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 春日灯が襲来したのは、それから8時間後の事だった。

 時刻は14時、外はこの日で最高潮に暑い。熱が籠ったアスファルトの上ではミミズが干からび、セミはこの暑さにやられたのか声量が少し弱い。

 そんな灼熱の中を春日灯はなんとも涼しそうな顔で春日家を訪れていた。


 白いワンピースに薄紅色のカーディガン、日除けの帽子を被り、玄関前にて、涼しい顔とは裏腹に、長らく会っていなかった娘と息子に会えるワクワク感に胸に抱いている。

 半年。息子に至っては離れ離れになる前だってまともに顔を見たのは数度程度。



 娘から逐一情報は入ってきていた。

 どうやら最近では笑顔も見せてくれるようになったらしい。



 ――また、私にも笑顔を向けてくれるかな。

 調子も落ち着いてきたらしいから、会いたくなって来てみた。と言った感じだ。


 だが、灯はインターフォンに指をかけたまま、しばらく動かない。


 ――また、手を振りほどかれたらどうしよう。


 半年前、彼に差し伸べた手を振り払われた時の記憶が蘇った。

 愛してやまない息子。葉月が亡くなった時からグレてしまい夜の街へと飛び出していった。

 自分だって若い頃は暴走族に所属していたが、グレるベクトルが違う。

 息子はやり場のない怒りを向ける先に暴力を選んでしまった。このままでは破滅を迎えてしまう。旦那は言った。

 葉月が亡くなった街で前を向けるように、2人暮らしをすると娘は言った。


 彼女としては、是が非でも、自分の手で息子を止めたかった。けれど。


『離してくれよ!親父も、母さんももううんざりなんだよ!』


 それはそうだ。手を差し伸べるには遅すぎた。日頃から夜遊びはやめるよう息子に言い聞かせてはいたものの。姉を失ってショックが大きいからと好きにさせすぎた。


 灯だって愛娘を失って息子の言う事に怒りを覚えなかった訳では無い。けれども、胸が痛くなるほど、息子が心配で仕方なかった。


 また、半年も放って置いて、咎められるような事があったらどうしよう。そんな焦燥感が彼女の心を締め付ける。

 


――いけないいけない。抱きしめて、頭を撫でて、頬にキスをして、大好きって言うのよ。んふ。


 母としてここに来たのだ。息子が抵抗しようと、自分の気持ちを伝えればいい。そう、悪い考えを振り払って、灯は気持ちを取り直してインターフォンを押した。


 ピンポンと電子音がなって、通話状態を示すように、プツリと音が鳴った。

「お、お母さんだけど」


 数秒ほどの沈黙が続いて、中からの返答がない。どころか、インターフォンは通話状態の終わりを示す音が鳴った。


 ――き、きられた。嫌われてる?


 灯はショックで動けなかった。

 紅蓮の魔女と呼ばれ、恐れられたレディースの総長の片割れが見る影もなく、インターフォンの前で固まっていた。


 しばらくすると、玄関の扉が空いた。


「な、なんだぁ、嫌われてる訳じゃないのね!会いたかったわよ!」


 灯は玄関の扉を開けた人物を確認する前に、目の前の人物に抱きついた。


 

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