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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

語られなかった歴史の一幕シリーズ

コードネーム・ニキチッチ

 1943年、ドイツ。

 とある無人の田舎町。


 モスクワで生まれ、広大という言葉に収まり切らぬ領土を渡り歩き続けていた俺にはまさしく異郷の地であり、異教の地である。


 寂れた町を足早に歩いていく俺は、肩のあたりで切り揃えた髪を揺らして振り返り、後ろをおっかなびっくり着いてくる男に声をかけた。


「おどおどするのはよせ、ドフチェンコ。怪しまれる」


「は、はい!」


 小声での返事。


 小柄な俺に比べて、ドフチェンコはかなり大きい。

 見上げないと顔を見られないのがうざったい。

 全体的に筋肉質で、どう考えても接近戦に向いた体つきだが、こいつは狙撃手だ。


 狙撃銃で狙い撃つよりも、銃身で直接ぶん殴った方が早い気がする。


「ドフチェンコ。今の俺達は同志や共産主義の守り手ではない。全体主義(ナチズム)に従属し、片腕を挙げて忠誠を叫ぶ愚民だ。叫べ、ハイル! ジーク・ハイル! いいか、愚民は愚かだから、自分の行動を迷わない。今のお前は、まるでスパイのようだぞ?」


「うッ……」


 俺達は軍人だが、今はソビエト連邦軍の軍服を着ていない。

 ドイツの一般市民が着るような粗末な服を着用し、古い帽子を目深に被っている。

 大きな鞄を背負うか手に持つかして、あぜ道をひたすらに歩いているのである。


 そうまでしてここにいる目的。

 無論、観光ではない。


 今は戦時中。

 ドイツは敵国だ。

 卑怯にも独ソ不可侵条約を破り、ソ連との戦争をおっ始めた、鳥のクソと天秤にかけることもできないクズ野郎共の巣だ。


 俺はそれを倒しに来た英雄(ニキチッチ)だ。

 課された使命は()()()()()

 悪名高きナチスの指導者の頭を撃ち抜き、死体を持ち帰れと同志スターリンは言った。


 直接。

 そう、俺に直接だ。


 ナチスはフランスを倒したが、イギリスや我らソ連によって追い詰められている。

 ヒトラーはエッフェル塔を見ることは叶ったが、モスクワを観光することは叶わない。


 断言しよう。

 奴はもうじき死ぬ。


 俺が殺すからだ。


「いいか、ドフチェンコ。お前は新米だから大目に見てやるが、次おどおどしていた時は、お前が死ぬ時だ。死に方は2つある。敵にバレる前に俺に殺されるか、俺もろとも敵に殺されるか」


「は、はい、ニキチッチ」


「ん? 震えてるな?」


「いいえ、ニキチッチ」


 ドフチェンコは急に背筋をピンと伸ばす。

 むしろこっちの方が目立ちそうな気がしないでもないが、もういい。


 ニキチッチ。

 無論、本名ではない。

 同志から頂いた仮の名前である。


 ブィリーナにある英雄から取られたものだ。


 同志スターリンは、俺に英雄になってこいと仰せなのだ。


「わかっていると思うが、これからベルリンに向かう。ヒトラーにヒムラー、ゲッベルス、ゲーリング。みんな殺しても文句は言われない。かけられるのは鬱陶しいほどの賛美の声だ。俺達は世界の英雄になれるんだ」


