。

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