新人パルト②‐風魔法使い Ⅳ
□ ■ □ ■ □ ■
昏倒した大型ホブリフから投げ出されたワーフェルドが、路面に転がり落ちてくる。
咄嗟にコントラフェンツを間に滑り込ませたが、あの速度だと衝撃は吸収しきれていない。
「ワーフェルドさぁーん!」
叫び、駆け出すキリャを追うカルゴに、おれも並ぶ。追い越す。まだ駆け足ではこいつらには負けない。
途中で、北の方の警鐘の速度とリズムが変わった。よし、だったら。
「ワーフェルド!」
濡れた土埃に塗れ、革兜もずれていたが、体を丸めるようにしていたワーフェルドが動く。身を起こそうとする。手足が変な曲がり方をしているようには、見えない。
「声が聞こえるか?」
一番に現着し、屈み込んだおれの呼び掛けに、膝を着いたままワーフェルドは頷いてみせた。良かった。最悪にならなくて、本当に。
「俺たちが分かりますか?」
「息はできる? 怪我は? 痛いところはー?」
すぐに追い付いた二人が、滑り込むように身を低くしながらワーフェルドを覗き込んでくる。
「だいじょ、ぶ。まるまるの、できた」
瞬きを繰り返しつつおれたちを目視し、右手を握り込み、開いてみせたワーフェルドは、だが自力で走ることは難しそうだ。
「クード、右腕から担げ! 俺が左を担ぐ! キリャは先導頼む!」
「おっしゃ、せーのっ!」
無言で立ち上がり、踵を返すキリャの背を目で追いながら、カルゴと呼吸を合わせて立ち上がる。身長差のせいでワーフェルドの爪先は路面に着いたままだが、構っている余裕はない。
「まって、モンスター、まだ」
「うるせえ、『間に合った』から黙ってろ!」
「──来たんだな」
「え」
「ああ、すぐに着くぜ」
二、三、二。北の鐘がリズムを取っている。ひたすら打ち鳴らしていた警報ではない。南から聞こえる鐘は、一定だ。
独特の、鉄より薄く軽い鎧擦れと、頼もしい揃った足音。速い。もうすぐだ。
「ワーフェルドさん、一番強い人たちが来ます。俺たちは邪魔にならない場所に、移動、です」
向き直って手を振るキリャのところへ急ぐと、また鐘の音が変わった。衛兵現着、周囲警戒続行。これが応援要請のリズムに変わらないことを願う。
順に減速する鎧音。そして展開する合図の声と、掲げられたランタン、揺れる炎と不動の光をそれぞれ返す数十人のかたち。
「強い、ひと」
「ああ──あとは任せようぜ。衛兵に」
キリャとカルゴに全身を触られまくっているワーフェルドは、衛兵たちの行動に釘付けになっていた。
逃走と蹴撃を封じる四肢の膝関節の破壊、は昼前にワーフェルド自身が語ったことと同じ。
ホブリフがワーフェルドの二撃から回復するより早く、衛兵たちはそれを成功させる。
衛兵が持ち込んだロープや鎖を投げているのは、パルトの先輩たちだろうか。おれたちよりずっと、動きが確かだ。
先端の錘に導かれ、ロープと鎖がそれぞれ四肢に巻き付いていく。
ほぼ同時に、もたげかけた長い尾が落とされる血しぶきが見えた。あの巨体の向こうの衛兵は、刃のついた──長柄戦斧持ちだろうか。
指合図により、衛兵たちの陣形が変わる。角のある頭部と頸部へと人員が回され、残りは盾を前面に並べ、更なる大関節部へと攻撃を続ける。本命の頸部狙いからホブリフの注意を逸らすべく。
周囲の人々は怪我人の救助と新たな光源を増やすべく、極力口を噤んで動く。
子どもの啜り泣きや、≪施術士≫や王様への連絡をと、無数のテレフィミが飛び交っていく。
おれは状況を窺いながら、言葉を拾うことに集中した。どうやら犠牲者はいない、らしい。怪我人の大半は、ホブリフの突進で崩れた防壁や家屋の損壊によるもので、生き埋めになっている不明者は、なし。
二つ通りまでで止められて、幸いだった。
ここらは倉庫と、衛兵やパルトに特化した店が集中している。宿屋も酒場も、夜に強い。
既に寝静まっていただろう三つ通りから先だと、被害はもっと大きくなっていたはずだ。
「……大丈夫よー、ワーフェルドさんどこも折れてないし、ひねってもないー」
キリャの安堵の囁きに、おれもほっとする。
「無茶しないでくださいよ……」
もっと安心したのは、カルゴだろう。声が震えている。
が。
半分斬られたホブリフの首がこっちに向かってきたのには、驚いた。
嘘だろう、あいつ自分で自分の頭千切ってぶっ飛ばしたのかよ! なんだそれ!
