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勝利を君に  作者: ヴェルネt.t
5/10

再会


来賓が続々と集まっている…

ルポワドでも王城に次ぐ広大さを誇るシュベール城の門外に馬車が並び、南北に延びる道に長い列が続いている…


ルポワドの諸侯と貴族、そして彼らに従う召使いと従者、その全ての招待客が城内入りするには数日かかるに違いない。

入城を許されるのは招待状を持つ貴族のみ。

来客は1000人近くに及ぶが、彼らの目的は概ね社交辞令や『付け届け』であり、公爵への祝辞をたてまえに取り入り、直に好印象を与えたいというのが本音だった。

「...であれば、貴族の素行はそれなり…」

アーレスは窓際に立って呟いた。

体力の温存と調整を図るため、シュベール城に帰還して3日目...帰ってすぐに祝賀会の進捗状況をつぶさに観て回ったが、幸いなことに、城門内の準備は全て指示通りに進んでいる…

「問題は騎士の扱いのほうだ。」

ジョストの参加者は身分を問わず、階級を持たない者が多い。

報奨金狙いや出世目当ての野良騎士が集まれば当然いさかいや揉め事が必ず起こる。彼らの宿営する天幕や競技場周辺が治安の悪化や混乱を招くのは必然であり、祭事が終わりを迎えるまでは、決して油断はできなかった。

「城下には従騎士達が目を光らせているが、もう少し強化を図るべきかもしれないな…」

ジョストの本戦は余興に過ぎず、最大の目的は父と自分の一騎打ち。余計なトラブルで邪魔されては身も蓋もない…

…父上は当然、全力で臨むだろう。

ふと、心に不安がよぎる…攻撃を上手に受け流さねば命に関わるだけに、安直に構えるのは危険だ…

…黒騎士の実力も侮れないが、外部者に猛者が潜んでいる可能性もある…気を引き締めねば。

「夫人もそろそろ来られようか…」

アーレスは踵を返した。考えても仕方がない、頭を切り替えるべきと思い直した。

「王都からであればもうすぐ到着するはずだ。 」

シャリナが父に会う前に接触したいと思った。捕まれば最後、父が自分との接触を遠ざけるのは間違いないからだ。

「アンペリエール夫人が到着したら、すぐに私に知らせてくれ。」

側近の従者に耳打ちしてから、アーレスは侍女に着替えを用意するよう指示した。

久しぶりに会うシャリナ…部屋は日当たりの良い『春の間』を用意した。他の貴族達とは別の特別な待遇で出迎えたかった。

着替えを済ませた後、自室を出たところで従者が近寄って来る。

彼が小声でシャリナの到着を告げ、アーレスは小さく頷いてみせた。 

「父上にはまだ伝えるな。密かに『春の間』へお通しするんだ。」

「承知いたしました。」

従者の背中を見送りつつ、平静を装い階段を歩を進める…

もうすぐシャリナに会える…アーレスの心臓が高鳴った。


「どうぞこちらへ…」

シャリナは馬車を降り、出迎えた従者に誘われてシュベール城へと入った。

大勢の客がひしめき合うエントランスではなく、パルティアーノ家の居城に直結した回廊を歩く…すぐ後ろにはセレンが歩いており、シャリナはその震える細い指をしっかりと握っていた。

ほどなく従者は扉の前に立ち、閉じていた大扉を静かに開いた。

雅な内装が現れ、明るい室内が視界に広がる…

王族であるパルティアーノ家は、同じ公爵家であるブランピエールとはかなりの格差がある。グスターニュ城の趣向は「質実剛健」だが、対するシュベール城は「絢爛豪華」…まさに貴族の頂点と呼ぶに相応しい、桁外れの華やかさだった。

