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悠太は麗奈の目が開くと、慌てて指先を唇から遠ざけた。
「ご、ごめん!!!!」
謝る彼に、少しイタズラをしたくなった麗奈は、彼に謝るべきなのは自分だと言うことも忘れ怒ったフリをし、ソファーから立ち上がると彼から離れた。
見る見るうちに悠太の眉が八の字に下がっていく。
「出来心だったんだ……ほんとごめん」
麗奈が悠太に対して怒りを見せた事は数える程しかない。
優しい彼は基本的に麗奈の嫌がることはしないから当然の事だ。
その怒りだって彼元来の優しい性格から来る、自分の命を投げ出してまで人助けをする悠太。
そんな彼に不満を抱いた麗奈が『約束』と言う言葉を用いて、もっと自分を大切にするよう言い聞かせただけだった。
自分が怒ったから悠太が悲しんでいる。麗奈の心に嗜虐心が沸いてきた。
麗奈は彼から顔を背けて腕組。怒っているアピールだ。
悠太はそんな麗奈の姿を見て『麗奈に嫌われたかもしれない』と思うが否や、涙腺が緩みだし瞳を潤ませて悲しんだ。
ポロポロと悠太の頬を伝って涙が止めどなくこぼれ落ちる。悠太自身も止めようと目元に力を入れるが、涙は止まることなくこぼれ落ちる。
感情に自制が効かない。悠太は自分の身に起こった変化に気付かず、ただただこぼれ落ちる涙を堪えることが出来ずにいる。
「麗奈ぁ……ごめんなさい」
それでも許しを得ようと、目の前でそっぽを向いている彼女に声を震わせ、嗚咽混じりに謝った。
悠太の声を聞いた麗奈が慌てて悠太に向き直った。
「ごめ、ね、ほんと、ごめ、ん、なさぃ」
やっと顔を見せてくれた同居人に謝る。彼が持っているプライドや恥も投げ捨て、喧嘩した友達に許してもらおうとする子供のように大粒の涙を流して。
『冗談!冗談なの(;´・ω・)』
麗奈は驚いた。少し可愛い反応を見せてくれるだろうと期待をしていたら予想外に大泣きしている悠太を見て。
「……冗談なの?」
悠太の問いに麗奈は頷いて答えた。
「……良かったぁ。嫌われたかと思ったぁ」
頷いた時点で優太は上目遣いで彼女を見つめていた。それだけでも彼女の心は限界寸前を迎える。
この湧き上がる気持ちはなんだろうか。と麗奈はドキドキと高なる心臓の鼓動に胸に手を当てた。
次の瞬間だ。悠太が涙を拭いながら、心底安堵したように、ふにゃりと柔らかな笑みを麗奈に向けた。
麗奈は居てもたってもいられず、悠太の体を力いっぱい抱きしめた。
悠太が見た目だけではなく、本当の女の子みたいになってる。麗奈は思い、ここでようやく重要なことを思い出す。
これは、夢じゃ、なかった……。
『悠太、心して聞いて欲しいの(;´・ω・)』
「……なぁに?」
『何があっても怒らないって約束して?』
「うん」
バレたら立場が逆転するどころか本気で嫌われる可能性がある。そう思った麗奈は打ち明けた時に怒られないよう予防線を張った。
悠太にとって約束は絶対だからだ。
『あのね、悠太……女の子になってる:(;゛゜'ω゜'):』
ホッとしたのも束の間。青天の霹靂と言ったら良いのだろうか。
現実的にそんな事が起きるはずはない。だけど自分の感情の昂り方。止まらない涙。
感受性が弱い方では無いが、いつもより乱れやすい感情の波に、悠太は麗奈の言う事を信じずには居られなかった。
悠太は恐る恐る自分の胸に手を当てた。
そこにはあるはずの無い柔らかな感触が。悠太は3秒ほど固まり、それから下半身に手を伸ばす。あるはずのモノが無い。
「なんでええええええええ!?」
悠太が叫ぶ。頭は真っ白。何も考えられない。
茫然自失に陥った悠太を、麗奈は黙ったまま見つめていた。
悠太が女の子になったならお風呂も一緒に入ってくれるよね。トイレについて行くのも不自然じゃない。私はノーマルだけど、悠太となら百合もいいかも。