全員が無言で絶叫してると、まとめ髪のほつれた大柄美人が、雄叫びを上げながら飛んでくる。
振り上げた長柄斧槍で、しゃがみこんでた知らん誰かに向いてた角を叩っ斬り、先輩パルトたちがロープ付きの投げ槍を首に無茶苦茶刺して引き寄せて──ホブリフの頭部は、どうにか、おれたちの手前で落ちた。
「「「「……」」」」
死ぬかと、思った。
ホブリフ、こえぇ。
あと衛兵のおっちゃんたち、むっちゃ強ぇし、こえぇ。
そんであのでっかい美人さん、無理、怖い。笑いながらおれの首とか軽ーくコキュッと折られそう。無理、済みません、怖いです。
かーちゃんの百倍怖い。
「……うぇええええぇーん」
キリャが泣いた。おれもカルゴも、べそかいた。
ワーフェルドは、歯ぎしりしてた。
□ □ □
どうにか失禁はせず、腰も抜けずに済んだので、おれたちは現場に残って衛兵さんたちに手伝いを申し出た。
なりたてだけど、全員パルト、フィシャリス、だ。
アーガさんの講習内容を思い出して、できることをしよう、と皆で決めたのだ。
ただ、まだ協力する義務もない新人なのに、考えなしにすっ飛んでいったカルゴの後頭部を、おれは一発叩いておいた。
お前になんかあって、キリャがまたあんな顔で泣いたらどうするんだバカ。
あと、どうやら先輩らしいパルトがてきぱき動いてる姿に、このまま屯所に戻るのも違う気がして。うん、新人だから帰ってもいいんだけどな。
でも、もう来ちゃったもんなあ。
「我々の到着まで、足止めに尽力してくれたのだろう。十分だ」
「そちらの御仁のお力添えがあって、被害は最小限で済んだと聞く」
衛兵さんたちに頭を下げられて、おれたちは慌てる。
「ぼくは棒、折れた。殺せなかった」
「俺はその、埃を落としたくらいで」
「私はただの目眩ましだしー……」
「すみません! おれがテレフィミ使えたらもっと」
そう返していると、衛兵さんたちに諭される。
「独りですべてを背負おうとするな、それは驕りや他者への不信になるぞ」
あっ、と声が漏れた。
「君たちの最善が積み重なって、大きな結果に繋がったんだ。胸を張れ」
自分たちを見てみろ、何十人がかりだった?
そう笑顔を向けられて、顔が赤くなる。
「──まあ、申し出は正直ありがたい。本格的な作業は夜が明けてからだが、通りの瓦礫の撤去を手伝ってもらえるか?」
「「「「はい!」」」」
背筋を伸ばしたおれの返事は、皆の声と重なった。
□ □ □
「すごかった。あんな大きいモンスター、ほぶ、りふ? 見たことない」
飛び散った壁材を集めながら、ワーフェルドが解体されていくホブリフに目をやった。
召集された氷魔法使いたちと、血痕の清掃を買って出たカルゴが、その周囲でそれぞれ魔法を飛ばしまくっている。
道の両脇の溝に、血なまぐさい泥が流れていた。うん、カルゴがいなきゃもっと大変だっただろう。
あと近々、溝掃除任務が出るだろうな。受けれっかな。
「ワーフェルドさんがー、今まで一番大きかったホブリフって、なぁに?」
「木」
「へ?」
「えー?」
木? なんだそれ?
ホブリフじゃねえな、どういう名称になるんだ?
「木と戦う……のー?」
「ひとや馬をおそうした。ねっこや枝をとてもはやく動かす。血をすうしてひからびるした」
「こえぇええ!」
なんだよそれ!
そんな、とんでもねー化け物がいるのかよ小国家群!
「火によわい。ぼくは松明、で焼くしながら、ぐるぐる回って戦った」
「お、おう」
それ、おまえも火傷とかしなかったのか?