「はい。とても喜ばしいことです、ニキチッチ」


「ドフチェンコ。総統の首を取る時はお前の手を借りることになる。よろしく頼むぞ」


「はい。このドフチェンコ、一生あなたに従います」


 新米とはいえ、この場における唯一の仲間だ。

 頼りにさせてもらおう。


「ん? ニキチッチ、前方より何かが来ます」


 ドフチェンコの声が急に小さくなった。

 何かを警戒するような声色である。


「前方? 遠くか?」


「はい。俺は目がいいので」


「何が来る?」


「おそらくは、ドイツ軍です」


 しばらくすると、俺にも見えてきた。

 ドフチェンコの言うとおり、ドイツ軍だった。


 ただし、向かってくるのは自称ドイツ唯一の武装組織である国防軍ではない。

 ナチ党の私兵組織、武装親衛隊(SS)だ。


 先頭の男が被る軍帽についた髑髏のマークや、襟の徽章からそう判断した。


 数は40人程度の小隊。

 フィールドグレイの戦闘服を着て、小銃を携えた兵士達が列を成し、軍靴を鳴らしながら、軍歌を歌いながら進んでくる。



Wenn alle untreu werden,

so bleiben wir doch treu,

Daß immer noch auf Erden

für euch ein Fähnlein sei.

Gefährten unsrer Jugend,

ihr Bilder beßrer Zeit,

Die uns zu Männertugend

und Liebestod geweiht.



 俺達は敵の様子を窺いつつ、小声で言葉を交わす。


「数が多いです。それに装甲車もいます」


「多い? なあに、中隊くらいなら2人でどうとでもなる。小隊なら余裕だ」


「えッ……?」


「気づかれたら、お前は訓練通りやればいい。照準を敵に合わせて引き金を引く。照準を合わせてドカン、照準を合わせてバキュン。これを繰り返せ。いいな?」


「はい、ニキチッチ……」


 どこか自信なさげであったが、俺はひとまず信用することにした。


 話しているうちにも、SSとの距離は着実に縮まっている。


 そして、ついにすれ違った瞬間。


「そこの2人」


 先頭を歩いていた将校が、じっとこっちを睨んでいる。


「少し待て」


「どうされました?」


 俺は笑顔で応じる。

 だが、将校は眉ひとつ動かさない。


「その鞄の中を見せろ」


 淡々と告げる。


 ドフチェンコがごくりと喉を鳴らした。


「鞄? 鞄ですか? 一体、どうしてです?」


「貴様らが怪しいからだ。私の目は誤魔化せないぞ。どこの出身だ? 仕事はなんだ? 家族は? 友人は? 親戚は?」


「ああ、経歴の開示も求めるんですね。いいですよ。出身は……」


「いや、聞かんでもわかる。貴様、ロシア人だな?」


「決めつけるのは早計ではありませんか?」


「それだ。その話し方だ。ロシア訛りが隠しきれていないぞ」


 驚いた。

 かなり矯正してきたはずだが、この将校は素晴らしい。

 ほんの僅かな訛りに気がつき、それを指摘してきた。


「鞄の中身もなんとなく想像がつく。大方、銃か爆弾だろう。総統を暗殺しようというのだな? そうはいくか。この場で貴様らをまとめて射殺してやる」


「い、いえ! お待ちください! どうしてです? 俺達のようなしがない旅人の男2人に何ができるというのです? 総統を撃つ? まさか! できっこない!」


「男2人だと? 違うな。そんな見え透いた嘘が、このリッヒテンシュタインの前で通用すると思ったか?」


 自ら名乗った将校は、ずかずかと俺に近づいてくる。

 そして皆が見守る中、俺が被っていた帽子を奪い取り、地面に叩きつけた。


 俺の顔が、この場にいる全ての者の前に完全に晒される。



「やはりな。貴様は女だ。男の顔と根本的に造りが違う」



 将校はニヤリと笑いながら、今度は俺の胸元に視線を移す。


「女ならば、多少なりの膨らみがあるはずだろう。確かめてやる」


「なぁっ!」


 変な声が出た。

 この将校、堂々とセクハラすると宣言しやがった。


 ドフチェンコに助けを求めるが、彼は思春期の学生のような顔で俺を見つめるばかりである。

 親衛隊の兵士達もいやらしい目を寄越してくる。


 全ての男が共鳴するかのように、俺の胸元に注目が集まっていた。


「さ、最低だぞッ! 男のすることか、それが!」


「ボリシェヴィキなのだろ? だったら何をしても構わんのだ。我々は反共産主義だぞ、忘れたのか。共産主義者は人として扱わん! そうだ! 残飯のように汚らしく、溝を這い回るドブネズミのように卑しく、台所に湧いて出るナメクジのように鬱陶しいのが共産主義者だ! 殺しても、潰しても、次から次へと自称革命家が行動を起こし、秩序を乱す! 何故、そんな奴らを人並みに扱ってやらねばならん? 理由を言ってみろ!」


