表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/48

The Call of

「大丈夫だよジャーニ。私がついてるからね」


 森を迂回しようと進行方向を変えた時、臆病な性格ゆえなのかは分からないが、ジャーニが突如、何かに怯えるようにいななき始めた。私はそんな彼を落ち着かせるべく声を掛けてやるが、しかし声は届いておらず、馬車の速度はひたすらに上がり続ける。


「ジャーニ落ち着いて! いい子だから!」


 どれだけ手綱を引いてもジャーニは足を緩めない――――。このままでは荷物が崩れてしまう。


「どー! どー!」


 宥めようと必死に声を荒らげるも、ジャーニの耳はピクリとも動かない。乗馬していれば首を撫でることが出来るのだが、いかんせん暴れ馬を馬車から御すのは難しい。けれどこれでは不味いっ。この速度じゃ、荷台が横転してしまう。


「落ち着けジャーニッ、ちょっと!」


 すると、ここまでずっと真っ直ぐだった森の傍道に終わりが見えてきた――――曲がり角だ。このまま馬をカーブさせては不味い。これでは積み荷どころか、私とジャーニまで怪我をしてしまう。


「どうする。どうするっ」


 しかし結局この状況を打開する案は浮かばず、馬車はそのまま、非常に緩やかではあるが、それでも今のスピードでは危険であろう曲がり角に差し掛かかろうとしていた。私だけ飛び降りることも出来るが、今では空っぽになった革袋の重みが、それをさせてくれなかった。


「大丈夫。私はエルフだ。このくらいのカーブ、なんてことない」


 私は決断した。御者席からジャーニの背中に飛び移り、彼を直接制御して道を曲がってやると。

 そうして上下に激しく揺れる馬車から腰を浮かせ、飛ぶタイミングを見計らう。

 曲がり角まで残り数メートル。落ち着け。


「――――今だ」


 馬車の揺れが落ち着いた瞬間、私はありったけの力を足に集め、飛んだ。視線を下げれば、まるで濁流のように流れる道が見える。落ちて車輪に巻き込まれたら、ひとたまりも無いだろう――――。だが伸ばし切った私の手は、ジャーニの赤茶色の背中に触れた。


「よし!」


 ジャーニの馬具を握り締め、私はすぐさま彼の首筋を撫でてやった。


「イージー! イージー!」


 すると、ここまでの頑張りを神様が見てくれたのか、それともジャーニが私を感じてくれたからなのかは分からないが、馬車はひどく軋んではいるものの、なんとか角を曲がれるだけの速度にはなった。死ぬかもしれないという恐怖から、救いあげられたような気分だった。


 けれど、世界はそんな私たちに、優しくはしてくれなかった。


==========================


「…………あっ……ゕは」


 全身を杭で貫かれたような激しい痛みに目を覚ます。馬車の車輪が空回りする音と、苦しそうなジャーニのうめき声が聞こえてくる。

 あの時、何とかカーブを曲がり切った私達だったが、しかしその先に大木が倒れているとは知らずに、突如眼前にて現れた木の壁に、その速度のまま衝突してしまったのだ。


「ジャ…………ニ」


 痛い。痛い。痛い。

 全身の骨を砕かれたような苦痛。もしかしたら本当に砕けているのかもしれない。体に力が入らず、首を動かすこともままならない。


「お頭、結構入ってますぜ」

「そうか。これでしばらくは遊んで暮らせるな」


 すると知らない男たちの声が聞えてきた。そしてこの口ぶりからして、あの倒木は、この人たちが、切り倒したのだと気づく。私が、ここを通るのを知っていて。


「馬はどうしますか?」

「あぁ、足が折れてるな。使い物にならん。こいつも食い物にしよう」


 駄目…………だめ。彼に近づかないで。


「女は?」

「死にかけだ。上玉だが傷がついてちゃ売り物にもならんさ」

「おい待て。こいつ、エルフじゃないか?」

「なに?」


 声を聞く感じ、男の数は4人。私がエルフだという事に気が付くと、嫌な笑い声と共に近づいて来る。けれど、やつらの興味がジャーニから私に移ってくれたのは良かった。彼には、指一本たりとも触れさせたくはない。


