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マチルダ・エヒイラは死んだ?②

「お…………おい、なんで立てる」


 赤黒い血がこびり付く剣を握り締めたまま、男は死人のように顔を蒼白にさせて言った。だが、その答えはそれは私にも分からない。いや、そんな事はどうでもいいのだ。今はただただ、頭が真っ白になるほどの快感が、堪らなく心地いい。


「あははっ、あッはははははははははッ!」


 自分のものだとは思えない笑い声。普段だったら決して表には出ない下品な嗤いでも、世界の頂に立ったような気分で、何でも出来るような気がして、本当に気持ちがいいの。


「お前ら全員、屑にしてやる」


 これから何が起こるのか分からない。でも、何が出来るのかは何となしに理解していた。宙から堕ちた碧い彗星が私に触れた時、ありとあらゆる知識を与えられた。その大半は理解できる物では無かったが、しかし何をどうすればいいのかは覚えている。


「【開けウヴリル】」


 私と星々を繋ぐ扉。この血に流れる宙の魔力が、それを可能にする。生まれてから今日までの間、私はずっと憧れていた。そしてようやく、その憧れが私の手中に還ってきたのだ。


「こいつ、魔術師だったのか…………」

「おいおいおい。あの魔法陣、何かヤバくないか?」


 この頭上に生成された青黒い紋様。イワンダさんから借りて呼んだ本で数々の魔法陣を見てきたが、今私が作った陣は、そのどれにも当てはまらない物だった。


「【異次元からの飛来(ヴェルトール)】」


 そのことばを唱えると、ダークブルーの魔法陣はさらに暗黒に染まっていった。でも決して邪悪なものではなく、それは毎夜わたしが見上げていた、所々に異色の宝石が散りばめられたような絢爛さを持つあの黒い宙だった。どれだけ手を伸ばしても届かなかった世界が、私のすぐ傍にまで来てくれたのだ。


 そして、最奥まで広がる幾億もの光の一つが今、奴らに向かって牙を剥いた。


「なんなんだ…………あれは。まさか闇魔法か?」

「違うッ。あれは、夜空だ」


 目にも留まらぬ一閃が、私の魔法陣を媒介にして撃ち放たれた。当然ながら私はそれを命中させるつもりでいたのだが、しかし存外に扱いが難しく、リンゴほどの惑星は奴らの頭上を流れていくと、そのまま数マイル先まで飛んで行ってしまった。


「な、何が起きたっ?」

「分かんねえよ! 何も見えなかった!」

「で、でもアイツ、外したみたいだぜ」


 凄まじい衝撃波ソニックブームによって体制を崩した男たちは、星の直撃をまぬがれて安心している様だった。だがそれも束の間、耳を引き裂くような炸裂音と眩い閃光が、星の落下地点から爆風を従えてやって来た。


「うあぁぁッ!」

「何だよ、あの音ッ」

「さっきの光が落ちた所からだ!」


 この距離でも立っていられない程の突風。あれだけの高威力魔法を、私はこの至近距離で落とそうとしたのだ。そう考えると、使用者である私自身も身震いをしてしまうほどの恐ろしさであるが、けれど、あの魔法を私が作り出したのだと思うと、それはそれで高揚した。


「もう一発欲しいか!」

「ひッ」

「お、俺は抜ける! だから許してくれ!」

「おお、お、俺も降参だ!」


 そう言いって背中をこちらに向けて退散を始める悪党ども。その時の顔ときたら、まるで狼から逃げ惑う子羊のような必死さだった――――。だが、そんな子分どもには構わず、ただ一人、私の方に睨みを利かせる男もいた。その顔をぐっしょりと汗で濡らしているが、それでも立ち向かおうとする姿勢を見せる大男。


「面白い魔法を使うじゃねえか」

「逃げないんですか?」


 男の戦意を欠片も残さず消し去ろうと、私は再び|ゲート(魔法陣)を開く。すると男の視線は上に向き、すぐ目の前にまで広がった宙に歯を噛みしめた。


「いや、ここは大人しく退散させてもらう。だが、お前の顔は憶えたぜ」


 男は私にそれだけ言うと、身体をこちらに向けたまま数歩後ろに下がり、そしてくるりと振り返って歩き去っていった。


「【閉じろプローシュ】」


 魔法陣を閉じると、先ほどまでの騒々しさが夢だったかのように、フィールドはいつも通りの静けさを取り戻した。そしてその直後、私は実感した。


「勝った? 私が、勝ったの?」


 4人の男を撃退したという事実は、勝利の喜びというものを私に教えてくれた。まだまだ不安定で危なっかしい魔法ではあるけれど、私は初めて、自分で自分を守ることが出来たのだ。


「やった! やったよジャーニ! わたし勝ったんだよ!」


 ジャーニの首元に抱き着いて私は飛び跳ねた。初めて味わう勝利の愉悦と、愛する者をこの手で守れたのだという達成感が嬉しくて。そして、弱くて泣き虫のマチルダは死んだのだと。

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