 リッヒテンシュタインは怒鳴り散らしながら俺に詰め寄ってくる。


 危険を感じ、俺は素早く1歩後退した。

 そして、右手をピンと伸ばして高く挙げ、叫ぶ。


「ハイル・ヒトラー! 俺はドイツに寝返ります!」


「に、ニキチッチ⁉︎ 何言ってんですか!」


 今度は焦りに焦ったドフチェンコが詰め寄ってくる。


 リッヒテンシュタインはというと、冷笑を浮かべながら嘆息していた。


「諸君、あれを見ろ。哀れな共産主義者の姿をとくと目に焼き付けろ。あの女は命を失うのを恐れ、誇りを捨て、我々の敬礼を行った。何の信念もない、軍人の風上にもおけない下痢女を見ろ! あれは軍人としても、女としても、価値がないッ! 無価値なものを壊しても、罪にはならん! 構えろ!」


 少佐が腕を高く掲げると、兵士達が一斉に小銃を構え、俺達に狙いをつけてきた。


 と、その時。

 1人の兵士の頭の上に、何かが降ってきた。

 ヘルメットにこつんと当たり、それは地面に落ちる。


「あ? 何が落ち──」


 兵士が正体を知る前に、ソレは爆発した。


 鼓膜を引き裂かんとする爆音と共に兵士数名の脚を吹き飛ばす。


「Пошел ты, Гитлер.(くたばれ、ヒトラー)」


 爆弾が炸裂したのを確認した瞬間、俺は踵を返して駆け出した。


 カラクリはこうだ。

 さっき、俺はナチス式の敬礼を行った。

 ナチス式の敬礼は、右腕を真っ直ぐ伸ばし、斜め上に掲げるようにして手を挙げる。


 その手を挙げる動作の際に、袖に仕込んでいた爆弾を空高く放り投げたのである。


 リッヒテンシュタインが驚きのあまり固まっている隙に、俺は呆然としているドフチェンコの手を引いて走り出した。


「に、ニキチッチ?」


「戦闘開始だ。俺は奴らを攻撃するから、お前は向こうの家の屋根の上から狙撃して、支援してくれ」


「は、はい!」


 流石は軍人。

 あまりに突然な状況にも、なんとか食らいついてくる。


 俺はにっこり笑うと、ドフチェンコと別れて真正面の民家のドアめがけて突っ走る。


「う、撃て! アカは殺せ!」


 我に返ったリッヒテンシュタインが命令を下す。

 幾つもの銃声が鳴り響き、弾丸が俺を追ってくる。


 幸い被弾することはなく、俺はドアを開けて民家の中に飛び込んだ。


 誰もいない民家の玄関で、俺は鞄を開けて中身を取り出す。


 ソ連軍の回転式拳銃(リボルバー)、ナガンM1895。

 俺はこいつにちょいと手を加えている。


 銃身の下に、きらりと光るモノ。


 銃剣だ。


 この改造された相棒を見た同業者は、「頭おかしいんじゃあねえか」と笑うだけだったが、俺はこいつを気に入っている。


 俺は常にこいつと共にいる。

 何人屠っただろうか。

 もう覚えていない。


「ここだ!」


「俺が蹴破るから、後に続け!」


 SS隊員の声が近づいてくる。

 どうやら扉を破って突入するつもりらしい。


 そうはいくか。

 こっちから出て行ってやるとも。


「ニキチッチの凱旋のため、犠牲となれ。豚ども」


 この呟きは、ドイツ軍に聞こえただろうか。

 聞こえたところで、困ることでもないが。


 ドイツ兵が蹴破る前に、俺は思い切りドアを開け放つ。


 扉の前で呆然としているSS隊員の口に、瞬時に突き出されたリボルバーの銃剣が突き刺さった。


 前歯を吹っ飛ばし、口蓋垂に切先が触れる。

 銃口は、兵士の鼻先に押し当てられていた。


「カ……ゴッ……」


「えぇ? 何だって? 聞き取れないから死ね」


 ズドン