「はぁー。勿体ないねえ」

「けどまあ、まだ生きてるんだ。乱暴にやらなければ壊れないだろう」

「だとしても、先ずは俺がいただく」


 思うように定まらない視界。まるで水中から眺めているかのように、男たちの顔がぼやけて見える。けれど、それは不幸中の幸いなのだろう。これから奴らに何をされようとも、その顔がこの目に映らない事は。


 そしてこんな状況ではあるが、一つだけ夢が叶った。穏やかな平原の直中で、あの星空を眺めるという夢が。いつものように鮮明に見ることは出来ないけど、やっぱり私は、夜の空が好きだ。


「くそ。結構着込んでやがる」

「何やってんすか。下だけ脱がせばいいでしょうに」

「うるせえ」


 出来ることなら、耳も壊れていて欲しかった。最期に望む星空は、せめて静かに。


「お、おい。なんだあれ!」

「あ?」

「空が、空が火を噴いてる」


 一人の男がそう言った。他の男たちは半ば信じていなかったが、しかし私にもその光は見えた。その他の輝きを遮るように、まるで自らの存在だけを知らしめるように燃ゆる星。


「本当だ。何だあれ?」

「こ、こっちに、向かってきてねえかッ」

「馬鹿言え、星が落ちてくるとでも言うのかよ」


 一人の男が呆れ顔でそう言ったが、しかし私は本で読んだことがあった。遥か昔、この世界に堕ちた星について。その本を書いた学者は結局、誰からも信じてもらうことが出来ず晩年を迎えたそうだが、けれど私は、長く心の中で想い続けていた。そして願ったんだ。いつかあの星々に触れてみたいと。


「おい。マジで落ちてきてないか?」

「投石器だろ…………?」

「戦争してんじゃないんだぞ! 投石器なわけあるかよッ!」

「と、とにかく逃げるぞ!」


 赤く燃える火の玉は、その色を美しいブルーにしてこちらに迫って来る。随分と遠い所から来たようだけど、一体どれだけの時間をかけてここに辿り着いたのか。いや、それよりも、あの星がこのまま私の所にまで降って来てくれたのなら、私はきっと、あの美しい光に包まれて死ねるのだろう。――――この荒んだ人生の幕斬りに、私の夢は叶うのだ。


「…………あ……あぁ…………なんて、綺麗なの」


 けれど惜しい事に、先ほどまで遥か上空にて輝いていた星は、突如その煌めきを消してしまった。


 そしてその瞬間、私の額に()()()()()()


「Ah ! Vous きら staring C'est 煌 Twinkle ciel Clignotant 星よ Tout le monde 夜空 Paillettes Hikaru C'est une étoile dans le you are!

天上放 Papa veut que je raisonne,一閃一閃 АБВГ光る Moi, je dis que les bonbons 掛在天上 How I wonder Valent mieux ПРСТУФ 滿天都是 Ce qui cause お母さん tourment.Bruder Jakob, Bruder Jakob.好像許 はるかかなたの Hörst du nicht Valent mieux que la raison.ittai Ding dang dong」


「あ゛ッあ゛あ゛ッあ゛ッあ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」


――この放――は――where――planes killed nearly――我が国は――状態に――was a flight――不会引发海啸――you――hear me? Können Sie mich hören? Heyrir þú í mér? 你能听到我吗?


――聞こえるか?


 否が応でも頭に割り込んでくる情報。その大半は理解の出来る物では無かったが、しかし聞き取れる言葉も僅かに存在する。眩いばかりの世界と、幾本もの光の筋。そして、私の大好きな満天の星空。


「…………え?」


 気が付いた時、私は平原の上で仰向けになっており、ただただ壮麗な光たちを眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