56頁
『お姉さんは卑怯だから、わかったから言わないとと、思って』
「いいよ。未遂なんだから」
『悠太は良くても私は、みんなを裏切った』
「未遂だから。それでもお姉さんは君を許すよ。なんてね」
『真似して茶化さないでよ』
「いつも自分勝手に俺を振り回してきた癖して、随分と、くだらないことで悩むんだな。意識しないと難しいね。これ」
悠太がケラケラ笑うと麗奈が肩をワナワナ震わせている。
『そう思ってたんだね。ごめんなさい』
「自分勝手に振り回して、自分勝手に暴露して俺から麗奈を奪うお前の性格は最悪だぞ」
『分かってるよ』
「分かってないね。卑怯な手を使っても俺が欲しかったのに、何故手放すような真似をしようとした?」
『私だって離れたくないよ!でも、君を心から思う人達と比べて私のやった事はあまりに度が過ぎてる』
「だから手放すって?全部お前の考えじゃん。誰かがお前にそんな事を求めたのか?違うだろ。少なくとも俺はそんなこと求めちゃいねえ」
『でも、私、』
「俺の為に俺の傍に居ろ。約束だろうが。1回失敗したくらいで俺の傍を離れようとするなよ。俺はお前が居ないと駄目なんだ」
麗奈がそこまで打ち込んだところで、悠太は追撃した。
麗奈からどんな反応が帰ってくるか分からない。
それでも、何も着飾ることのない。男としての春日悠太の言葉はぶつけた。
悠太は俄然俯いて、こちらを見ようともしない、同居人の眼前まで顔を近づけた。
悠太の方が遥かに身長が低いので見上げる形で、同居人と目が合った。
「麗奈がどんなに自分のした事が最低だと思っていても、私は麗奈を受け入れるよ。麗奈もそうしてくれたじゃん」
口調を意識することをやめて、言った。
『ごめんね』
「いいよ」
主語のない謝罪に対して、悠太は考えることなく、受け入れた。
『らしくないね。私』
「まず一人称が違うよ。お姉さんでしょ?お姉さん」
『何がお姉さんなんだろ。子供みたいな独占欲で君に迷惑かけてばかりじゃない?』
「それ言っちゃう?好きな人に独占欲発揮されて嬉しくない男いると思う?しかも麗奈みたいな美人さんだよ?」
『確かに私は綺麗だけど、重たくない?付き合って無いんだよ?』
「むしろ心地良いね。麗奈は私がどれほど重たい男か知らないからそんな事言えるんだよ」
『悠太が重い?言葉にしてくれないと分からない』
「んふ。私は素直じゃないからね。雪兄と麗奈が話してるとイライラするよ」
『有り得ない有り得ない。ノンデリは無理だよ』
「そもそも麗奈は男性恐怖症だから、私以外は触れられないもんね。だけど、雪兄って大人の男。とは言い難いけど、頼れる兄貴って雰囲気あるじゃん?」
『うん』
「だからもしかしたらがあるかなって思うと、最初の頃は少し嫉妬しちゃった」
悠太はてへっと、幼なじみの真似事をしながら、舌を出す。
『その頃の君がお姉さんを信用してないからだよ』
「お互い様でしょ?麗奈だってお姉さんの男の娘だからって周りに言ってたじゃん」
『ぐぬぬ(´◉ᾥ◉`)』
「後ね。私が沙織さんに撃ち殺されかけた時。泣いてくれたの。内心凄く嬉しかったよ」
『性格悪い』
「これもお互い様だね。麗奈だって私がどこまで言うこと聞いてくれるか。どこまでやったら怒るか。試してる時あるでしょ?」
『……Ҩ ( º_º )ソンナコトナイヨ』
「私にはわかるよ。麗奈は葉月お姉ちゃんに雰囲気が似てるからね」
『雰囲気だけで、思考は違うと思うんだけど』
「そうだね。じゃあ私が今女の子だからわかるの」
『どっちも取ってつけたような理由だね』
「実際理由なんてどうでもよくない?俺は麗奈が好き。だから麗奈の事なら何でも気になる」
『女の悠太は?』
「んふ。どうでしょう、麗奈は女の子状態の、私、好き?」
『どちらも悠太だから好きだよ』
「愛おも」
『お互い様でしょ』
「お互い様、だね」
――とりあえず。持ち直してくれたかな?
言い合いもとい、愛の確認もとい、意識の擦り合わせを終わらせた悠太は、皿洗いに戻る。
世話のやける同居人だ。先程とは打って変わって隣にべったりと寄り添う彼女に、やはり自分には麗奈が必要で、麗奈にも自分が必要だと、上機嫌で鼻歌を歌いながら、皿を1枚1枚丁寧に洗い上げていく。




