29頁
「あの……悠太くん?そのへんにして、こちらに戻りましょうねえ」
彼女に救いの手を差し伸べたのは、店員Aだった。
「え、でも、麗奈が泣いているんですよ!可哀想でしょう!うちの子が泣いてるんですよ!」
名前を呼ばれたことには、気がつかずに答えた。
「でももだってもありません。丸出しですよ!そんな大きな胸をおっ広げて君は痴女なんですか!?他のお客さんが居ないから良かったものの、本当なら出禁ですよ!」
店員Aに言われて視線を少し落としてみると、桃色の突起を丸出しで売り場に飛び出した事実とようやく向き合うことになった。
彼の白くきめ細やかな肌をした頬がみるみる紅潮していき、一筋の汗が伝って落ちた。
「うわぁあぁあぁぁ」
ぼん!と頭から煙が吹き出しそうなほど顔を沸騰させた彼は叫ぶ。
「ほら、早く戻りますよ」
そう言いながら、霰も無い姿を晒した悠太は店員Aに引き摺られながら試着室へと帰っていった。
売り場にひとり残された麗奈は、冷静になった頭で店員Aと悠太のやり取りを思い出していた。
ーーあれがカマかけだったとしたら店員Aに悠太ってバレたかもしれない。
由奈と悠太。体の作りが違うだけで、性格と顔は同じだ。声だって少し高くなっただけで、普段とそう変わらない。
店員Aの呼び間違え、ただの杞憂であることを願う。
別に店員Aくらいならバレたって構わない。
この店にだってそうしょっちゅう来る訳でもない。
それでも彼の名誉の為に、知ってる人間は少ない方がいい。
唯や、涼夏、美鈴が彼の現在の姿を知れば、同性だからと宣って彼の体を隅々まで点検し始める。そんな事は許せない。
彼女の、動かないはずの表情筋が少し緩んでいるようにも、険しくなっているようにも見える。
――あの胸は私が独占する。……でも私より大きいのはショック。なんで私がBなのに悠太がFなの?でもふかふかで心地よかった。同性だから触り放題だよね。でもなんで私より大きいの?ちくしょう。あー今日お風呂誘ったら一緒に入ってくれないかな。
店員Aの勘繰りより、彼の幼馴染やその友人の事よりも自らの欲望を満たす計画を立てるのに忙しいようだ。
――そうだ!お風呂に突撃しよう。同性だからとか適当に言いくるめればなんとかなる。
彼女は心の中でニヒルな笑みを浮かべていた。
完全に犯罪者の思考である。