 銃口から飛び出した弾丸は、SS隊員の鼻を潰して頭部を貫通する。

 脱力した隊員から拳銃を引き抜き、俺は周囲を取り囲む兵士達を見回す。


「う、動くな!」


 右側の兵士が引き金に指をかけるのが見えた。

 俺は素早く腰を落とし、弾丸をかわす。


 弾丸は俺の左にいた隊員に命中し、その場に崩れ落ちさせた。


「ふんッ!」


 発砲した兵を射殺し、今度は真正面にいる兵士に飛びかかった。


「女がぁ!」


「同志の敵め!」


 激しく抵抗する兵を押さえつけ、首を銃剣で掻き切る。


 これで、俺の周りから兵士は消え去った。

 だが、まだ終わっていない。


「行け行け行け! 奴を殺せ!」


 リッヒテンシュタインの指示で、突撃を開始する小隊の兵士達。

 装甲車の機関銃も、こちらに狙いをつけていた。


 だが、俺は余裕を崩さない。


 拳銃を撃ちながら、叫ぶ。


「ドフチェンコ!」




 ★★★★★★




 ニキチッチの叫び声は、やや離れた民家の屋根に登ったドフチェンコにも聞こえていた。


 彼にとっては、これが初陣である。

 銃を構える手には、じんわりと汗が滲んでいた。


「ニキチッチ、俺でなら、俺で良いのなら……」


 新兵だったドフチェンコの才を見出したのは他でもない、ニキチッチだった。


 狙撃の天才だと褒め称えられ、自分の隊に加えてくれた。


 彼女への感謝を、彼は忘れたことがない。


「やらせて頂きます」


 モシン・ナガンM1891/30の照準は、ニキチッチを銃撃するドイツ兵に向けられる。


 照準を合わせて、バキュン。

 照準を合わせて、バキュン。

 照準を合わせて……。


「バキュン」


 轟く銃声。

 ほんの一瞬遅れて、ドイツ兵の頭に鮮血のシャワーが生成され、命を奪う。


「……次だ」


 言葉通り、次の兵士に狙いをつける。


 先程と同じように、照準を合わせて射撃する。


 今度も、見事こめかみをぶち抜いた。


 突然の狙撃に、向こうは慌てている。

 そこを、ニキチッチが真正面から攻撃する。


「頑張れ、ニキチッチ……。裏方であれ、俺……」


 何度も繰り返しながら、ドフチェンコは引き金を引いた。




 ★★★★★★




 リッヒテンシュタインは装甲車の背後に移動し、殺されていく兵士達の悲鳴を聞いていた。


 どうしてこんなことになっているか、彼にはわからない。


 こっちは40人の小隊だ。

 それに対して、相手は2人。


 それなのに、SS隊員の死体は既に10体ある。


「この際同士討ちは気にするな! 仲間が組みつかれたら仲間ごと撃て!」


 銃撃音がさらに増え、比例するように悲鳴も多くなる。


「くそぅ、あの眼帯大尉は何をしているんだ! こっちは会敵中だというのにッ……!」


 別行動中の部下へ理不尽な悪態をつきながら、リッヒテンシュタインは装甲車を盾にして戦場を覗く。


「ん?」


 いない。


 思わず立ち上がり、辺りを見回す。

 やはり、女の姿はどこにも──。


「少佐! 上です!」


 反射的に上を見る。

 その瞬間、数発の銃声が轟き、兵士が落ちてきた。

 機関銃射手だ。


 女は装甲車の上にいた。


 Sd Kfz 250の屋根に備え付けられた機関銃の側に、彼女はいた。


 車が動かないことを見るに、運転手は射殺されたのだろう。

 しかし、どうやって……。


「俺とドフチェンコの連携によるものさ!」


 女が叫ぶ。


「それはそうと、敵は一気に倒した方がスカッとするよな! ええ?」




 ★★★★★★




