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 沙織と伏見が春日家で押し問答をしている頃、悠太と麗奈の2人は山本組の門の前にたどり着いていた。


 和風作りな壁で囲われた組事務所の前には、見張りの人間が2人、談笑しながら立っている。

 

「お久しぶりです麗奈の姉御!お嬢はお出かけ中ですけど今日はどうされました?」


 見張りの片方が前を歩いているに気づき、声を掛けた。


「お久しぶりっす!後ろにいるのは悠太の……ええ!?胸がある!?」


 麗奈の後ろをくっつくように歩いていた悠太に気付いた、もう片方の男が、悠太にも挨拶をしようとして、仰天した。


「こここ、こんにちは!お、起きたらこうなってたんです!」


 男の視線にビクつきながら悠太は言った。


「悠太の兄貴が姉御になられてしまったんですね」


「ええ、まあ」


 ――なんで木村さんは驚かないの!?


「兄貴はなんで普通に話してるんすか!悠太の兄貴が姉御になってるんすよ!?」


 悠太が聞きたかったことをもう片方の男が聞いた。


「兄貴だって姉御になりたい日くらいあるだろ。多様性の世の中だ。そういう事もある」


 酷い勘違いだった。好きでこんなことをしているわけじゃない。悠太も堪らず口を開いた。


「違います!薬で!起きたらこうなってたんですよ!」


「悠太の兄貴。クスリやったんですか?クスリはご法度だってルールを決めたのは兄貴でしょう。ケジメつけやすか」


 悠太が言うと、木村は懐から短刀を取り出して鞘から抜いた。

 欠けどころか、サビひとつない短刀は悠太の顔を映し出している。よく切れそうな短刀だ。


「違うって!あの!その!」


 悠太は慌てた。慌てて日本語が不自由になってしまった彼は、何かないかと視線を色んなところに動かして、木村の手を握り、胸に押し当てた。


「ほら!本物でしょう!?沙織さんの所為なんだから!」


 麗奈が目を見開いた。もう1人の男も目を見開いた。木村は鼻血を吹き出して倒れた。


「あはは!兄貴が鼻血出して倒れてら!鬼の木村と呼ばれた兄貴が!」


 男は木村を指さして面白おかしく笑った。

 木村は伏見よりも喧嘩が強いということで、名の知れたヤクザだから、男が笑ってしまうのも仕方が無い。

 

 ただあまりにも失礼な部下の男の煽りを見ながら悠太は引き気味になっている。

 そんな彼を穴が空くほど見つめているのが麗奈。

 

 ――触った。触らせた。私の胸なのに。


 色んな意味で命が掛かってたのだから仕方の無いこと、フォローを入れず、ただただ見つめていた自分が悪いことは麗奈も分かっている。

 それでも自分以外の、しかも男が悠太の胸に触れた事を許せない。


 

 

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