「そのときの棒、折れた。だから焼けておちるした枝や根をぬいて殴った」
真似したくない、現地調達だ。
つーか、おれにゃできねえ。
「怪我はー? 大丈夫だったのー?」
「いっぱいした。木のモンスター、ぜんぶ焼けたしてくだけた、素材なかった。お金すこし」
うーん、そんなとんでもねえホブ……なんとか? なら討伐報酬が別にあると思うんだが。
対象認定前に遭遇した、とかなんだろうか。えーと、エフ、だったか、それとパルトはやっぱ、制度とか色々違うんだろうか。
「──みんながいたら、ちがった、とおもう」
もっと安全、ずっと早く、きっと心強かった。
そんなことを呟かれるから、むず痒くなる。
「……んな大層なこたぁできねーよ、逆に足引っ張ってたと思うぜ」
「私も、期待されてもー……」
「ちがう」
躱そうとすると、正面から見つめ返される。
「カルゴの水、よく見えるようになった。キリャのぱちぱち、あいつの目をそらした。クードの風……」
おい、だからおれは。
「落ちたぼく、少し、楽にしたくれた。ちがう?」
……んな、まっすぐ見るなよ。
「あー、そー言えばー」
「クード、できないまほうある? でもすごい。いっぱい、クードができること、たくさん」
おれは黙って、瓦礫拾いに集中した。顔が、上げられなかった。
「うん、クードそーゆーとこあるよねー」
余計なこと言うなよ、キリャ。
「知らん顔して助けてくれるのー。ばか、って言いながら無下にしないのー」
「ばか、口だけ?」
「そうなのー、一つしか違わないのに、私たちのことー」
「喋ってねーで手を動かせよ!」
声を荒らげると、二人の笑みの気配が届く。くそ、戻ってこいカルゴ。この二人を抑えてくれ。
「クード、ばか」
悪い言葉を遣ってんじゃねえ、ワーフェルド。
瓦礫に手こずっていたキリャは、なんかごっつい先輩パルトの女性に呼ばれてそっちに行った。回収や掃除に回されたっぽい。
あ、ホブリドの頭に縄付き槍投げてた人だ。
そう気付けたので、頭を下げる。
「あたいが代わるよ、あんたらの二年先輩だ」
背が高く、頬骨が目立つその女性は、帽子のないおれたちと違って、装具が万全だった。手袋代わりに巻いて使いな、と背負い袋から取り出され渡された細い粗布帯に、再度頭を下げる。
キリャと同じ女部屋で寝泊まりしていると言った彼女、ダイラさんの指示は的確だった。
なんとなく、姐さんと呼びたい。かっけえ。
□ ■ □ ■ □ ■
深夜に宿に戻ったおれたちは、揃って泥のように眠り、寝過ごした。
ワーフェルドだけは夜明けの鐘で起きて、またしてもパンを満喫したようだが。
眠りが浅いんだろうか。
「アーガさんが、みんなに特別依頼」
今、受けてるのあしたのあした、からでいい、って。
指を折りながらそう言い、渡してきた竹札には、現場で衛兵の指揮下に入り今日と明日の二日間、瓦礫の撤去を、と記されていた。
依頼人は王様で、報酬は──おれたちが一週間、パンを三食山盛り食っても、宿代払っても平気な額。
「アーガさんが、ほぶふり……すめるざ、かえるするって。はたけはおくれる、だいじょうぶ」
「よし、全力で働いて、夕方からワーフェルドさんの武器を買いに行こう」
カルゴの即決に、おれとキリャは頷く。三人で急いで朝食を胃に詰め込んでいる横で。
「棒、うってる?」
ワーフェルドが首を傾げていた。
□ □ □
大急ぎで昨日の現場に向かい、指示を受けて、全力で瓦礫と戦う。
はずが、キリャは被害各所の聞き取りと炊き出しの手伝いに呼ばれ、カルゴは少ししてから役人に手招きされて離れた。
おれとワーフェルドは筋肉が買われて残った、のだろう。きっと。
ダイラ姐さんがいたので、挨拶をした。美人ではないごつごつした顔立ちだが、細い目が凛々しくていいじゃん、と思った。
に、しても。
くそう、家はともかく倉庫にはこんなに大量の石が使われてたのか。一軒建てるのに、親父たちはどんだけ切り出しゃいいんだ?