 ドイツ兵らの顔が引き攣るのが、離れていてもわかった。


 俺はにやりと笑って、躊躇うことなく引き金を引く。


「さあ、大演奏会の始まりだ。指揮者はもちろん、この俺だぁ!」


 一際大きな銃声が連続で響き渡る。

 薬莢が車内に飛び散り、床を埋め尽くしていく。


 重機関砲の弾丸は、次々にSS隊員達を無惨な挽肉へと変えていく。


 楽しい。

 楽しくて仕方がない。


 無双だ、殺戮だ、正義執行だ。

 俺は最高に楽しい。


 もっと、もっと続け。


 熱くなれ銃口。

 飛び散れ血飛沫。

 音色を奏でろ銃声。


 命を奪う大合奏。

 殺し合いの唄。


 終わるな。

 終わってくれるな。


 楽しい時間よ、永遠に!


「興奮してきたぁぁぁぁぁぁあああ!」


 銃撃は止まない。

 歓喜の叫びも止まらない。

 死も、終わらない。


「ははは、はっはははははははは!」




 気づけば、終わっていた。


 弾は出なくなり、生きている者は俺以外いなくなった。


 遠くからは、ライフルを持ったドフチェンコが走ってくる。


「終わりました! 終わりましたよ、ニキチッチ! 我々の勝ちです!」


「ああ、わかっているさ」


 俺は装甲車から飛び降り、駆け寄ってきたドフチェンコの顔を見上げる。


「よくやった。お前の狙撃があってこその勝利だ。本当によくやったな」


「い、いえ。俺は所詮裏方です。敵の目の前で戦うあなたと比べものにはなりません」


「戦争に表も裏もあるか。全ての者が功労者なのだよ」


 とん、と彼の胸元を叩き、俺は歩き出す。


「この辺には火をつけておこう。高熱が全てを消し去ってくれる」


「そうはいくか」


 声が響く。


 振り返ると、装甲車の影からリッヒテンシュタインが現れた。

 拳銃を握り、こっちを憎しみの目つきで見つめている。


「私の部下を皆殺しにしやがって。この悪魔め。ニキチッチだと? 貴様はズメイ・ゴルィニチだ。悪しき竜は貴様だ」


「何だと? 俺がズメイ? いいや、俺はニキチッチだ」


 否定。


 ドイツ軍将校の言葉を、俺は否定する。


「お前達は戦争に負ける。だがソ連は勝利する。負けた者は悪だ。英雄は悪を殺して名を残す。だから俺は英雄(ニキチッチ)なんだ」


「ふ、ふざけるな……!」


 リッヒテンシュタインの顔が、醜く歪んだ。



 銃声。



 倒れたのは、リッヒテンシュタイン。


 ライフルの銃口を上げるドフチェンコを、俺は再び讃えた。


「さらによくやった。ドフチェンコ、お前はかなり昇進できるだろうな」


「感謝します、ニキチッチ」




 俺達は予定通り、周辺の家々に火をかけた。

 ドフチェンコが屋根に登った家も、俺が飛び込んだ家も、全て燃やした。


 人が来る前に、おいとまするとしよう。


 炎をバックに歩きながら、俺はドフチェンコに問う。


「ドフチェンコ。俺達の任務は何だ?」


総統(悪しき竜)の討伐です、ニキチッチ」


「そうだ。断言する。今日よりも厳しい戦闘が連続することになる。ベルリンに近づくにつれてな。それでも、お前は俺についてくるか?」


 ドフチェンコの声に、澱みはなかった。


「はい、ニキチッチ」


「頼もしい。さあ、行くぞ。ベルリンへ」




 不敵な笑みを浮かべながら、ソ連軍のスパイ達は燃える町を立ち去っていった。


 後に彼女らはベルリンへ潜入し、更なる戦いを繰り広げるのだが、それはまた別の物語である。

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