「驚いたでしょう?」

ここがアーレスの居城と聞き、セレンティアは唖然としていた。シャリナはそんなセレンの頭を撫でながら「息を吸って…」と優しく声をかける…

「夫人。」

部屋に入るとすぐにアーレスが姿を現し、シャリナの前へと歩み寄った。

後ろに控えるセレンに一瞬だけ視線を移したものの、右手を差し出してシャリナの手を取る…

「ようこそシュベールへ…歓迎いたします、夫人。」

「ご招待ありがとう、久しぶりね…アーレス。」

シャリナは目を細めて笑顔を浮かべた。しばらく見ないうちに大人びたアーレス…精悍さが増して、さらに男らしくなった様に感じる。

「体調はいかがでしょう…旅路はお辛くはありませんでしたか?」

「ええ、何も問題はなかったわ。セレンも一緒だったし、久しぶりに色々な風景が見られて楽しかった。」

シャリナは言いながらセレンを振り返り、前に出るよう促した。今日のセレンは蜂蜜色のドレスを身につけており、綿毛の耳脇に揃いのリボンが結ばれている。

「さあ、ご挨拶なさい。」

セレンはシャリナに教えられた通り、その場で丁寧に膝を折った。声が出ないので無言だったが、瑠璃色の瞳を輝かせながら笑顔を浮かべる。

「なんてことだ…セレン。」

アーレスは笑顔で言った。

「とても可愛い貴婦人だ…まるで別人だね。」

「そうでしょう?…セレンは貴方に会うのをすごく楽しみにしていたの。だから今日は特におめかししてみたのよ…」

「とても似合ってるよ。さらわれないように注意しなければいけないな。」

「そうね。リオーネに警護を頼んであるから大丈夫と思うけれど…」

二人の会話を聞いたセレンの頬が赤く染まった。会いたかった恩人…優しい眼差しのアーレス…なんて素敵なのだろう…

「さあ、ここに座って。」

セレンをふわふわな長椅子に座らせてから、アーレスは別の長椅子にシャリナを誘った。自らも隣に座り膝を突き合わせる。

「お招きありがとう…招待状を戴くのは久しぶりで、何だかとても新鮮だったわ。」

「不躾をお許しください…夫人が公の場を避けてこられたのは存じていましたが、今回はどうしても出席して頂きたく、送らせていただきました。」

「不躾だなんてとんでもない…後見人を引き受けて下さっているパルティアーノ卿の誕生祝賀会ですもの、出席は当然のことよ。」

「そう仰って頂けて嬉しい。…セレンを引き取っておきながら何の世話もせず、全てお任せしていることも謝罪せねばと思っていました。我儘な願いを押し付けてしまい、本当に申し訳ありません…」

「まあ、そんなふうに思っていたの?」

シャリナは目を丸くして言った。

「謝罪の必要など全くないのよ。だって、セレンがいてくれたお陰で暮らしがとても明るくなったんだもの。セレンが着ているドレスはリオンが着てくれなかった物なの。仕立て直しをしていると楽しくて、まるで本当の娘がいるみたいだった…」

「夫人…」

「ユーリがいないペリエ城は思った以上に暗くて寂しかった…セレンが私に生きる希望を与えてくれたのよ…だから決して押しつけなんかじゃないわ…」

優しい笑顔を浮かべて告げるシャリナに心を打たれ、アーレスはおもわず涙ぐんだ。

…この慈しみがどんなに私を励まし、支えてくれたことだろう…実の母に愛されなかった私を、あなたは抱きしめ温めてくれた…私が自分の足で立てたのは、いつも傍にあなたがいたからだ…

「本当に感謝します…夫人。」

アーレスはシャリナの手をそっと握った。

「…では、我儘な願いをもう一つ叶えては頂けないでしょうか…」

「願い?」

シャリナは問い返した。

アーレスの澄んだ瞳が瞠目している…

「ええ、私にできることなら…」

シャリナはすぐに応えた。

アーレスが品行方正であればこそ、何の疑問を感じることもなかった。



「シャリナが来ている?」

家令から報告を受けたフォルトは表情を変えて問い返した。

諸侯やその代行者との応接が終わり、自室に戻った直後のことだった。

「はい。アーレス様がお迎えになり、直接来賓室にお通しになった様です。」

「アーレス…」

公爵の眼差しが険しくなったのを見て、背筋が寒くなる…叱咤か皮肉、きっとどちらかは免れないと覚悟した。

「来賓室と言ったな…どの部屋だ?」

「「春の間」です。」

返答を聞いたフォルトは視線を扉の方向に向けた。脇目も振らずに廊下へと飛び出し、足早に歩み去って行く。

「アンペリエール夫人は救世主だ…」

叱咤を免れた家令はほっと胸を撫で下ろした。

このところのアーレスとの確執は深刻で、この先どうなるのだろうかと憂慮するばかりだ…

「争いにならなければ良いが…」

廊下の先を眺めながら、彼は深く溜息を吐いた。いっそのことシャリナがパルティアーノに嫁ぎ、このままいてくれはしないかと思う…そうすれば、フォルトの気難さしさも和らぐに違いなかった。


