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勝利を君に  作者: ヴェルネt.t
3/10

シャリナからの便り

パルティアーノは数ある公爵家の中でも最も古く、王族に近い存在だ。

広大な領地と、絶対的な権力を誇るルポワド貴族の頂点。

フォルトはパルティアーノ家の嫡子として生まれ、病弱であった父の後目を若くして継いだ。

当時、父の命が長くないと悟った実母メラーニは、フォルトの一途な思いと自らの希望を叶えるために、シャリナとの婚約を急ぎ推し進めようとしたと言う。

しかし、クグロワ・ブランピエールは首を縦に振らなかった。

シャリナが15歳を迎えると、彼はすぐにユーリ・バスティオンとの婚姻を決め、約束の全ては反故となった。

七年後にはメラーニも失意のうちに他界。

後に聞いた話によれば、母はクグロワ公爵へ深い思いを寄せており、彼との血縁を望んでいたと言うことだった。

「今更な話だ…」

フォルトはヘルムの中で声に出して呟いた。

「クグロワが邪な欲さえ出さなければ、私は何の苦労もなくシャリナを妻に迎えることができた…周りくどいことをせずとも済んだのだ…」

屈強なるシュベール騎士団の騎士達を相手に、フォルトは連日、槍を握っていた。アーレスがマルセルの正式な許可を得て諸侯への布告を行ってから1ヶ月。体の鍛えは疎かにしていないものの、最後の試合は十年前…その場には『漆黒の狼』もおり、最終的には二人の頂上決戦になった。

「…覇者だった狼はすでにいないが、若い黒騎士の実力はかつての『漆黒の狼』そのもの…決して侮れぬ。」

…それに、アーレスのあの自信。

幼い日からアーレスを鍛えたのは父親である自分ではなく、ユーリだった。

実母の偏愛によって精神が不安定だったアーレスをグスターニュに預けたのは4歳の時…

シャリナの深い愛情と献身のおかげで正常な精神を取り戻していったが、カイン同様、グスターニュに寄宿しながら、ユーリの厳しい修練に耐えたのだ。

…あやつの実力は狼も認めていた。それ故の自信なのであろう…

賭けを宣言して依頼、アーレスはシュベール城に姿を見せなくなった。通常であればシュベール騎士を相手に修練すべきところだが、おそらくは手の内を見せることに抵抗を感じて別の場所にいるのだろう…

「…ジョストは一瞬の判断で勝敗が決まる。せいぜい己の精神を研ぎ澄ましておくことぞ…アーレス。」

馬を疾走させ、槍を構えて突進する。

フォルトにとってジョストは「喜び」であり「指標」だった。その視界にあるものは騎士としての誇り。覇者である『漆黒の狼』を打ち負かすのが夢だった。

「私は今度こそ覇者となり、シャリナを狼から奪う。…誰にも邪魔はさせぬ!」

槍の先端が『的』を突き、その勢いで跳ね飛んだ。狙いを定めた中央を射抜いた証は周囲に立つ騎士達の足元へと落ち、その正確さの前に、全員が思わず息をのむ…

「相手をしたい者はおるか?」

体制を立て直したフォルトが声を上げた。

「是非、私めに!」

騎士の一人が進み出る。騎士団長のワグラムだった。

「良かろう!」

フォルトは口角を上げた。ワグラムは騎士団一の猛者…不足はない。

ワグラムが騎乗し定位置につくと、旗振り役が旗を上げた。フォルトは模擬戦用の槍に持ち替えていたが、当て場所を見誤れば致命傷を与えかねないことには留意した。ワグラムほどの男であれば十分に心得ているだろうが、それでも事故は起きるものだ…

旗振り役がカウントダウンを始める…緊張が走った。

「Go!」

旗が振り下ろされると、フォルトは馬に拍車をかけた。速度を上げて姿勢を決め、「的」を見定める…迫り来るワグラムの矛先も確実に狙いを定めた。

「さすがだワグラム…だが!」

すれ違いざま、フォルトはわずかに姿勢を変えて身をかわし、グラムの槍を避けた。腕に衝撃が走り、ワグラムの肩を突いたのは確かだった。

観ていた騎士達から響めきが上がる。ワグラムは衝撃を逃しつ上手にもんどりを打った様だった。フォルトはゴール位置で馬を止めると振り返り、地上にいるワグラムの無事に安堵した。