現場ではワーフェルドが超絶、戦力になった。崩れかけた屋根を仮支えする材木、ガンガン一人で担いで持ってくる。
呆気に取られている衛兵さんたちに確認を迫り、大工が指定した箇所にどんどんぶっ刺して崩れかけた屋根を支え……うん、仮設休憩所の柱、ジャンプして上から両手拳握って、殴り下ろして立てるのはよせ、そのうち材木が背割れ箇所から裂ける。
あと手を傷めるぞ、それ。
案の定、駆けてきた大工のおっさんたちにワーフェルドは木槌を持たされた。だが飛び上がりながら、周りの倍の速度で打ち込んでいくので、すぐにおっさんたちから転職の申し出が──ああもう、見てられるか。
「ごめん! こいつおれたちの仲間でパルト一筋だから! 昨日のホブリフ退治の殊勲者だから!」
そしておれの長柄鎚は、瓦礫の破砕で役立った。違う、このために持参したわけじゃない。おっさんたち誉めるな。
ダイラ姐さんに貸してと頼まれて渡したら、これめっちゃいいね、と誉められて気分が良くなった。うん、女性がいる現場はこう、雰囲気が和やかでいいなあ。
資材置き場との往復や、衛兵さんや大工とワーフェルドとの折衝役に奔走していたら、昼過ぎには今日の予定をクリアしたらしい。
なにがなんだか分からないうちに、ダイラ姐さんに呼ばれて四人集められて。厳つい顎鬚の、ちょっと鎧の色が違う衛兵さん──あ、班長以上の階級だ──が寄ってきて、カルゴが提げてた竹簡に焚き火で炙った焼印を捺された。
「助かった。明日もまた頼む」
「分かりました」
と、お偉いさんはこちらを向く。
「君はサマドの息子さんだったな」
「う、はい」
急に出された親父の名前に、緊張する。
「既に石工組合に増産依頼が届いているだろうが、無理な切り出し作業にならないように、とお父上に伝言を頼めるか。復興資材も重要だが、崩落事故を招いては本末転倒だ、と」
「はい」
「整形作業は現場の判断を最優先に。納期短縮の強要はないので、焦らず今まで通り頼む、と。運搬にはうちと、パルトフィシャリス……君たちの先輩を派遣する、とも」
「分かりました」
運搬増員なら、切り出し整形は実質増産できそうだ、と思いつつ。
一言一句、間違えないように覚えることに集中する。だってこれは、衛兵団より上からの言葉だ、多分。
それこそ、王様とかからの。
経費としてカルゴに渡された渡川料は、四人が石橋を往復できる額だった。
□ □ □
「みんなにむりさせるない、りーしゅのえらいひとはりっぱ」
ワーフェルドが嬉しそうなのは、今朝、出掛けに買った繋ぎパンを頬張っているからだ。
昨日の昼の取り決め通り、半量水樽を両手で持ち上げて直飲みしている。せっかく買ったんだし、漏斗と水筒使えよ。噎せるぞ、それ。
案の定、キリャに叱られてやがる。助けてやらんお前が悪い。
「じゃあこれから石切場行くー?」
撤去作業現場から少し離れて設営された仮設休憩所。
朝より忙しくない空気なので、おれたちが水樽と漏斗と水筒で騒いでも、のんびりメシ食ってても誰も咎めてこないのはありがたい。
「いや、予定通りワーフェルドさんの装具を見に行こう」
「え? いいのかよ?」
カルゴの判断に驚くと、あいつはニヤリと似合わない笑い方をした。
「伝言には至急、とか、すぐに、ってなかったろ? この被害規模なら朝のうちにテレフィミ飛ばして、第三衛兵団から増産依頼や増員を伝えてるはずだし、後から念を押さなくてもサマドおじさ……組合長は、あれこれ心得てると思う」
「じゃあなんでー?」
キリャだけでなく、オレもワーフェルドもカルゴに詰め寄る。
「……あくまでも俺の推測、だけど。さっきの方はチューシェ第二団長だ。昨夜の指揮官で、役場では親バカで有名な」
「かっこうよかった、なのにばか?」
「おう、すげー格好よかったよな。あ、そっか、あのひげ、そうだ!」
うおお、なんで気付けなかったんだ! 黄金銀の鎧兜と金のひげ、あの人じゃんか!
街の守りの要の一人だぞ!
