46頁
沙織はギョッとして、発言を後悔した。
沙織を睨む悠太が、今から泣きますよと、大きなお目目いっぱいに涙を溜めて、白い頬を紅潮させて、下唇に力を込めていたからだ。
「す、すみま」「うっ、うぅ、麗奈は!そんなこと、しないもーん!!」
謝ろうとした時には、遅かった。悠太は沙織の言葉を否定して泣き始めた。
ぽろぽろと涙を流して泣く悠太に、麗奈と沙織はあたふた動き始めた。
「沙織、泣かすのはやりすぎだぞ」
「すみません。ちょっとほっといてください」
沙織はバツが悪そうに、襖を閉めて父の視線を遮った。
麗奈は妹に昔してあげたように悠太の頭を胸に抱く。
父の言う通りだ。女の体を楽しんでいると、彼は言ったが、女の子になりたての彼が、心の変化に上手く順応しきれているはずがない。
なのに、自分は言うに事欠いて、大人気なく彼と張り合ってしまった。
沙織は、悠太の真横まで来ると、床に膝をつき、続けて手を着いた。
「すみませんでした」
沙織は畳に頭をつけて、謝罪をした。
これで許して貰えるとは思っていない。彼がこんな形の謝罪をよく思わないかもしれない。だけども、こちらの最大限の謝罪を伝える形を取った。
「ううん。沙織さん、顔をあげて?私も急に泣いて、ごめんね」
少しの間、麗奈の胸を借りて泣き続けた悠太だったが、やっと話せるくらい落ち着いたところで言った。
「いいえ。悠太くんが謝ることじゃありません。私の落ち度です」
沙織が頭を床に着けたまま、そういうと、悠太は服の裾で涙を拭った。
「ううん。ちょっと張り合おうと思ってただけなのになんか、感情が昂っちゃってね?涙止まんなくなっちゃった。だから顔を上げてよ」
「ありがとうござ……ぁあ」
彼に言われて、渋々顔を上げた沙織は、悠太の顔に目を奪われて、感嘆の声を上げた。
ニンマリと作られた笑顔、泣いて赤くなった頬と目元、水分多めで光に輝く青い瞳。時折くしゅくしゅと鼻を啜るのもポイントが高い。
美少女の泣き止んだ顔。沙織には芸術品に見えた。
「やだなぁ、そんなに見ないでよ。泣き顔見られるなんておとこらしくないんだから」
「い、いえ。あまりに可愛らしかったもので……あ」
彼は可愛らしい。等と褒められるのを1番嫌う。その事を思い出した沙織は、言葉に詰まった。
「んふ。可愛いって言われて嬉しくなるなんて女の子みたいだね。あ、今は女の子だった」
沙織の杞憂だったようだ。
呑気に喜んでいるところを見ると、さして本人も気にしていないようだった。
「少しの間、女の子の体で我慢して貰えますか?戻し方は山本組が総力をあげて探しますので」
「良いですよー。あ、そだ。沙織さん、お願いしてもいいですか?」
「ええ、何でも仰ってください」
「じゃあ男になる薬を手配して貰って良いですか?」
「ああ!最悪の場合はそれを飲めばって事ですね〜」
「うん!麗奈と沙織さんがね」
「えっ!私たちがですか?」
だってー、と悠太は言って立ち上がった。
「私をこんなにした責任。取ってもらわないと、ね?」
『取る。すぐでもいい。沙織。男になる薬も探して』
「待ってください待ってください!まだ戻れないと決まった訳ではありませんし、女体化する媚薬だって、あれ、馬鹿にならない値段での上に、女体化自体たまたま見つかった副作用なんですよ」
本来そんな都合のいい薬は存在しないのだ。
「でも、なんでもしてくれるって、言ったよね?」
「わ、わかりました……探しておきます」
悠太の圧に気圧された沙織であった。




