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気絶している悠太を背負った麗奈は、沙織の部屋へと通された。
この部屋に訪れるのは本日2回目となった。麗奈は入った瞬間に、綺麗に畳まれて置かれている悠太の靴下を、部屋の隅に見つけた。
麗奈は悠太を座布団を枕代わりにして寝かせて、靴下をそっと拾い上げると適当な棚の中にしまった。
悠太の見知った靴下がこの部屋にあるわけない。見つかったら最後、二度と取り引きのブツを手に入れる事が出来なくなる。
取引を抜きにして、麗奈個人としても、それだけは避けなければならない。
だから証拠隠滅を図った。
部屋を一通り見渡して、もう1つの取引材料が、その辺に落ちていない事を確認して悠太の隣に腰を下ろした。
ポケットからスマホを取りだして、ネットブラウザを開いた。
検索バーに、男性 女体化と入力して検索ボタンを押す。
スマホの画面に表示されるのは、2次元のイラストばかりで、麗奈の欲しい情報はどこにも無い。
掲示板なども表示されたが、タイトルからして違う。
女体化したら、ナニをしたい、アレをしたいと猥談ばかり。中にはオシャレを楽しみたいとか、幽霊のふりをして人を驚かせたい、など純粋な人もいるようだが。
麗奈はページをブックマークしてスマホを机に置いた。
男性が女体化した症例は存在しない。手術をしなければ、生まれ持った性別のまま、障害を終えるのだから当たり前だ。
でも、麗奈の目の前には、現に女の子になってしまった悠太が居る。
――本当に可愛い。元々可愛いんだけど益々可愛い。正に眠れる森の美女だね。
眠っている悠太を見ながらそんな事を考えていた。
眠れる森の美女は魔女の呪いによって、眠りにつき、王子の口付けによって目を覚ました。
麗奈もキスをすれば、悠太に掛かった女体化の呪いのようなものが溶けるのではないか。
物は試しだ。事故とはいえ、彼とキスした事もある。
麗奈はゆっくりと悠太の顔に、自分の顔を近づける。
手触りのいい、絹のような金髪をよけて顔を露わにして、白くてぷっくりと柔らかく、ほんのり赤みのある頬に手を添えた。
20センチ、10センチ、8、7、6、ゆっくりと顔を近づけていく。距離が近づく度、麗奈の心臓の鼓動は脈打つ速さを増していく。
視線は桃色の唇に釘付けだ。
彼の吐き出す息が顔にあたる。あと少しで唇が触れる寸前に、口付けするのをやめた。
キスをしてしまえば、自分を止められるか不安になったからと言うのが半分。寝ている彼にキスをすれば、元に戻ったら告白してくれると言ってくれた彼に対する背信的行為になってしまうと思ったのが半分。
彼女は理性と己の欲、揺れ動く感情を抑えて理性が勝利したようだ。