「あーなるほどー。うんとね、さっきの団長さんは子ども好きでコディアちゃ……娘さんにメロメロに甘いお父さんなのー」
「めろめろ」
「そんな団長さんが、面識のあるサマド組合長の息子が、昨日のホブリフ退治に関係してたと聞いたらさ……家族に無事な顔を見せに行ってやれ、って思いそうだなあって」
「うちの親父は心配しねえぞ絶対」
「うん、けど団長さんはそう考えたんじゃないかな、って話でしょー。だから伝言預けてー、指示に従って行かなきゃいけない形にしたのかな、ってー」
余計なお世話だ、とも思うが、おれや親父への気遣いだと分かると、反発するのも申し訳ない。
あとあの、超つえー格好いい顎鬚の団長からの伝言です! ってことなら、ちょっと親父たちにも胸を張れる、気もする。
ずっと、心配かけさせちまったからなあ。
おれが難しい顔をしてたら、キリャが軽く背中を叩いた。
「じゃあさー、夕方までワーフェルドさんの装具見に行ってー、ちょこっと石切場に顔出せばー? 暗くなる前に宿に戻るって言えばー、おじさんも引き止めないよー」
……おれ、こいつのこういうとこ好きだなあ。
□ □ □
休憩所を後にする時に、全員で周囲に挨拶をした。
昨日の受付で学んだしな。ちょっとしたことが大事だって。
ダイラ姐さんや大工のおっちゃんたちに笑顔で送り出されたので、こっちの気持ちも良くなる。
「ぼくのあたらしい棒?」
「そうそ、どんなのがいいんだ?」
昨日、三回通った二つ通りを北路方向へ戻る。
昨日の朝は水樽を買い換えて、昼は服屋や装具店にも寄って、夜はホブリフに向かって屯所の宿から走って。
今日は現場に行って、また装具店だ。ちょっと可笑しい。
「おもくて、かたいの」
「そうだなー、小石が打てる太さのやつだよな」
「あるかなー」
「どうだろうなあ」
ワーフェルドは朝の作業の様子を見る限り、あと腰の金槌や山刀もあるし、棒じゃなくてもいける気がする。
それこそ一昨日、軽口叩いた石工専門道具とか、本気で考えても良さそうだ。
「昨日行った装具店は、道具以外は俺たちみたいな軽装備が主体だったから。向かいの方へ行ってみましょう」
「そっちならあるかなー?」
二人の後を、ワーフェルドと並んでのんびり歩いた。
「ねぇわ」
開口一番、でかい装具店のじーさんにおれたちの期待は砕かれた。
ちくしょう、その白い顎鬚、毟るぞじじい。
□ ■ □ ■ □ ■
「わざわざウチに来て、ただの棒をくれとか冗談じゃろ」
じろり、と睨めつけられて閉口する。確かにもっともだ。
「そのガタイならせめて……そうじゃな」
ワーフェルドの全身を、じじいの目線が上下する。傍らの杖を掴んで椅子から立ち上がり、こちらへ来ると、おれの長柄鎚を見、ワーフェルドの革鎧を見、腕を組む。
「表へ出ぇ」
入店早々、退店させられるとかどういうことだ?
「腕を上げぇ、よし、そんまま上から振り下ろせ。よし、次は後ろに、そうじゃ、そのままの高さで前に、こう」
禿頭に白い顎鬚なじじいの言葉に合わせて、ワーフェルドが上下左右に腕をぶんぶん回す。なんだこれ、どういう状況だ?
