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エルダの村②

「よしと。これで魔物から襲われる心配はなくなったよ」

「ほんとっ?」

「うん。私が無事に帰って来られるのは、ソフィーのお陰だね」


 そう言って彼女の小さな頭を撫でてやると、ソフィアは何とも嬉しそうに「えへへ」と笑みを零した。私にとって村の皆は大切だが、しかしそれ以上に、この小さな少女と馬のジャーニは尊い存在だ。だから私が彼女たちを、あの醜悪なオーク共から、飢えから、守らなければならない。


「じゃあ行ってくるね」

「……うん。いってらっしゃい」


 護身用として作った弓矢を荷台に積み、そしてジャーニの手綱を取って御者台に座ったとき、ソフィアはその美しい金の髪を垂らして呟いた。だから私は、そんな不安げな顔をする彼女に安心を与えるべく、こう言ってやる。


「美味しい食べ物たくさん買って来るから、そんな顔しない」

「うん」


 しかし悲しいかな、彼女にとっての憂いとは、そんな言葉だけで晴らせるほど薄いものではなかった。まだ昼前ではあるが、魔物と遭遇しないという保証は無い。ソフィアは小さいながらにして、独りで|フィールド(危険領域)に出ることがどれだけ危険なことかを知っていたのだ。故に私は安心し、そして自分に対する危険性について改めて思い知らされた。


 そうして馬車に乗って厩舎を出ると、木製の塀に囲われたこの村の、ただ一つフィールドに出ることが出来る門の方に、私を見送ろうとする数人の村人が見えた。毎度のことではあるが、私は彼らの前に馬車を止めて口元を綻ばせる。


「ごめんね、あなた一人で行かせてしまって」

「大丈夫だよ母さん。それに長老も、私はもう子供ではないんですから、見送りはいいですよ」

「何を言うか。ワシらから見れば、お主はまだまだ子供じゃて」


 全くだ。私は何時から、自分を一人前だと思うようになったのだろう。

 そして腰の曲がった長老は、もそもそと懐からある物を取り出す。


「それとマチルダや。これは皆で出し合ったお金じゃ。お前一人に頼ってしまい、いと情けないものではあるが」

「ううん。私は大丈夫だから、そんなこと言わないでください」


 この村の長老であるセムドリックに手渡された革袋は、いつの時代に作られた物なのかは分からないが、本来持つはずの光沢は失われ、ざらざらとした手触りの悪い年代物だ。しかし中には大量の金銀が入っており、ずっしりとした重みが掌にのしかかる。つまりはこの重さなのだ。


「魔除けの呪文は?」

「うん。いつも通り、お願いしようかな」


 長老の奥さんであるイワンダは、昔は超が付くほどの美人だったらしく、今ではヨボヨボのセムドリックとは違って、120歳を超えた今でも若々しさ感じるほどだ。

 

 そして彼女はエルフ族には珍しい魔法使いであり、優秀な魔導士が通うとされる国立魔法学園、ルーテルフォードを卒業した秀才でもある。今では魔力の低下から簡単な魔法しか使えないというが、それでも私は、彼女の魔法にはかなりの信頼を寄せていた。


「ほんと、マチルダはベロニカとは違って、素直ないい子だね」

「イ、イワンダさん、子供の前でやめてください。それにもう昔の話ですし」

「ふふふ。それもそうね」


 そう言って笑い合う二人だが、その昔、お母さんとイワンダは仲が悪かった。根っからの戦士だった母は魔術を嫌い、そしてイワンダは、そんな母を敬遠していた。だがオーク強襲の一件で負傷した母を、イワンダが回復呪文で治療した事がきっかけで、母はいつしか彼女に心を開いていったのだ。それはもう、今じゃ食卓に招待し合うほどにまで。


「それはそうと、いつになったらお呪いを掛けてくれるんですか?」

「あらごめんなさい、私ったら」


 二人の会話をあまり邪魔したくは無いが、しかし時間も無いので、少しだけ呆れた笑みを浮かべて急かしてやると、イワンダさんは片手を頬に添えながら上品に笑った。そして次に彼女は左手を私に、右手を馬のジャーニにかざして柔らかく笑む。


「それじゃあ、行くわよ」

「はい。お願いします」

 

 彼女の呼び掛けに頷くと、魔法を発動させるための詠唱が始まった。普段の陽気なイワンダからは感じない気迫。小川を流れるせせらぎの様に心地の善い声。まるで心が洗われるような美しさに、つい聞き入ってしまう。


「子が道行く先に光あれ、その光をもって闇を照らし、混沌に作られし安楽へと導け」


 そうして詠唱が終わり、遂にイワンダの魔法が唱えられる。


「【サルナ・アライズ(太陽は昇る)】」


 その瞬間、曇天を縫って現れた光の筋が木漏れ日のように私達の周囲を暖かく照らし、それはまるで光のドレスを纏っているようであり、私の心に絶大なる安心感を与えてくれた。


「ありがとうございます。イワンダさん」

「さぁ、後はのんびりと市場を楽しんでおいで」

「気を付けるのよ。マチルダ」

「うん。それじゃあ、行ってきます!」


 そうして私は彼女らに見守られながら、手綱を取ってジャーニを歩かせた。

 だが、その時の私は思いもしなかった。この見慣れたはずの道の先で、一瞬にして人生を変えてしまうほどの出来事が待ち構えているなんてことは。

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