19.差し入れ
マイケの実家は下宿人を住まわせられるぐらいだから、この街の中では割と大きな家で客室がいくつかある。コンスタンティンは、ゲハルトの部屋から空室を1部屋挟んだ客室に住むことになった。水回りは共同で、コンスタンティンとゲハルトは食費を負担してマイケ一家と共に食事する。
コンスタンティンが引っ越してから2ヶ月ほど経った頃、隣町に嫁いだマイケの姉が出産するので、マイケと両親は数日間家を留守にすることになった。
「明日からマイケはお休みね。彼女のご両親もいないから、食事に困るんじゃない? コンスタンティン、ゲハルト、その間、うちで食事する?」
「え、本当に……」
ゲハルトが嬉しそうに首を縦に振ろうとしたその時、すかさずコンスタンティンが遠慮して断った。
「ありがとうございます。でも仕事の後に私達の分まで作っていただくわけに参りません」
「おい、お前、勝手に代弁するな!」
「でも若奥様に負担をかけたくはないでしょう?」
「そ、そりゃそうだけどよ……」
「心配しなくても大丈夫ですよ。俺が作ってあげます」
「い、要らねえよ、お前の作ったものなんか!」
「そうですか? 食事を作るのは馴れていますから、お気遣いなく」
「食事作りに慣れてるだと……?! お前、記憶が戻ったのか?」
「あ、いや……その、そんな気がするだけで……」
「2人ともうちで食べたくなったら、遠慮しないで!」
ローズマリーは慌てて誤魔化すようにコンスタンティンの答えに言葉を重ねた。
翌日夕方、2人が帰った後すぐに、ローズマリーは台所でパンにチーズとハムを挟んでサンドイッチを急いで作った。蓋つきの籠に布巾を敷き、サンドイッチとワインの瓶を入れると、マイケの実家へ急いだ。
ローズマリーがマイケの家の前に到着すると、コンスタンティンの部屋の雨戸の隙間から灯りが見えたが、ゲハルトの部屋の窓はまだ雨戸が閉められておらず、真っ暗だった。
ローズマリーが家の扉をノックすると、出て来たのはやはりコンスタンティンだった。彼は、ローズマリーを見て訝し気な表情をした。
「若奥様、どうされたのですか?」
「もう食事は済ませた?」
「いえ、まだですが」
「それじゃ、これ、食べない? ワインもあるわよ」
ローズマリーがワインの瓶が顔を覗かせている籠をちょっと持ち上げて見せると、コンスタンティンの顔は輝いた。
「え?! ありがとうございます。助かります! もう一方のワインはゲハルト用ですか?」
「ええ。彼は留守なの?」
「食事をするついでに飲んでくるみたいです」
ローズマリーは籠をコンスタンティンに渡したが、その後もまごまごして何か話したい様子で玄関先から離れず、コンスタンティンは不思議に思った。
「あの……どんな部屋に住んでいるか、見せてもらっても?」
「ええ、いいですけど、家具は買い足していないので、紹介してくださった時に見たのと大して変わりませんよ」
「あ、ああっ、そ、そうだったわね! じゃ、じゃあ、帰るわ」
「いえ、そんな出し惜しみするような部屋でもありませんので、どうぞ、ご覧になっていって下さい」
ローズマリーが招き入れられた部屋は、コンスタンティンをマイケの両親に紹介した時に見せてもらった時と確かに大して代わり映えしなかった。素朴な木製の寝台と小さな机と椅子、長持は、元から部屋に置いてあったものだ。ローズマリーが道端でコンスタンティンを見つけた時に側に落ちていた剣は壁に立てかけてあり、その他の荷物は外には出ていなかった。
「お茶でもいかがですか? ここには椅子が1脚しかありませんから、食堂に行きましょう」
「あら、いいの?」
「ええ、いつでも自由に使ってくれと言われています」
コンスタンティンは、サンドイッチとワインの入った籠を持って食堂へ向かった。台所でお湯を沸かしてお茶を淹れ、ローズマリーの前に置くと、コンスタンティンも彼女の向かい側に座った。
「お茶が入りました、どうぞ。俺はいただいたワインとサンドイッチをいただきます。若奥様も召し上がりますか?」
「いいえ、私は食事は済ませてきたから、お茶だけで結構よ」
コンスタンティンは、腹が減っていたらしく、モグモグと勢いよくサンドイッチを食べた。そんな彼の食べっぷりはローズマリーにとって見ていて気持ちよかった。コンスタンティンは彼女の視線を別の意味に捉えたようで、決まり悪そうに謝った。
「あ、すみません。行儀悪かったですよね」
「違うわ。美味しそうに食べてくれたから、嬉しかったの。今度はちゃんとした料理を作るから、ご馳走させて」
「いえ、そんなわけには……」
「構わないわ。私がそうしたいの」
「はぁ、それじゃ、ゲハルトと一緒に……」
「あ、そうよね、彼もここに住んでいるんだものね」
コンスタンティンは、自分の分だけ完食し、ゲハルト用にきっちり半分サンドイッチを残した。グラスの中のワインを飲み干し、ワインを注ごうとしてローズマリーと目があった。




