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5

 翌朝も何一つ変わらない充実した日常だった。五時に起床して、朝食の用意をして、父が食べ終わって家を出た八時、そこで私は朝食にありつける。いつの間にか戻っていた。洗濯、洗い物等をこなし、変わったこととすれば、今日ばかりかは制服ではなく運動着で登校した。


 私が学校に着いたときには、教室はもぬけの殻だった。強歩大会。おそらく校庭に全校生徒が集合して準備運動でも行っているのだろう。


 誰もいないと思っていた教室には、野ウサギでも迷い込んでいたかのように死角に隠れて見えなかった存在が俯いている。


「おはよー」


 顔を上げて、腰掛けていた机から飛び降りた。正に兎。


 昨日の光景が思い出される。だが、彼女の佇まいからはそんなものは見て取れない。髪を後ろに一つまとめて、制服ではない運動着。首元のジップでさえ、彼女は一番上まで閉じていた。首の細さがよくわかる。


「もうみんな行っちゃったよ」

「見りゃわかるよ」

「なんかそっけなくない?」

「うるせーよ」


 私の窓際の席とは対称に、彼女の席は廊下側にあった。その立っていた席から、彼女は私の方へと歩み寄ってきた。


「よく考えたらさ、女子と男子でスタート時間違うんだった。女子が先らしいから、歪くん最初は走ってよ。追いついたら一緒に歩こう?」

「ああ」


 強歩大会と言っても、走るのは運動部の数名にすぎない。他の生徒は遠足気分で飴やらグミやらを持ち得て、ゴールまで誰かと話しながら過ごす。距離にして二十五キロ。それも山登り山下り。峠の入り口を上って、少し先まで行ったらまたそこを下るのだ。


 正直、一人で過ごすのは虚しいものだろう。半面、一人でいようと思っている人なら尚更居心地が悪い。周りでは話し声が聞こえる。そのすぐ横を自分が一人淡々と歩く。かといって歩いているのだからその時間は長く、逃れようにも数時間は拘束される。一人で歩くのが好きな私でも、少し引いてしまうくらいの光景が想像できた。だから走るのだ。


 梓の交友関係はそれなりに広そうだった。教室に居れば、時折別の女子生徒と話しているのを見かける。その辺は問題ないはずなのだが。


「なあ、本当に俺なんかでいいのか? 他に誘われた人とかいるんじゃないのか?」


 私よりいくらか身長の低い梓は、見上げるようにして私に言い寄った。


「いたよー。断ったに決まってるじゃん。一緒に歩きたい男子がいるーって言ったら、みんな羨ましがってたくらいー。まあ私男っ気ないからねー」

「それは嘘だろ」

「ほんとだよー。付き合った人なんて一人もいないしー。まあ、穴の方は使用済みだけど」

「穴とか言うなよ」


 彼女は、私に笑って見せた。


 何でも言える彼女が彼女の友達同様、羨ましかった。アプローチの仕方だったり雰囲気は彼女オリジナルのものだが、根は切れていない。一貫していることが昨日しみじみと感じられた。当然今でさえ。


 結局彼女は私の判断に任せた。「歪くんが私と歩きたいならくればいいし、走ってあの家に早く帰りたいんだったらそうして。私は恨まないから」と言い残して教室から去った。


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