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第10話

 分厚いカーテンを閉め切った部屋は、時間の経過がまるでわからなかった。ときどき鳥が鳴いて、車が通り過ぎ、子供の声がする。でも、どれもがはるか遠くに感じた。部屋の中が全て灰色に見えた。


 澪さんは、俺の腕の中で幸せそうに眠っていた。生きていても冷たかった体は俺の体温ですっかり温まって、まるで人間になったかのようだった。


 緩んで柔らかくなった手を頰にもっていって、ひたすら願った。このまま何事もなかったように目覚めてほしいと。


 そうしたら、俺の命が尽きるまでのほんのひと時だけでも、本当の夫婦になれる。ふたりで手を繋いで、陽の光の下で生きていける。木陰で弁当を食べて、同じ家に帰って。身を寄せて体温を分けあうことだってできるのに。


 突然、胸に経験のない痛みが走り、息がまともにできなくなった。とうとう心臓が壊れたのかと思ったが、なぜか涙がボロボロと落ちてきて止まらなかった。まるで涙もろかった澪さんが乗り移ったように。


 なんだか彼女とひとつになれた気がして、俺は涙が枯れるまで泣いた。


 またしばらく時間が経って、部屋の外がすっかり静かになった頃、ドアを不規則なリズムでノックする音が響いた。それは、こちらの仲間であることを示す符牒だった。


 なぜここを訪ねてきて、中に俺がいることを知っているのだろう。


 そのとき、この町には俺以外にも執行官が送り込まれていたことをようやく悟った。「他の人の手にはかかりたくない」と言った澪さんは、このことに薄々勘づいていたのかもしれない。彼女を強く抱きしめる。


 もう一度ノックの音がした。苛ついているのは明らかで、いるのはわかっている、と言わんばかりだった。


 それでも、俺は応えられなかった。心の中でずっと燃えていたはずの炎が完全に消えてしまった。俺には何かを果たしたいという強い決意があったはずなのに、それが何だったのかわからなくなってしまった。


 記憶を必死で辿っても、涙で滲んでしまったように輪郭がぼやけている。つまり、何も思い出せないのだ。


 敵……と対峙しても、澪さんの仲間かもしれないと思うと引き金を引くことはできないし、なにより澪さんがいない世界で処置の苦しみに耐えることもできそうにない。これから、どうしたらいいのだろうか。


「おやすみ、澪さん」


 すっかり泣き疲れていた俺は、もう考えることをやめた。少しだけでいいから眠りたかった。澪さんのつややかな髪を撫で、一緒に 寝そべった。


 そしていつかそうすることを夢見たように、彼女を抱きしめたまま目を閉じた。

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