「これを持て」
ぽい、と渡された杖をワーフェルドが受け取る。
「腰をためて、下から振り上げぇ」
両足を開き、膝を曲げて腰を低くしたワーフェルドが、右手の杖を振り上げる。変な体勢だ。
「両手かぁ。なら、そこん坊主、その鎚をこいつに渡せ」
「へっ?」
呆けていたら、じじいに長柄鎚を奪われた。ワーフェルドは杖を取り上げられ、おれの得物を押し付けられる。
ちょ、あの、それ一応、免許いるし、なんか壊したら請求がおれに来るんだが。遊びで持つならともかく。
「好きぃ動け」
「まちの中、ほぶ、りふ野盗いるないとき、おおきい武器、つかうだめ」
「ワシが見よる。平気じゃ」
少し躊躇したワーフェルドは、周囲を見渡した。つられておれたちも見るが、通行人はほぼいない。
向こうに荷車通行整理で立ち番してる衛兵さんがいるが、手を振られただけだ。いいのかよ。
「ほれ、はよせぇ」
じじいに急かされて、ワーフェルドはおれの長柄鎚を短めに構えた。ゆるりと四方に旋回させ、高さを変えて斜めに、平行に、上から下へ、最後は昨夜ホブリドにやったように、縦に持って後ろに反らし、捻った腰を戻しながら前方へ振り抜く。
あの棒より軽いし、加減して控えてるな、と分かるが、動き自体は滑らかだ。
ちら、とおれは足元に小石を探した。なかったが。
「ううーん……」
じじいが顎鬚を扱きながら、唸る。杖は持ったままで使っていない。足腰しっかりしてやがる。
「剣じゃねぇな、槍でも斧でもねぇ……棍? いや……まあ、入れ」
このじじい、今度は強制入店要請かよ。
□ □ □
「棒というか、棍棒持ちじゃな、おめえさんは」
なにがどうしてそがぁなことに、とぼやきながら、じじいは壁際に並ぶ壺を指差す。
「あいにくと、あげなモンしかのぅてな」
それぞれ長さや太さが違う、磨かれた棒の束は、おれやカルゴの得物の長柄部分だけ、に思える。
「ほそい」
がっかりしたワーフェルドの声に、じじいは苦笑した。
「無茶ばぁ言いなさんな、兄さんの方がおかしいんじゃ」
「ぼく、おかしい」
露骨に悲しい顔になったワーフェルドに、おれたちは全員で首を振る。
「ワーフェルドさんはおかしくないです」
「ワーフェルドさんはー、強くて、立派よー」
「昨日のホブリフ、倒したのはワーフェルドだろ! 重量装具屋なのにお前に合う武器がない店の方が」
「なんじゃと!」
途端に、じじいが目をかっ開いた。
「一撃であの草喰みを倒したんは、お前さんか!」
「二撃、殺すできない、倒すしただけ」
とどめは衛兵団が、と説明したが、じじいの誤解は解けなかった。
「そうか砕けたか、どう割れたんじゃ、破片はないんか」
「あー、瓦礫と一緒に捨てられてっと思うぜ」
「阿呆か、石は挽いて塗り材になりよる、木片は木粉か燃やして灰材になろうが。しかしそうか、紛れよったか」
「確かクスノキでしたよね」
「うん」
「クスノキ……じゃあねぇな、あげな大物を殴れるんじゃったら、≪鉄楠≫以上じゃろ」
あれ、なんかどっかで聞いたような。
じじいはカウンターの奥へ行き、魔法の家にある冊子より分厚いものと、木片を持ってきた。
木片の一つは、ワーフェルドのあの棒に似ている。なんの変哲もない、木目が細かいなあ、という感じの暗い色の木材だ。
これが、鉄楠。
もう一つは──見たことがなかった。目を凝らさないと分からないほど木目が細かく、角度を変えないと年輪があることすら分からない。ぱっと見、艶のある緑色だ。
こっちは≪緑楠≫、とのこと。
「木は、硬ぅても折れやしぃ。裂けやしぃもんも、割れやしぃもんもある」
じじいは一枚ずつ冊子の羊皮紙をめくり、様々な木や葉が描かれたものを指すので、おれたちは覗き込んだ。すげえな、こんなに種類があるのか木って。
「長柄に向くんは、適度にしなりがあるやつじゃな。穂先にかかる力を、こう、受け流しよる」
立てた人差し指を前後に揺らして見せるじじいに、おれたちは頷いた。
「嬢ちゃんの弓は、しなる木と弦両方の弾く力がねぇと作れん」
「あー、竹ー……?」
キリャはピンときてないっぽい。
「ただの獣ならそん竹でええが、外に出よんなら弓の木との合成弓を考えとけ。
で、兄さんの棍棒じゃったら、リーシュで一番向くんは、緑楠ん木かのぅ。数は少ねぇが。
そいつを縦に割って、くりぬいてホブリフの骨ばぁ仕込む」
なんかさらっとえげつねえこと言い出したぞ、このじじい!
