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マチルダ・エヒイラは死んだ?

「うそ。助かった…………の?」


 一体何が起きたのか、なんて事は分からず、ただ身体の芯から沸きあがるような高揚感に、私の心は忙しなく脈を打っていた。そして不思議な事に、この世の痛みを凝縮したような苦痛でさえ、今では体中どこを探しても見当たらなかった。


「一体なにが」


 上半身を起こして辺りを見渡すと、ここから少し離れた所に、横たわっているジャーニの姿が目に映った。加えて彼の場所から今私が座っている所にまで、まるで道のように引かれた炎の筋。どうやら私は、あの青い流れ星と衝突した後、その衝撃によってここまで吹き飛ばされてしまったらしい。


「ジ、ジャーニ!」


 突然の事で頭が追い付いておらず、――かといって忘れていた訳もないが――ようやく現状の整理が終わった時、私はすぐさまジャーニの元へと駆け寄った。けれどジャーニは既に虫の息であり、このまま放っておけば間違いなく死んでしまう状態にまで陥っていた。


「ど、どうしよう。どうしようっ」


 苦しそうに息を絞るジャーニは、その目から絶えず涙を零している。

 私が何とかしなければ。そう思った私は、バラバラになった木箱の中に医療品が入っている事を思い出し、無様に散らかった物資を一つずつ選りすぐる。


「あった!」


 羊皮に包まれた手のひらサイズの小包。その表面には赤十字のマークが印されているので一目見て分かった。しかし落下の際に薬品の入った小瓶が割れたのか、軽く握るとじんわりと湿っていて、ガラス片が擦れある感触が伝わって来る。


「これじゃ駄目。他のは」


 そうして私は畑の肥料にたかるカラスのように、辺り一帯にまき散らされた食料や衣料品、家畜の餌など、一つ手にとっては放り、ジャーニの為、必死に薬を探し求めた。だが、赤十字の包みを何度か見つけたのはよかったが、しかし中身はどれも粉々になっており、ようやく見つけた包帯も、薬品を吸っていたため湿っていた。


 そうして、遂に限界を迎えた私は、最後に手に取った小包を思い切り地面に叩きつけた。


「ごめんねジャーニ。私が駄目なせいで、痛い思いをさせてしまって。ごめん…………ごめんなさい」


 先ほどまでは助けを求めるかのように足を動かしていたが、それも今ではぐったりと地面に寝そべっている。彼の最期が、もう直ぐそこに迫っているのだと気づいた。だからせめてもの慰めになればと思い、私は撫でるようにして彼の首筋に手を添えた。


「大丈夫だよ。私は、ここにいるから」


 そう囁くと、ジャーニの呼吸は眠っているかのように穏やかなものになった――――。だがその直後、彼は急に足をバタつかせ、その身を起こそうともがき始めたのだ。


「駄目だよジャーニ。痛いんでしょっ?」


 私は咄嗟に、丸太のように太い彼の首を抱きしめた。けれどジャーニは、それでも起き上がろうと身体を大きく揺らす。“おかしい”私は彼の異変にすぐさま気付いた。先ほどまでは確かに虫の息だった筈が、今ではまるで、生気が有り余っているようにも見受けられるからだ。


「だ、大丈夫なの?」


 そうしてジャーニは四本の足で立ち上がりると、前足を跳ね上げて栗毛のたてがみをたなびかせる。そして終いには、今まで聞いたことも無いような雄々しい鳴き声を張り上げたのだ。


「傷が、治ってる」


 もはや驚きを隠すこともしなかった。彼の身体に起きた事象は説明がつかないが、彼に()()()()()のは間違いなく私なのだ。最期を看取ろうと彼に触れた時――見間違いかもしれないが――私の掌から青白い光が漏れ出したのだ。何かが起きたのだとすれば、間違いなくその時しかないのである。


「ジャーニ、ジャーニっ。良かった、良かったよぉ」


 私は無様にもむせび泣いた。彼に強く抱擁して、暖かい血流をこの肌に感じ取り、本当に良かったと、心の芯から。


「お、おい。あの女、生きてるぞ」

「嘘だろ。あの衝撃の中、無事だったってのか」


 私がジャーニの無事を全身で喜んでいると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んで来た。喉に砂利でもへばり付いているかのような、しゃがれた耳障りな声。そしてそれを捉えた時、私は今日まで感じたことの無い憤怒いかりを心に覚えた。


「お前ら…………よくも」


 性格を表しているような歪んだ口元、ギラギラと照りつく欲にまみれた目、無駄に盛り上がった筋肉、ガリガリで干物の様な奴。揃いも揃って醜い面しやがって。


「よくもジャーニを傷つけたなッ!」


 先の事なんて考えていなかった。私はただ感情に任せて、奴らを殺してやろうと駆け出したのだ。

 まだ成人も迎えていない雑魚エルフが、四人の男と見えて敵うはずがない。そんなことは分かり切っている。でも、それでも私の怒りは、収まらなかったんだ。


「なんだこいつ」

「ははっ、ただの馬鹿だろ」


 私の眼前で卑しく嗤い合う男たち。あぁ、気持ち悪い。こいつらに触れられたのだと思うと吐き気がする。人間は優しい種族だと思っていたが故に、なおさら。


「切り捨てろ」

「おーう」


 一人の男が私の前に立ちはだかり、腰にいたロングソードをすらりと抜いた。だが、それでも私は構わず飛びついた。男の眼玉にこの親指を突き立ててやるために。けれど、理想で塗り固めた戦略なんて上手くいくはずもなく、私は男の剣をこの腹部に受け入れてしまった。


「――――っあぐ」

「何がしたかったんだよ、この雑魚は」


 冷たくて固い物質が、私のお腹かから引き抜かれる。

 けれど、私は一切の痛みを感じなかった。それどころか、貫かれた筈の腹部の傷を探してみるも、それはどこにも見当たらない。確かに突き刺された筈なのに、私の身体は健全そのものだったのだ。

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