「おのれアーレス…私を出し抜き謀るとは…」

フォルトは大股で廊下を歩きつつ声に出して言った。

「シャリナを出迎えるのは私の役目…差し出がましいにも程がある!」

『春の間』が迫り、フォルトは躊躇いなくその扉を開け放った。

明るい室内で語らう人影を見遣る…長椅子に並んで座る男女、アーレスと淡い青のドレスを身につけた貴婦人…シャリナの姿がそこにあった。

「シャリナ…」

フォルトは一瞬で怒りを忘れてシャリナを見つめた。シャリナも視線を向けてこちらを見つめる。

「フォルト…」

シャリナは静かに立ち上がって微笑んだ。無意識に彼の名を呼んでしまっていたが、そのことには全く気づかなかった。

フォルトは歩み寄り、シャリナに手を差し伸べた。

抱きしめたかったが、かろうじて控える…シャリナがお辞儀をし、挨拶を述べるのを邪魔してはならない。騎士は決して貴婦人に恥をかかせるべきではないのだ。

「お招き感謝いたします、公爵閣下。」

シャリナは丁寧に膝を折り、麗しい挨拶をした。身につけているのはフォルトが贈ったもの…清楚で上品な着こなしだ。

「元気そうで何よりだ。少し頬がふっくらしたな、とても美しい。」

歩み寄って指先でシャリナの頬にそっと触れる…間近で見る彼女の微笑みと温もりに心が震える…

「いつもお上手…そう見えるのは貴方から戴いたドレスのせいよ。」

「そんなことはない。そなたの美しさだ。」

「…お世辞?」

「シャリナ…」

フォルトはシャリナを両腕で引き寄せた。それは兄の様な抱擁であり、断じて情欲的なものではなかった。

「私は世辞など言わぬ…知っているであろう?」

「…ええ。」

シャリナが小さく頷き、フォルトも微笑みを浮かべる。フォルトにとっては待ち続けた瞬間だ…

アーレスは黙ったままその様子を見つめた。

父の表情が見たこともないほどに和らいでいる…まるで別人のようだ…

…父上は夫人を愛している…やはり本気だ。

本音はどうあれ、賽は投げられた。どのみち父との対決は免れない。フォルト・パルティアーノは誰よりも気高い騎士、必ず勝ち進むに違いない。

…嫡子として期待されぬ身なれど、私は父上を超えねばならない。

「特に、貴女の前では。」

目を眇めてシャリナを見つめる…シャリナにだけは自身の存在を認めて欲しい…それが願いの全てだった。…

想いに耽っていたアーレスは、ふと視線を感じてセレンに目を向けた。

「養い子」が寂しげな眼差しで自分を見つめている…年端も行かない少女だが、何故か物憂げな表情だった。

「どうした…何か不安があるかい?」

アーレスは優しく問いかけた。

我に帰ったセレンは首を横に振り、黙したままで俯いてしまう。

…声が出ないというのは不便だな。

アーレスはセレンを不憫に思った。ボロボロの服を身につけさせられ、満足な食事を与えられずにこき使われていた少女…シャリナの献身によって今は見違えるほど明るい表情になったが、言葉や声は失われたままだ…

「父上は夫人に夢中だ。邪魔にされる前に、私たちは退散しよう。」

おいで…と言って、アーレスはセレンの手を握った。

セレンも素直に従いアーレスについて行く…

二人が来賓室から出ていくのを一瞥したものの、フォルトはそれを無視し、結局は何の怒りも示すことはなかった…



「二つの影が一つになるほど…」

集まった貴族達は公爵と寡婦である貴婦人の寄り添う姿を観て口々に囁いた。

シャリナ・アンペリエールが社交場に姿を見せるのは二十年ぶり。

ルポワドの英雄『漆黒の狼』の妻であること以外に彼女の容姿を知る者は殆んどおらず、その特徴的な瞳の色から「ブランピエール公爵家の系譜の者と解る程度…それでも、フォルトの様子を見れば、彼女が噂の貴婦人である事は歴然だった。

