18.引っ越し
コンスタンティンが正式にフルス商会の護衛兼助手として雇われると知ったゲハルトは、激しく反発した。
「若奥様! どうしてですか! 常時護衛を雇う必要も余裕もないのに、どうしてアイツを雇うのですか?! アイツの身体は不自由でいざと言う時にも役に立ちっこないですよ。護衛なら俺がいるじゃないですか! それに助手だって人手は十分足りてるから、こんなヤツ要らないですよ!」
「同僚を『アイツ』とか、『こんなヤツ』呼ばわりする人に理由なんて答える必要はないわ」
ゲハルトはローズマリーの冷ややかな視線に息を呑んだ。そこには普段の親愛の情は感じられなかった。子供の頃から親しくしていてずっと頼りにしてくれたのに、彼女は今や、ぽっと出のコンスタンティンのほうを頼っている。想い人の変貌にゲハルトは悲しくてやりきれなかった。
だが、ローズマリーもゲハルトがショックを受けたことに気付いたようですぐに態度を軟化させた。
「ごめんなさい、言い過ぎたわね。最近、仕入れに行く道で盗賊が出るでしょう。マイケが1人で留守番しているのを盗賊が知ったら、押し入って来ることもあるかもしれないわ。ほら、この街の警ら団はそんなに強くないでしょう? だから私の出張の間にもお店に男手が残っているほうが安心なのよ」
「それなら俺が仕入れに同行してアイツにマイケと留守番してもらえばいいじゃないですか」
「また『アイツ』って言ったわね」
ローズマリーが再び冷ややかな口調になり、ゲハルトは慌てた。
「す、すみません。つい……今度から気を付けます。でも俺だって、いつも留守番じゃ、くさりますよ」
「そ、そうよね、ごめんなさい。不公平よね。それじゃあ、貴方とコンスタンティンと交代で行ってもらおうかしら? 私が行かないわけにいかないから、マイケがいつも留守番になっちゃうのは避けられなくて悪いんだけど」
ローズマリーの言葉は、まるでコンスタンティンが出張に同行することを望んでいるようにしかゲハルトには聞こえなかった。だが客観的に見れば、ゲハルトではなく、コンスタンティンがいつも出張に付いていかなければならない合理的な理由はない。それを暗に指摘されたので、ローズマリーはしどろもどろになったようだった。
ゲハルトが気に入らないのは、出張同行の件だけでなく、コンスタンティンが商会に住み着いていることもそうだったが、その苛々はまもなく解消された。
コンスタンティンはフルス商会で正式に雇われてから間もなく、部屋を外に借りるとローズマリーに伝えた。
「まぁ、このままここに住んでいればいいのに」
「そういうわけにも参りません。マイケもゲハルトも通いですから、私もそうします」
「そうなの……部屋は見つかったの?」
ローズマリーの顔は陰った。この街は小さいので、独身の人間が下宿できるような部屋が少ない。
「いえ、町長さんに心当たりがないか聞いてみるつもりです」
「それならマイケの家にどう? 彼女の両親に聞いてみなくちゃいけないけど、部屋は余っているみたいだし、ゲハルトも下宿しているのよ」
「え、ゲハルトも住んでいるんですか。俺が同居すると嫌がるんじゃないですか?」
「ちょっと突っかかってくるかもしれないけど、ゲハルトだって大人だからちゃんと弁えていると思うわ」
「はぁ、そうですか……それならお願いしようか……ちょっと考えさせて下さい」
コンスタンティンは、街で1番人脈が広くて世話好きな町長に部屋探しの件ですぐに相談したが、勧められたのは結局マイケの家だったので、仕方なくローズマリーに仲介を頼んだ。ローズマリーは、翌日にはマイケの両親と話をつけ、コンスタンティンを紹介して下宿の話を本決まりにした。
だが、ゲハルトにとって、この知らせは寝耳に水だった。マイケから決定事項として伝えられた時、ゲハルトは彼女を責めた。
「なんだって?! おい、マイケ! どうして俺に先に言わないんだよ」
「若奥様がうちの両親に頼んだのよ。そんなの、断れるわけないでしょ! ゲハルトに先に言おうと後で言おうと、結局同じことよ!」
「えっ?! 若奥様が仲介を頼んだのか?!」
「そうよ。そういうことだから、引っ越しを手伝ってね」
「誰が!」
でも引っ越しの手伝いをゲハルトに頼むまでもなかった。コンスタンティンの荷物はほとんどなく、彼は自分だけでさっさと引っ越しを済ませてしまった。




