表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/48

聖ヴァリス騎士団

「ぁぐっ、あぁぁぁあッ」

「やめてマチルダ!」

「しっかりお止め! これでは抜けてしまうわ!」


 あれだけ騒がしく降っていた羽矢の豪雨が、まるで嘘だったかのように静かに止んでいった。そんなおり、私は誰を貫くこともなく寂しく地に突き刺さった矢を見て、なんと憐れなものかと思った。


 あれらは人を殺すために生まれた道具だ。その役目を全うできないのなら、存在する価値は無い――――。だとすれば、いま私が引き抜いた血に染まるこの矢は、一体目的を達した勝者となるのだろうか。


「大丈夫…………なの?」

「うん。もう痛くもないよ」


 無様に転がっているあれらは今の私だ。故に目指すのもの。それは、自らの命を脅かしたというのに、それでも溜まらなく愛おしいこの一本の矢。今はまだ生きるための目的という高尚なものは無いけれど、私はこの矢を見習って、ただ真っ直ぐと翔んでゆきたい。いつか見えて来るだろう的を、確実に射抜けるように。


「それじゃあ、反撃だね」


 今では健全そのものとなった私を皿の様な目で見上げていたが彼女らだったが、しかし今の言葉に対しては険しい顔を作り、否定的な姿勢を見せる。


「反撃って…………敵が誰かも分からないのよ? それに、アナタを危険な目には遇わせられない」

「ベロニカの言う通りだわ。戦は私達や村の男に任せて、マチルダはソフィアと一緒に隠れてなさい」


 確かに、敵の正体も良く知らない内に戦いを挑むのは不利だ。それは元戦士だった母だからこそ分かっている事実。でも私は決めたのだ。もう決して迷わず、ひたすら一直線に進み続けると。


「私なら大丈夫だよ。だってここには熟練の魔法使いがいるし、なによりも頼りになる戦士がいるんだから」


 私がそう言うと、ポカンとしていた母の顔つきが一気に変わった。それを何と言えばいいのかは分からないが、例えるなら、抜かれた牙が再び生え揃ったドラゴンのような気立だ――――。しかし一方のイワンダは、僅かに嬉しそうな表情を浮かせるものの、どこか申し訳なさそうに目を伏せた。


「マチルダ。そう言って貰えるのは嬉しいけど、今の私に、それだけの魔力は無いわ」


 膝を畳んで小さく座り、どこか寂しそうな顔ばせで、今にも擦り切れそうなロープの如しか細い声で彼女は言う。昔は煌びやかなローブを肩にかけ、大きなとんがり帽子を頭に乗せていたのだろうが、今では色褪せたベージュ色のドレスに控えめな髪飾りのみ。その様はまさしく隠居した魔女そのものではあるが、しかし今だけは、現役に戻ってもらうほか無い。


「イワンダさん。少しだけおでこに触れてもいい?」

「おでこ?」

「うん。いいから」


 小首をかしげる彼女を気に留めず、私は雪が染みついたようなイワンダの白い前髪を持ち上げて、その奥に見える額に手を重ねた。歳ゆえに手触りは少しカサつくけど、それは今日までの彼女を表すための美しさでもある。もう百年以上も生きているのだから、その過去は私なんかでは到底理解しえない程の歴史に違いない。


 それじゃあ、一体どれだけ優秀な魔女だったのか、今からその全盛期を見せてもらおう。


「こ、これって…………」

「感じますか? それが、イワンダさんの魔力だよ」

「すごい。一体どうやって」

「それはまた後で説明する」


 私の身体を通して流れた宙のエネルギーが、歳を重ねるごとに低下していた彼女の魔力を助長させた。そうしてイワンダさんは、まじまじと食い入るように自らの身体を眺めながら、なんとも嬉々とした表情でこちらを見上げる。その様子から察するに、どうやら魔力の回復は成功したようだ――――。これで、手筈は整った。


「それじゃあ改めて、戦闘開始と行きましょう!」


==================

 

 寒冷地コップロフトと西ヴァリスを隔たる山脈の麓には、広大なヴァリス大平原がどこまでも広がっている。そして季節ごとに表情を変えるその野原は、夏になれば美しい新緑が大地を覆い、冬にはてらてらと眩しい白雪に覆われる。だが、今現在それを覆い尽くしているのは、総勢200人以上からなる一個中隊であった。


「隊長、第三射の用意は完了しております」


 一角獣を模した馬鎧バーディングの馬に跨る、それまた白金が美しい甲冑に身を包む女騎士が、中隊の最奥にて同じく騎乗した一人の騎士に淡々とした声音で報告する。その二人の騎士はフルフェイスの兜によって素顔は窺えないが、しかし纏う純白の甲冑はその他の兵とは違い、不死鳥の紅い羽根に碧いマントと、目が痛くなるほどの煌びやかな装飾が大げさな程に飾り付けられている。


「よし。お前の好きなタイミングで撃て」

「はッ。心得ました!」


 そして男が気怠そうな調子で指示を出す。すると女は肘を直角に曲げ、指先にまで力を入れて綺麗な水平を作ると、それを胸の前にかざし、如何にも真面目という言葉が似合う声量でウラ・シアナ教国独自の敬礼をして見せた――――。だが男は、そんな彼女の仰々しさを横目に、深い溜め息を兜の中に留める。


(いやはや。相変わらず真面目だこと。こんな仕事ジョブ、適当にやればいいのに)