夕刻、身体の汗を洗い流したフォルトは一人で夕食を摂り、その後すぐに寝室へと入った。

適度な疲労感はむしろ心地が良い。戦闘は騎士の血を沸き立たせる…

テーブルに目を遣ると、何通かの手紙が置いてあった。今日は殆どの時間を訓練に費やしたため、家令が置いて行ったのだろう…

多くは諸侯からのものだったが、一通は違っていた。封蝋もなく巻かれており、すみれ色のリボンが結ばれている…

フォルトは目を見開き、すぐにそれを手に取った。ほのかな香りが漂い、鼻腔をくすぐる…

「シャリナ…」

それはシャリナからの手紙だった。喜びで胸が熱くなり、すぐにリボンを解いて内容を読んだ。

“ 親愛なるフォルト様

しばらくご挨拶もできず、失礼を申し上げて参りますこと、大変心苦しく存じております。

先日、アーレスからお手紙が届き、貴方の誕生を祝う会を催す旨と、出席のお誘いを戴きました。ユーリが亡くなって以来体調が優れず、外出を控えて参りましたが、恩人である貴方にお祝いを申し上げたく、出席することを決めました。

催事には槍試合も行われるとか…

ユーリの好敵手であった公爵様の優勝を確信しております。

…でも、決してご無理はなさらないで。…失礼ながら、少し心配しています。

では、当日お会いできることを楽しみにしております。

ご自愛下さいますよう…


シャリナ・デ・アンペリエール “


「シャリナが来るか…」

フォルトは目を眇め、手紙に唇を押し当てた。

そなたに会いたい…今すぐに。

激しい感情が渦巻き、胸が熱くなる...持て余す愛に全てを焼き尽くされそうだ...

「シャリナ…もう待てぬ。これ以上私を待たせるな。」

フォルトは決意した。

ジョストの頂点に立ち、今度こそ公然の場でシャリナに求婚することを。



「ねえ、シセル…どう思う?」

リオーネは馬場の柵にもたれながら隣にいるシセルに問いかけた。

「どうとは…?」

シセルは妻へと視線を移して問い返す。

「アーレスのあの気迫…少し尋常じゃないと思うんだけど…」

「ああ…そうだね。」

「もうずっとグスターニュに滞在してるし、練習相手ならシュベールの騎士の方が絶対数がいるのに…」

「確かにね。ただ、数というよりは、ユーリ閣下に鍛えられた精鋭が集うことの方が重要だからではないかな…」

「そうか…カインも貴方も精鋭だものね…」

リオーネの口調に皮肉めいたものを感じてシセルは思わず渋面になった。妻は屈託のない性格だが、騎士としてジョストの力量が足らないことには相当不満がある様だ。

「リオン…ジョストは危険な競技だ。お父上は無敗の覇者だったが無傷という訳ではない。若い頃には深い傷を負った事もあった…だから君には試合をさせなかったんだ。」

シセルはリオーネに向き合ってじっとその目を見つめた。甲冑を着ているため抱き寄せることはできないが、顔を近くまで寄せて訴える。

「気持ちは解る…だが、私も妻を危険に晒したくない。」

「シセル…?」

シセルの眼差しがあまりに真剣だったので、リオーネは思わず苦笑いを浮かべた。何事も理解のあるシセルだが、妻の無茶には常に予防線を張っているらしい。

「大丈夫です教官、ジョストに参加したいなんて思っていません。」

リオーネは告げてから、シセルに軽くキスをした。

応じて納得したシセルは微笑んで頷いた後、アーレスの相手をするべく柵の中へと歩いて行った。

「…にしても、やっぱり気になる。今夜はカインも還って来るだろうし、少し探りを入れてみるか…」

リオーネは呟くと、踵を返して城内へと向かった。久しぶりに皆んなが集まる…シャリナはペリエ城に居り、バレルも少し成長した。シセルも止めはしないだろうし…遮るものは何もない。

