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「いやーどこからどう見ても灯さんそっくりだな!」
沙織の部屋の外から山本大吾が言った。
本来ならこの場に存在することすら許せない大吾だが、悠太の慈悲で、ならせめて部屋の外ならと存在する事を許された。
いつの時代も年頃の娘は父親を遠ざけるらしい。この家族の場合は特別それが強いのだが、それは大吾の自業自得なので仕方がない。
「うるさいですよ?死にますか?」
「……しゃおりぃ」
このように、大吾が口を開けば、沙織は殺意を隠そうともしない。
「こほん。それで、その、あなたが悠太くんであってますか?」
沙織が、悠太に問いかけた。
普段は優雅さを残した間延びした口調を、短く切り、なんとも気まずそうな口調だ。
目の前でニコニコしている、金髪巨乳、低身長、顔そのまま。彼をそのまま女体化させたような女性が悠太である事は分かっている。
なんなら父が切り付けようとしていたのだから、確認するまでもない。
「んふ。悠太ですよ〜」
自らの罪を再確認する為の。謝罪の前にワンクッションを置くための。考えをまとめるための。無駄な質問だ。
答えを聞いた沙織は顔を真っ青にして、俯く。
沙織は悠太にとって、麗奈とは違う意味でブレない女性だ。
色んなことを知っていて、どんな困難な状況も、柔和な微笑を浮かべて、解決策を提案して力を貸してくれる。
腐女子な面があり、時折暴走してしまうものの、とても頼りになる存在。
互いに一蓮托生と言い切るほど、信頼感系で結ばれた関係。
そんな彼女の憔悴仕切った表情は初めてだった。
「ええっ!大丈夫ですか?」
だから悠太は、驚きを隠せなかった。
「私は大丈夫です。むしろ大丈夫じゃないのは……悠太くんと、言いますか」
沙織は言葉を詰まらせながら、何とか吐き出した。
「私?」
「随分可愛らしくなってしまわれたと言いますか」
「何言ってるんですか。沙織さんの差し金でしょ?」
「そ、そうなんですけどね。結果的には。でも、悠太くんに使うとは思わなかったんです」
「なるほど!麗奈が服用すると思って、副作用を伝え忘れちゃったんですね!」
ニコニコしながら言う。意図したものでは無いが、無垢な彼の言葉は、沙織の良心を最大限にチクチクと刺激している。
「は、はは。うっかり、してました」
「大丈夫ですよ。元の体に戻る方法さえ教えて貰えれば!全然怒ってないですっ」
麗奈を揶揄い、焦る姿を見ることが出来た。母のフリをして大吾から褒められた。彼は女体化を充分に楽しんだ。だから新鮮な体験をさせて貰ったと、沙織に感謝すらしていた。
男の体に戻ることが出来るならばなんの問題もない。
だけど、沙織の顔は暗い。まるで親に隠し事を聞かれた子供のように、下唇を噛み締めて下を向いている。




