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ない。あるはずのものがない。トイレにまでついて行って少年の羞恥顔を見るのを日課にしている、毎日目にしてるものが無い。
思わず手を突っ込んでまさぐったが、どこを探しても見つからない。
代わりにモノがついていた場所には、柔らかい肉の溝が出来ている。
ズボンから手を抜きだして、麗奈は思考を張り巡らせた。
(なるほど、これは夢。悪い夢、目が覚めたらきっといつもの日常が始まる)
と言うのは過言で、考えることを一切放棄して悠太をソファーの奥に押し込み、その横に横たわると、いつもより柔らかくなった体の悠太を抱いて自身も目を瞑って眠りについた。
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ぼんやりと薄暗くなった自宅のリビングにあるソファーの上で麗奈に抱きしめられている春日悠太が目を覚ました。
眠っていた自分たちを照らしているのはテレビの明かりだけ、いつの間にか夜まで2人で寝ていた。
「そういえば熱が引いたような……つうかいつもより声が高くね?」
どうやら彼には麗奈が帰ってきて自分が熱っぽかった時の記憶が残っているようだ。
元々声変わりの時期にこれといった変化がなく、ハスキーで女の子っぽい声のまま成長した彼の声はいつもより数段高くなっていた。
風邪を引いて喉に炎症が起きたなら掠れた声になる筈なのに何故だと思いつつ、体調不良を理由に少し心が沈み気味になった悠太は麗奈の胸に耳を当てた。
これは彼がトラウマを抉られ、精神的に不安定になった時に絶大な信頼を寄せている麗奈が抱きしめて心音を聞かせてくれるからだ。こうすると悠太は落ち着きを取り戻す。
洗濯用洗剤と麗奈の体臭の混ざった、心地の良い香りを感じながら、彼は体調不良で揺れた自分の心が落ち着くのを待った。
「落ち着いてきたらトイレに行きたくなってきた」
そう呟いて彼は起き上がろうと身動ぎした。しかし麗奈の体が邪魔でおきあがれず、狭いソファーの上で麗奈の体を押したら彼女が転落してしまう。
仕方なく悠太は隣で眠っている麗奈を起こすことにした。
「麗奈、起きてくれ。トイレに行きたい」
悠太は麗奈に声を掛けると、彼女を気遣って優しく肩を叩いた。
普段は眠りが浅いのか、悠太が声を掛けると直ぐに起きてくれる彼女が今に限っては起きない。
肩がぴくりと反応しただけだった。
実の所麗奈はたぬき寝入りをしている。あれから寝入ることが出来ず、まだ現実を夢だと思っているようだ。
「麗奈……?珍しいな、眠りが深いのか?」
薄目を開けて悠太の様子を確認しようとした麗奈の顔に、ぺたぺたと彼の手が触れた。
長らく感情の浮き沈みが存在しなかった麗奈の顔は表情筋が硬くなっている。そんな彼女の表情筋を柔らかくほぐすように優しい手つきで頬の当たりを揉まれている。
きっと今、彼の視線は自分の顔に集中しているだろう。そう思うと麗奈は薄目を開けることが出来なかった。
「麗奈の顔、柔けぇ」
春日悠太は常に男らしくあろうとする。亡くなった姉を心底尊敬していて、少年曰く葉月姉ちゃんの教え、という姉が定めた厳しい教えに従い、強く生きている。
それでも真っ直ぐな姉とは真逆に小賢しく、搦手を駆使して生きている。
その彼が、寝ている自分に甘えるように自分の胸に耳を当てたり、顔を触ってきたり、起きている時なら余程の事がない限りこんな事はしない彼の行動に、麗奈はキュンキュンと心臓の音を高鳴らせた。
そして、彼の手が顔から離れたかと思うと、麗奈の唇に柔らかい何かが触れた。麗奈が目を見開く。