「周囲が見ているわ…もう少し離れた方が…」

シャリナは躊躇いながら訴えた。あまりに視線が痛い…フォルトとの距離は1ミリと離れていないのだから当然だ。

「気にするでない…私はそなたの正式な後見人。腕を取る権利がある。」

…口さがない噂など、もう当の昔に立っている…そなたが知らぬだけぞ。

フォルトは心中で呟いた。こんな事態に単独で歩けば、再婚目当ての者や夜伽の誘いが次々に来る...面倒を避ける意味でも、この場でシャリナの存在を誇示することは必要なことだった。

「権利だなんて…」

シャリナは小さく呟いた。

「じゃあ、私が従うことは義務?」

「義…」

フォルトは思わず立ち止まり、シャリナを見つめる。

「そんなことは申しておらぬ!」

目を丸くしているフォルトを見て、シャリナが思わず口角を上げた。フォルトは昔から変わらない。気難しく厳然としているのに、子供のように純粋だ…

「…冗談よ。」

シャリナは口元に手を当てて笑った。

「貴方が構わないなら、私もそう思うことにするわ。」

「シャリナ…」

明るい笑顔のシャリナに、フォルトも安堵の表情を浮かべた。

楽しい時間…こんなに幸せを感じるのは、あの日以来だ…

二人は再び歩き出し、美しく整備された庭園を散歩した。秋に咲く薔薇が美しい…造園を専門とする庭師が丹念に育成し、大輪の花を咲かせている。

「ペリエ城の薔薇はもう終わってしまったの。…ここはまだ咲いていたのね…」

「ペリエは寒い…冬は雪に閉ざされることもしばしばだ。」

「湖の多い土地だもの。でもその分、景色は美しいのよ。」

「それは否定せぬが、王都から遠すぎるのは問題ぞ。往復に6日を費やしては、会いに行くことも儘ならぬ…」

「仕方がないわ…貴方は王族の公爵で、私は田舎領主なんだもの…」

「田舎領主?黒騎士がグスターニュを継ぎ、東ルポワドを所有しているというのにか?」

「大伯父様の地位と財産はカインが全て相続した。アンペリエールの名は私だけになったし、今は私がペリエ領主だわ。」

「確かに、そうではあるが…」

「…まあ、素敵な色…」

シャリナが腕を外して大輪の薔薇に顔を寄せる…その横顔をフォルトは訝しげに見遣った。

…今すぐにでもそなたを手に入れたい。

激しい衝動に突き動かされる…シャリナがもう少し貪欲であったらと思う。数多いる貴婦人の様に、地位や財産、そして公爵である自分に興味があったなら…

「そういえば…」

思い出した様に、振り返ったシャリナが言った。

「アーレスにお願いされたのだけれど…」

アーレスの名を耳にしたフォルトは瞬時に身構えた。

「アーレス?」

「…ええ、貴方とジョストの一騎打ちをするのですって?」

「うむ。」

「もし自分が勝ったら叶えて欲しい願いがあると告げられたの。」

「…どの様な?」

「それは教えてくれなかった。でも、とても真剣な様子で…」

「それで…そなたは何と答えた?」

「私にでき得ることであれば…と」

「シャリナ…」

フォルトは怯んだ。

その答えは「あらゆる意味」を含んでいる…アーレスの願いを受け入れたも同然だ。

「何ということだ!」

「…フォルト?」

フォルトの動揺にシャリナが小首を傾げる。

…私を出し抜いたのは、そのためであったのか⁉︎

「姑息な真似を…」

フォルトは声を荒げ、憤然と拳を握り締めた。

…アーレスの様子からは、フォルトがこんなに動揺するほどの願いではないと感じたのだけれど…

「フォルト、落ち着いて。」

シャリナはフォルトを見上げた。二人の間に何があったのか、シャリナには全く解らなかった。



6話につづく




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