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春日悠太はその日朝早く目を覚ました。寝室のカーテンを開けて、日曜日の朝の日差しを浴びながら、グッと体を伸ばした。
姉と、友人はまだ眠っている。寝起きの良い同居人だけがベッドサイドに座り、無表情な顔で悠太を見つめている。
「寝たら戻るかもーって思ったけどそんなこと無かったね」
仮説が1つ崩れ去ったところで、彼は全く気にしていなかった。
彼の同居人も同じようで、こくりと頷いた。
寝たら性別が元に戻るなんて、簡単な仮説は最初からあてにしていなかったのである。
「おはよー麗奈」
「……ぉぁょ」
ほとんど口パクのか細い声で返ってきた。それに対して悠太はニコッと笑う。
「今日戻れなかったらどうしよっか。明日の学校」
挨拶を済ませて、彼が問いかけると、ベッドサイドに置いてあったスマートフォンを麗奈が手に取って文章を打ち込み始めた。
『サラシを巻いてみる?』
「このFカップに?苦しそうだけど、それしかないのかな」
平になるまでサラシを巻いた胸はきっと息が詰まる。そう思った悠太は、他の方法を考えてみた。
「いっそそのまま行ってみるとか。案外誰も気づかないかも」
『駄目』
「でも休む訳にはいかないよ?一日でも休んだら留年になっちゃうもん」
転入早々、幼なじみの友人を救うために、戦い、骨折をして、入院した。
彼は、蓮の恩師である理事長の温情で、この先1年間休まず学校に登校することで、留年は勘弁してもらえる事になっている。
しかも、彼は菜月に養ってもらっている上に、麗奈の生活費も彼女に出してもらっている。
根が真面目な彼は、留年を選ぶなんて選択肢をはなから残しておらず、何があっても学校にはいくつもりだった。
彼には何としても進学したい理由がもうひとつある。
『悠太が留年したらお姉さんと同級生になれなくなる〈`ϖ ´; 〉』
「麗奈は留年確定だもんね」
同居人の留年が、新学期早々に確定しているからだ。
『後悔はしてないよ。君と卒業まで一緒にいられる( *¯ ꒳¯*)』
「んふ。琥珀さんが1人になっちゃうけどいいの?」
片桐琥珀は人との接触を避けてきた麗奈にとって、唯一の、同級生の友達だ。
武道の達人で、悠太とも面識がある。
『琥珀も留年したら良いのにね』
悠太はズレた発言をした麗奈に、ずっこけた。
「普通はなんの理由もなく留年なんてしないんだよ?」
『でも、お姉さんと一緒にいられるよ』
「んー。そう言われると、さもありかのように聞こえるけど、やっぱ麗奈が特別だよ」
『君は嬉しくなかった?』
「嬉しいよ。聞いた時は心配したけどね。同じクラスだといいね」
『うん』
「じゃなくて明日どうするかだよ。明日行けなきゃ私来年も後輩になっちゃうんだよ」




