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エルダの村

 ドラゴンの時代が終わり、そして統一の時代が始まって300年。竜の支配から脱却した世界は資源に溢れ、豊かになった。それはもちろん、私が住む国も同じだ。


 沢山の大陸がスイレンのように浮かぶ大海原の、その遥か西方の大地。世界で三番目の大きさを誇るこのサウ・アメノ大陸の中でも、さらに端っこに位置する小国がウラ・シアナ教国だ。それこそが私の産まれた国であり、恵まれた時代にあやかる一つの国であることに違いはない。


 けれど、私の住む村は貧しかった。ここから随分と遠い隣の村も、そのさらに隣の村でも、この時期は収穫祭というだけあって楽し気なムードで満ち満ちているというのに、今日も私の村では、誰かがお腹の虫を鳴かせている。


「マチルダ」

「なに?」


 少し鉛色の空が広がる朝方。良く肥えた畑のなかで色の悪い野菜を捥いでいると、母が手に付着した泥土を布で拭き取りながら、私の名を呼んだ。


 母の髪は私と同じ黄金色で、身長は高く、恐らく180センチ以上はある。そして、その恵まれた体格もあってか、昔はこの村の誰よりも強い戦士であった。


「今日は収穫祭で市場も安いから、隣の村まで小麦粉を買いに行ってくれる?」

「…………今日も一人なのね」

「そう言わないで」


 数年前は、この時期になるといつも母と一緒に買い出しに行っていた。そして、その時間がたまらなく好きだった――――。しかしある日、あの山の向こう、寒冷地コップロフトから、突如オークがこの村に襲来した。弓使いだった母は奴らに応戦したが、その際、その凶刃を足に受けてしまい、母は体の自由が利かなくなった。


 そう。私たちの村が貧しいそもそもの理由は、ある日を境に国境を超えてやって来るようになったオーク共のせい。国と国の狭間に位置する村にしては規模が小さいと言うのも一つの理由に挙げられるが、第一の原因は、このエルフの村に戦える者がいないことだ。奴らはそんな私たちの弱みに目を付けて、野畑に色が付き始めると、毎日毎日、家畜や食料を奪っていく。


「返事は?」

「はいはい。分かったよ」


 負傷によって重心が片足に寄ってしまった母に向かって、私はため息を吐いた。お母さんは何も悪くない。ただ私は、何をすることも出来ず、ただ狼に襲われた羊のように食い荒らされる自分たちに、苛立ちが募っていたのである。


「この村で若いのはあなただけだから、みんな頼りにしてるのよ」

「分かってる。私にガッカリしてることもね」


 300年前、魔族を率いたドラゴンとの大戦において、著しい戦果を挙げた4つの種族。人間、龍人族、巨人族、そしてエルフ。私たちが武に明るい種族だという事は、歴史が裏付けている。でも私は、恥ずこと無く先祖たちに顔向け出来るような天賦、才能には恵まれなかった。挙句の果てには、私を庇った母に、一生の怪我を負わしてしまう始末。そして、その悔しさそれすらも、己の力には出来なかった。


「そんなこと言わないで。アナタは私の誇りなのよ」

「うん。そろそろ出るね、日が暮れる前には帰りたいから」

「…………ええ。気を付けてね」


 哀しそうに眉根を吊り上げた母の顔を見て、私の心は更に荒んだ。自分の無力さに対して、それを改善することも出来ず、愛する母にあたってしまう自分に対して――――。そうして終ぞ母を見ることが出来ずにいた私は、そのまま農具を片付け、隣村へ向かうための準備を始めた。


「ジャーニはいいよね。自分の役割を全う出来てるんだから」


 私は隣村へ行くための馬を撫でながら、そう口ずさんだ。

 ジャーニというのは栗毛の尻尾を三つ編みにしたオスの馬で、幼少のころから共に過ごし、一緒に走ってきた私の愛馬だ。人間が住む隣村は何十マイルと離れているため、彼はこの村にとって欠かせない存在なのである。


 だが村の皆で建てた小さな馬小屋は、雨風にさらされ続けてきたため劣化は激しく。そしてオーク共のせいで、今やジャーニだけがこの村に残った唯一の馬になってしまった。


「お姉ちゃん、魔除けのお守りは持った?」


 そうして私が荷車のロープをジャーニの馬具に繋いでいると、光が差し込む厩舎の窓から、まるで誰かから隠れているような小さな声が聞えてきた。


「あーっ、ソフィア、まーたサボってるなぁ?」

「しぃぃっ、声が大きいよ」


 今年で20歳になるソフィアは――人間の年齢に直せば10歳ほどだが――小麦色の髪に、ガラス細工のように澄んだ瞳をもつ女の子。


 彼女は、何やら泥だらけの植物を小さな手に持ちながら窓辺によじ登る。私が隣村に行くときは決まって、コソコソと窓から厩舎に入ってくるのだ。畑の仕事を疎かにしている事を誰にも悟られないように。


「それで、おサボり中のソフィアちゃんが、その手に持ってるのは何かな?」

「さ、サボってないもん。お姉ちゃんがとなりの村に行くって聞いたから、トコダダの根っこを持ってきたんだもん」


 トコダダというのは寒冷地にのみ群生する植物であり、この辺だとコップロフトまで行かないと採取は出来ない。そして、トコダダの根は魔物だけが嫌う匂いを放つことから、魔除けの木香とも呼ばれている。


「へーっ、私の為に採って来てくれたの?」

「うん! マチルダが無事に帰ってこられるように」

「ふふ。ありがとう」


 しかしコップロフトは何里も向こうの地方であり、この西ヴァリアではまず見かけることもないため、ソフィアが持っているのは何か別の植物であることは明白だった。それでも、ソフィアが私のためにと持ってきてくれた事が嬉しかったので、私は手ごろな麻糸をそれに結び付け、腰のポーチにぶら下げた。

のんびり書いていくので、のんびり読んで頂けると嬉しいです。

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