「楽しくなりそう。」

準備は滞りなく、すでに手配は済ませてある。アーレスが何を思い吐露するのか…興味は尽きなかった。


程なく王都からカインが帰還すると、その夜は全員が集り、文字通り賑やかな晩餐会が開かれた。

カインはしばらくグスターニュに滞在すると言い、アーレスと試合に向けた調整に専念すると周囲に告げる。それがアーレスの希望だからという理由だった。

「殿下もカインの指導が欲しいだろうに、よく許可したものね。」

リオーネはエールを口にしながら言った。

「ジョストに初参戦するつもりじゃなかったの?」

「先日までそのおつもりだったが、エミリア様に猛反対されたあげくマリアナ様にも説得されて不承不承断念なさったんだ。」

「マリアナ様も反対だったの?」

「…いや、妃殿下はジョストを観たことがないから、反対のしようがながない…エミリア様に泣きつかれたんだ。」

「…なるほど、そういうことか。」

「王太子殿下はマリアナ様の仰せに逆らわないとの噂は真実なのでしょうか?」

シセルが素朴な疑問をぶつけた。宮廷での噂も王都を離れれば真実味が薄まるものだ…

「…真実だ。リュシアン殿下は妃殿下に平伏してる…マリアナ様に嫌われるのを何よりも恐れているからね。」

アーレスも銀杯のエールを飲み干しながら答えた。

「あのリュシアンがねぇ…変われば変わるもんだな…」

「マリアナは賢い…殿下の性格をよく理解しているし、説得の仕方も上手なんだよ。」

「そうだね…マリアナ様だから治められてるんだと私も思う…」

同意しながらも、弟の痛みを感じて話題を変えねばとリオーネは思った。マリアナ妃はカインにとって心の妻…リュシアンとの睦まじい姿を見るにつけ、いつも辛いに違いない…

話題を上手く切り替えた後、しばらくの間は他愛のない談笑が続いた。リオーネはアーレスの本音を引き出そうと意図的に酒を勧め、彼の酔いは徐々に深まっていく…

「ねえ、アーレス…もしかして公爵様と何かあった?」

頃合いを見計らってリオーネは口火を切った。

「…父上?」

「うん…喧嘩…したとか…」

「…なぜそう思う?」

「だって…もうずっとここにいるから。」

「私がここに居てはいけないのか?」

「そうじゃないけど…」

リオーネは頬杖をつきながら彼の瑠璃色の瞳をじっと見つめた。

「じゃあ、どうしてシュベール城で訓練をしないの?」

リオーネの問いに、アーレスは虚ろな眼差しで沈黙した。素面の彼は常に穏やかで、日頃こんな顔を見せたことはない。

「...父上と喧嘩など...」

アーレスは視線を逸らして言った。

「私はただ、夫人を幸せにしたい…そう申し上げた…それだけだ。」

「夫人...?」

「…誰だ?」

カインが思わず横槍を入れた。シセルも目を丸くしている…

「賭けをした。ジョストで父上に勝利し、私はあの方に愛を告げる…後見の権利を譲り受け…求婚するつもりだ。」

「…は?」

「求婚…?」

シセルもリオーネも目を見開いた。

「それは…もしや…母上に…」

カインが核心を突くと、アーレスは頷いて見せる。飲酒のせいもあるが、頬が赤く染まっていた。

「ひぇ…」

あまりの驚きにリオーネは仰け反り、椅子から転がり落ちそうになった。

「ちょっとカイン…アーレスが乱心した。求婚って、お母様と結婚したいって意味だよ!」

「お…落ち着け…リオン…」

「なに冷静になってるの!公爵様ならともかく…お母様がアーレスと結婚したら、彼をお父様と呼ばなきゃならないじゃない!」

「だから落ち着け…リオン」

カインは冷静に見えたが、実際はかなり動揺していた。その証拠に、杯に注いでいたエールをテーブルに飲ませてしまっている…

「…公爵様はどうなるの?お祖父様とお呼びするの?」

「お祖父…」

カインは息を飲んだ。

「無理だ…呼べるわけがない。」

「そうでしょう。由々しき問題だよ!」

双子の姉弟は困惑し、顔色を失って呆然となった。

「二人とも落ち着きなさい…」

シセルが嗜める。

「アーレス様が酔い潰れてしまわれた…その話は終わりだ。」

「あれ…ほんとだ…」

リオーネはテーブルに俯しているアーレスを見遣った。

「少し飲ませ過ぎちゃった…ごめん、アーレス。」

「おいおい…まさか意図的に飲ませてたのか?」

「まあね。だってアーレスが何か思い詰めてる気がして気になったんだもん。」

「呆れたやつだ…」

「…でも事情は聞けたでしょ?」

「とんでもない話を…な。」

カインも眉根を寄せながらアーレスを眺めた。

「酒の席での発言は勢いによるものがほとんどだ…信憑性は低いが、それにしては具体的過ぎだ…」

「アーレスの言葉が真実だとして、公爵様はどうお答えになったんだろう?」

「現状から考えると、おそらく承諾したとしか思えないが…」

「そんな…公爵様はお母様を愛しているんじゃないの?」

「多分ね…」

二人がそんな会話をしている間に、シセルは召使いを呼んでマントを持って来させ、アーレスの背にそれを掛けた。眠っている顔がいじらしい…彼のことは初めてグスターニュ城にやって来た時から知っている。その不安定さを当時はユーリも心配していて、一時的にシャリナを滞在させたほどだった。

…立派な青年に成長した。真実はともかく、アーレス様なりにシャリナ様を慮っておいでなのだろう…

「…リオン。」

シセルはリオーネに向かって言った。

「…なに?」

「この話はこれ以上追求しない方がいい…聞いたことも黙っておくんだ。」

「シセル…」

「カイン様も…宜しいですね?」

「…うん。これはパルティアーノの問題だ…俺は気にせず、アーレスの訓練に黙って付き合うよ。」

三人は互いの顔を見遣りながら頷いた。

…今は静観するしかない。それに、全てを決めるのはお母様の意思なのだから…

リオーネはペリエ城にいるシャリナを想い、わずかに天井を仰いだ…


4話につづく








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