 心の中で愚痴を吐く男だが、しかしそれに気付かない女騎士は、ただひたむきに任務の遂行を目指す。


「我ら祖霊なる蒼穹に祝福を与えんと。さらば我が心に応えて顕現せし。我らに仇なす盲目に光を。我、現世に解く。その御心のままに」


 女は右手を胸に添え、紅魔玉ルビスと呼ばれる宝石が埋め込まれたつるぎを斜めに空へと掲げ、まるで祈りを捧げるように呟いた。すると大地は燃えるような朱色に発光し、まるで草花が群生するように幾百もの光体がそこから産み出される。さらにそれらはそれぞれが人の形を成していき、ついには弓兵の偶像を形作って天空へと矢を引き絞った。


「【降りこめる光よプット・ディサンドレ】」


 そうして魔術が唱えられた瞬間、無から産まれた|弓兵(光体)たちが一斉に矢を放つ。さすれば赫々たる光の筋が夜空を埋め尽くすが、しかしそれ自体にはおしなべて殺傷能力が無かった。まるで火矢のようにも見えるそれは只の光であり、何かに損傷を与えるほどの威力を持ち合わせてはいない――――。だが、彼女の魔法はそれが最後ではない。


「【発現せよレヴェレーション】」

 

 ここで女がようやく面を上げ、まだ最中であった呪文のエピローグを述べると、はや頂点に差し掛かっていた光は輝きを消し、崇高なる姿から無機質な物体へと性質を変えた。そして、その矢の数はまさしく、一つの町ですら平らげてしまうほどの大量。


「ひょー。流石は鬼の副官殿だ」

「ありゃあ、()()()はひと溜まりもねーんじゃねえか?」


 部隊の後方に配備された騎馬兵の中からいくつもの声が挙がる。彼らは、まるで一個旅団から放たれたような夥しさに戦慄し、そして歓喜した。歩兵と騎兵のみで構成される部隊ではあるが、しかし血なまぐさい白刃戦を避け、さらには一滴の血も流さずに任を全うできるのだと。


「あの、あれって魔法ですよね。クリース卿って、魔術師だったんですね」


 兜のフェイスガードを押し上げ、薄いブルーの目を丸くしたうら若い金髪の青年が男たちに問う。


「あぁ、ルイスは知らねーのか」

「まあ新入りだからな。知らないのも無理はないさ」

「彼女は一体、どんな人なんですか?」


 男たちはルイスを馬鹿にするでもなく、かといって積極的という様子も見せず、ただただ淡泊にクリースと呼ばれる騎士、もとい魔導士についての説明を始める。


「俺たちもよくは知らんが、クリース卿は、隊長のヴァリス卿が雇った元傭兵だと聞く」

「へ、平民だったんですかっ?」


 思わず声量を上げてしまったルイスは、まるで禁句でも口にしてしまったかのような表情で口をつぐむ。しかし男たちからそういった様子は見られず、どこかあっけらかんとする彼らにルイスは安堵のため息を吐いた。


「なーに。気にすることは無いさ。当人でさえ、意に介していないご様子だしな」

「あれだけの実力者だ。そういうコンプレックスは無いんだろ」

「まあ羨ましいもんさね。御家おいえの事を考えなくてもいいってのは」


 話題を生み出したルイスを置き去りに、男たちは身勝手に話を進めていく。それは最早、愚痴と言っても過言ではないくらいに、当のルイスでさえ思いもしなかった方向へと流れてゆく。そして、暇つぶしの様な会話も盛り上がりを見せ始め、タガが外れた一人の男が、酒の肴にでもするかのような声音言う。


「ただな。今じゃ元傭兵ってのが濃厚な説だけど、そのルーツは没落貴族だって噂もあるらしいぜ」

「おいおい。マジかよ」

「ああ。何でも領地紛争に負けた名家だとかで…………」

「――――そこ! 私語は慎め!」


 もはや戦場らしからぬ空気感が漂い始めたおり、耳を引き千切るかのような怒号が一つ飛んできた。それには流石の男たちも肩をすくめ、それまで微塵の緊迫感も見せなかった姿勢はまるで嘘だったかのように、彼らは馬上にて背筋を伸ばした。

 

「やれやれ。人手が欲しかったとは言え、連れて来るんじゃなかったなぁ」


 簡単な仕事であるにも関わらず、まるで国同士の戦争でもしているかのような彼女の気立てに、隊長である男は小さくため息を吐いた。


 中隊を率い盗賊狩りに来たヴァリス伯爵は、本来であれば自らが赴く必要のない仕事ではあるが、先ほどまで雑談に花を咲かせていた兵士たちのように、ただ暇つぶしがてら馬を走らせただけであった。そして面倒な仕事を任せようと連れてきたのが、副官でもあるクラリス・クリース子爵と、彼女が保有する練度の高い兵士たち。付け足して言えば、彼自身が行軍させた兵士はたった数騎の騎兵のみであった。


「おーい、クラリスやー。もう突撃でいいんじゃないかー?」

「なりませぬ! 腐ってもこれは戦にございます。斯様なご油断が、作戦の失敗に繋がると言っても過言ではありませぬのですぞ」


(あーあ。熱すぎて付いてけねえよもう)


 ヴァリス伯爵、もといノエルは第四射の準備を進めるクラリスに辟易し、ぽきぽきと首の骨を鳴らして嘆息を吐いた――――。斯くして、いくら安全圏からの曲射とはいえ、何の手応えも無いのでは埒が明かないと判断し、ノエルは遂に自ら指揮を執り始める。


「クラリス。そろそろ兵を進めるから、三人ほど斥候を出せ」

「し、しかし…………っ」

「こりゃ命令だ。お前に拒否権は無い」


 規律に厳しい軍隊であるからこそ、さらに爵位も上位となれば尚更、機械仕掛けのように生真面目な性格のクラリスは従うほかなかった。そうしてクラリスは面白くなさそうに返事をすると、ノエルの指示通り敵地への偵察に行かせる兵士の抜擢を始める――――。それがもう、必要ない事であるなどつゆ程も知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