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菜月の充電が完了するまでの抱き合いが終わったところで沙織が問いかけた。
「んと、いつも通り私の可愛い弟だと思うけど、あ、でも、何となく今日はお母さんに雰囲気が似てるかも?」
「菜月ちゃんおいでーぎゅーしてあげる」
「わーそっくり!おかあさーん」
目の前で抱き合う姉弟をしながら沙織は思案する。
――この反応は天然ですか?それとも悠太くんが女の子になってしまった現実を受け入れられず見ないふりをしてます?後は悠太くん自身に興味がない?
3つ目はありえない。2つ目の理由だとするなら菜月が悠太を見てからの行動が、あまりにもナチュラルすぎる。
なら、菜月は天然。弟の性別が変わったことにも気付かないほどに。
「悠太ふかふかー。本当にお母さんみたい。今日だったら一緒にお風呂入ってくれそう」
「お姉ちゃんがそうしたいならいいよ?」
『お、お姉さんもーテテテ(((( ´・ω・`)』
「麗奈は駄目だよ?約束したでしょ?」
『……そんなorz』
2人のやり取りを見て、ふふふと笑う菜月、口に手を当てお上品に笑った後、笑顔のまま口を開いた。
「それでどうして悠太が女の子になっているの?」
春日家の団欒の空気が凍った瞬間だった。
沙織は菜月から鋭い圧力をピリピリと感じていた。
――終わった。
沙織は確信した。
菜月は、おちゃらけた空気で、誰も悠太が女の子に変わった事に触れない時点から、怒りのボルテージを上げ始めていたに違いない。
沙織はバッと頭を下げた。90度までしっかりと、ヌトリの店員時代に培った謝罪術だ。
「すみま」「あー。私が間違ってお薬飲んじゃっただけだから気にしなくて良いよ?」
謝罪をしようとした沙織に割り込んだのは悠太だ。
「薬?」
「そうそう。沙織さんの家でね。頭が痛くなっちゃったから薬箱を借りて、間違えた。頭痛薬だと思ったら性別が変わる薬だった」
間違えようのない失敗をでっち上げた。
「なんで自宅の薬箱に性別が変わる薬があるのよ。おかしいでしょ」
「沙織さんちだよ?それくらいあるでしょ」
沙織が聞いてても、悠太の言うことはめちゃくちゃで、菜月の疑問が真っ当だ。
だけども、悠太は、菜月の疑問を切って捨てた。
「そうね。沙織の家だったらそんな薬があってもおかしくないか!」
思うところはあるけれど、菜月が笑って納得してくれて、内心ほっと胸を撫で下ろした。
「すみません菜月さん……私の管理不足で〜」
「しょうがないよ。沙織の家だもんね」
笑顔で言われて、少し傷ついた沙織であった。