「緑楠ん木の表面に、薄ぃ鉄板かホブリドの嘴素材を削いだやつをぐるっと貼ってみりゃ、そうそう割れんわ」
うわー、じじいの目が輝いてやがる。
なんか開いちゃダメな扉開いたっぽいぞこれ。
「ワーフェルド言うたな、重心はどがぁなんじゃ」
「じゅうしん」
「手元が重い方がいいですか、先端が重い方がいいですか、って意味……ですよね?」
「棒に鉛袋ばぁ括ってみぃ」
カルゴの説明と燃えるじじいを横目に、おれは並ぶ壺から一番太いものを引っこ抜き、軽く振ってみた。うん、確かこれより。
「じいさん、こいつの──先じゃない、もうちょい中心寄りの、ここら辺を少しだけ重くしてみてくれ。おれの長柄鎚みたいに、先端が重くない方がいい」
ワーフェルドのあの砕けちまった棒、感覚を知ってるのは本人とおれだけだ。
だったら、おれが間に入った方が早い。
じじいが持ってきた鉛玉の入った小さい袋、中身を減らしてから棒に括り付けて固定する。おれとワーフェルドが交互に持って、その都度、鉛玉を減らしてみた。
「うん、こんな感じだったよな」
「ちょっとかるいですがにてる」
「全体の重さはどれくれぇがええんじゃ」
無地の羊皮紙に線や記号を書くじじい、いやじーさんが、今度は棚に向かい、そこに並ぶ大剣の一本を引きずってきた。
「バランスは違ぇがのぅ、重さだけ見よれ。これがうちで一番重ぇんじゃ」
こんな鉄の塊、買う奴がいるのかよ。
「これは……とてもおもい、です」
「じゃあこっちか?」
息を切らしながら再度、棚に向かうじいさんの後を、おれとワーフェルドは追った。幾ら店内とはいえ、わざわざ持ってこさせないで、おれたちが棚の側で試せばいい。
大きい順にワーフェルドが棚から剣を出し、手にして、戻す。おれは最初の大剣を、全力で棚の端に持ち上げて立て掛けた。
そして五つ目。
「クード、これちかい」
「どれ……んー、重さ自体はこれに近い、な。うん」
長さや密度が違うから断言できないが、腕肩腰への重量負担は似ている。
「そこまで重かぁねぇんじゃな」
いやじーさん、たぶんそれ重いって。あと誰が買うんだここら辺の大剣。衛兵さんか。あ、ダイラ姐さんが剣だっけ。
強そうな女だったなあ、ごつかったし。
「鉄楠でこれじゃと、棒の長さぁ」
「ぼくの背よりみじかい」
あれ、と振り返ると、カルゴもキリャも首を振っている。覚えてないか。
「じーさん、さっきの棒と竹尺貸してくれ」
うきうきと薄板に筆算を書き込むじーさんの向かいで、おれは壁にもたれてぐったりしていた。疲れた。なんでこんなことに。つーか客に椅子くらい貸してくれ。
「金貨三枚、銀貨五枚じゃのぅ」
「「「はああああああ?」」」
なんだそのクッソ高すぎて意味が分からねえ金額は!
「あの、ちょ、なんで?」
おおう、カルゴがワーフェルドばりの片言になっている。分かるぞ、その気持ち。
つか、当のワーフェルドが無言で真顔になっている。
「緑楠ゆぅんわな、でこぉなる木なんじゃ」
「……もしかして、植林してないんですか」
カルゴの問いに、じーさんは首を振った。
「苗木にして少しずつ植えよるが、まだ五年そこらじゃけぇ、ひょろひょろよ。大物は未開地でパルトに頼んで切り出しよるけん、高ぉなるんじゃ」
「あのー、ホブ素材じゃなくて、中の芯? を鉄筒にしたらー」
ぎくり、とした。ぐ、偶然だよな。おれ、キリャに長柄鎚の構造話はしたことねえぞ。
「金貨一枚と、銀貨八枚を引けるのぅ」
「えーと、銅一鉄五、銀一銅十、金一銀二〇、だから……緑楠で金一銀十七……」
「おい、加工賃と鉄筒代忘れよんじゃねえ、緑楠だけじゃと金一銀十じゃ」
やめてくれ、こちとら昨日まで鉄貨五枚の稼ぎだ。明後日には銅貨たくさん収入だ、って盛り上がってたんだぞ、このクソじじい。
あとカルゴ、計算はえぇ。おれは指折りが間に合わなかったぞ。
おれたちが腰を抜かしそうになっていたら、ワーフェルドが自分の背負い袋を下ろした。待て、なんで中をあさっている。
「きんぴか、ある」
「「「出すなあああああー!」」」
ぶちまけ事件を思い出して三人がかりで飛び付いたら、ワーフェルドが店の床にひっくり返った。受け身は取れなかった、らしい。