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 玄関に戻ると、煙草の香りが鼻を刺した。家に染み付いた香りではなく、今吸っている香りだと瞬時に理解できた。


 居間に入る。テーブルの上に置かれていたボックスに手を伸ばす。一本取り出して口に咥えた。


 ライターを手に取ろうとしたとき、


「吸いたくないなら吸わんでいいぞ」


 思っても見ない飛んできた言葉に、指先が緩んで持っていたボックスを落としそうになった。父がそんなことを言うのは初めてだった。


「いや……。もう慣れちゃったから手放せない」


 私は躊躇いながらもそう言って、ライターを手に取って火をつけた。


 いつの間にか対等な口調になっていることに、父の気は障らなかったようだった。


「付き合ってるのか」

「いや」

「こんな家じゃなくてもっといいところに連れていってやれ。不憫だろ」


 父はいつにも増してそんな優しい言葉をくれた。だが、違和感に襲われる。その違和感。妙に父と優しい言葉が不釣り合いな気がしたのだ。その正体。優しい言葉を受け入れがたいとしていたのは、心の中にある「充実した日常」という言葉に縋っていた自分だった。


「今週の土曜、開けとけよ」

「開けてなくても連れていく癖に」


 煙草の煙が鼻に入ってツーンとする。タイミング的にその刺激は、父の躾のような気がした。減らず口を叩く私へのしっぺ返し。


 今日日、人の家に無理矢理上がり込むような輩はいない。偶々上がったのが梓だった。梓でよかった気がする。寧ろ、なぜか彼女のおかげで父が穏やかになったようにさえ思える。そんなことあり得るはずがないのに。


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