15.2人だけの出張
日帰り出張の出発直前に高熱を出したゲハルトが倒れてしまい、コンスタンティンとローズマリーが協力して彼を休憩室の寝台に寝かせた。意識朦朧としている成人男性はやはり重くて2人は汗だくになってしまったため、出発前に着替えた。
「コンスタンティン、待たせちゃってごめんなさい」
「いえ、私も身体を拭いて着替えたので、今来たところです」
ローズマリーが着替えを終えて商会を出ると、コンスタンティンは既に荷馬車の御者台で待っていた。ローズマリーも彼の隣に乗り込み、手綱を持とうとしたが、コンスタンティンが止めた。
「コンスタンティン、私が手綱を持つわよ」
「いえ、私がやりますよ」
「馬車を扱えるの? 記憶が戻った?」
「いや、そういう訳ではないんですが、何だか扱える気がするんです」
「それじゃあ、心配だわ。私にやらせてちょうだい」
結局、ローズマリーが手綱を持つ事になって出発した。だが彼女の手綱さばきは何だか危なっかしい。普段の出張の際にローズマリーはゲハルトに馬車を操らせていたので、それもそうなのである。コンスタンティンが何度も代わりますと申し出ても、彼女はかえって意地になってしまって手綱を持ち続けた。
しかし道中、道が狭くなっている場所で荷馬車同士がすれ違う時に危うく接触しそうになり、相手の御者にローズマリー達は罵声を浴びせられた。
「馬鹿野郎! 気をつけろ! 全く男が手綱を取らずに何やってるんだ!」
「な……! そっちが……んんんっ!?」
勝気なローズマリーは激高して振り向きざまに通り過ぎて行った馬車の御者を怒鳴ろうとした。だが言いかけた口はコンスタンティンの大きな手で塞がれた。びっくりしたローズマリーの気が付かないうちに、コンスタンティンは手綱をもう片方の手でしっかり持っていた。
「若奥様、すみません。でもああいう輩はこっちが言い返してもいいことがありません。無視するに限ります」
「んんんっ……」
「あっ?! お、お、奥様、すみません!」
コンスタンティンは手をローズマリーの口を手で押さえたままだったのに気付き、慌てて手を離した。
「い、いえ、いいのよ……私が考えなしだったわ」
勝気なローズマリーにしては珍しく反論もせずに下を向いてしおらしい言葉を口にした。その頬は心なしか赤く染まっているようだった。
その後、コンスタンティンが手綱を取って2人の荷馬車は隣町に向かった。2人はなんとなくさっきのことが気まずくて口数少なく、隣町に着くまでほとんど無言で過ごした。
隣町に着いた2人は仕入れ先の商会に真っ先に行った。仕入れがつつがなく終わると、地元では買えない物やマイケに頼まれていた物を探しに市場へ出かけた。
「このレースいいわね! マイケが好きそうだわ」
マイケは自分の服を縫うので、ローズマリーが仕入れのたびに地元の街で買えない生地やレース、ボタンを買っていくと、喜んでくれる。見つけたレースを買って市場を巡っている間に食器の店が彼女の目にとまった。
「コンスタンティン、このマグカップ、素敵じゃない?」
ローズマリーが指さしたマグカップには、花畑の中を走り回る猫の絵が描かれていた。
「ええ、かわいいですね」
「それじゃ、買いましょう。貴方専用のマグカップがなかったから、ちょうどいいわ」
「え、私のですか?!」
ローズマリーが選んだマグカップは、成人男性が使うには少し少女趣味っぽい。でもコンスタンティンが面食らっている間にローズマリーはそのマグカップを手にとって店主のところへ行ってしまい、コンスタンティンは慌てて後を追った。
「若奥様、私専用のマグカップなど必要ありませんよ」
「いいから、いいから――おじさん、このマグカップいただくわ。馬車に乗って持ち帰るから包んでくれる?」
「もちろんですよ」
店主はレジの下の棚から新聞紙を取り出してマグカップを包もうとした。その新聞には、デカデカと大貴族の結婚式の写真が載っていた。
「うううっ!」
「え?! どうしたの、コンスタンティン?! 大丈夫?!」
コンスタンティンは、新聞を見た途端、頭を抱えて唸りだした。
「おじさん、これ、お代!」
ローズマリーは急いで代金を払ってマグカップを鞄の中に入れ、頭痛を訴えるコンスタンティンを支えながら、歩き出した。
「馬車までもう少しだから、頑張って!」
ローズマリーは、市場のすぐそばにある取引先の商会にいつも荷馬車を置かせてもらっている。短い距離でもがっしりした体型のコンスタンティンを支えて歩くのは小柄なローズマリーには骨が折った。
「カール?」
路上で見知らぬ男性がコンスタンティンを見て何か話しかけようとしたようだったが、ローズマリーはひどく具合の悪そうなコンスタンティンを支えて歩くのに精いっぱいだったし、自分達が話しかけられているとは思わず、そのまま歩いて行った。




