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春日悠太は困惑していた。
「灯さん。あの夜以来久しぶりに会ったんだから食事でも如何っすか!」
後ろを歩く人物が口説いてくる現状に。
しかも、無視して歩いてるのに、しつこく話しかけてくる。
悠太がこの男と出会ったのは先程のこと。
身なりを綺麗に整えたサラリーマン風の男。営業の途中だろうか。
ただすれ違う通行人同士、悠太も特に視界にいれることなくすれ違ったのだが男の方は違ったようだ。
悠太の顔を見るなり通話を切り、ずっとこの調子で後ろを着いて来ている。
「最近出来たいい店知ってるんすよ!俺が奮発するんでどうすか!お連れさん達も一緒に」
無視しても無視しても話しかけてくる。
母と間違えて話しかけて来ているのだから、母の知り合いなのだろう。
だが、悠太はこの男に見覚えがなく、口調が軽い。それに先程から聞いていると、あの夜などと宣う。
どうやら男は母と親密なようで、嫌な気持ちになった。
――――母さんが浮気するわけねえけど、こいつはいったい誰なの?
警戒心をMAXにして絶対目を合わさず、苛立っている雰囲気をこれでもかと言うほど顔に出す。
嫌われたって構わない。母に寄り付く虫は私が食止める。その一心だった。
「沙織さん。伏見さん呼べないですか?」
喧嘩をすれば絶対に勝てる相手だが、隣に女性が2人いるため事を荒立てたくない悠太は、沙織に助けを求めた。
だが、春日灯の口から出たと思い込んでいる伏見の名前に、男の方が先に反応を示す。
「え!!伏見ってあの伏見っすか!!灯さん和解したんすね!ま、俺たちもいい大人っすからね!って事は隣のお嬢さんは山本組のお嬢さんすか。いつもこの街の平和を守って下さりあざっす!」
後頭部に手で掻きながら感謝の言葉を言う男に、悠太は足を止めた。
「あなた、もしかして紅蓮の?」
出したのは母が特攻隊長を務めていたらしい暴走族の名前だ。
「ええ!忘れてたんすか!?あの伝説の夜以来ずっとあってなかったからって酷いっすよ」
「違う違う。私は娘で灯はお母さんなんです」
相手の素性がある程度読めた悠太は、安心してようやく身元を明かした。
「ええ!娘さん!?そっかー。俺たちももうお嬢さんくらいの年齢の子供が居てもおかしくない年齢だもんなぁ」
ふんふんと納得する男。納得したならと沙織と麗奈を伴って歩き出す悠太。
「ちょちょちょ!ちょっと待って!」
男が灯に用があったとしても、悠太は男に用はない。




