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春日悠太は、同居人から仕掛けられた盛大なイタズラを、寛大な心で許したものの、焦燥感に駆られていた。
――男らしかった俺の体が、女になっちまった……。
悠太は自身のことを男らしい。と評価している。
美人な姉2人の幼い頃にそっくりな顔立ち。腰まで伸びた艶やかな髪を金髪に染め、筋肉が一切主張することの無い筋肉の薄いなで肩に百四十八cmの身長。
百人が可愛いと評価する外見を、彼は男らしいと誇っている。
――筋肉も無くなっちまった。
なくなったのではない。最初からなかった。
――顔も姉ちゃんみたいに可愛くなっちまって、ちくしょう。
最初から可愛かった顔立ちを悲観しながら、大きく膨らんだ胸に手を当てた。
――麗奈よりでけえな。菜月姉ちゃんよりは小さいか。
同居人よりは大きく、姉よりは小さい胸には、柔らかな感覚があり、この胸がドッキリではないことを物語っている。
――胸がついて、俺の息子が無くなっちまって、俺はこれからどうしたらいいんだ。
洗面所の鏡に向き合い。悲しみにくれた顔を、鏡越しに見る。
それから――ふっ、と吹き出し、両手で頬を張った。
「いつまでも落ち込んでられっかよ!」
これ以上の絶望を知っている。
姉ちゃんが死んだ時に比べたらこんなの屁でもない。
彼は気を取り直して考えた。
――考えられる原因は、あいつが俺に盛った媚薬。試しにもう1錠飲んでみるか?もしかしたら戻れるかもしれない。
「それはだめだ。沙織さんの用意した薬だぞ、何が起こるかわかんねえ」
悠太は洗面台の水道についたレバーを捻る。
ジャバジャバと蛇口から出てきた水で乱暴に顔を洗う。
「それよりも先に、沙織さんに薬の事を聞くか」
タオルを手に取って水気を拭っていると、そこに麗奈が入ってきた。手には麗奈の化粧品が入ったポーチが握られている。
「なんだそれは」
中身は分かっている。悠太が聞きたいのは使用用途。
否、使用用途も分かっている。麗奈の整った顔は、いつも通りほんのり薄く化粧が施されている。
『女の子になっちゃったのは仕方ないんだから、お化粧しよ?沙織の所へ行くんでしょ?(o´艸`)』
悠太の危惧した通りの反応だった。
「しねえよ。大体誰のせいでこうなったと思ってんだ」
ポーチを持って、詰め寄ってきた麗奈の肩を、悠太が軽く押して諌めた。
彼は性別が変わる前も、何かしら理由を付けてメイクをされる事が多々あった。
だから今更性別が変わったからと言って化粧をする理由にはならない。
『お姉さんのせいだね!』
「だろ!?よく分かってんじゃん!」
『じゃあお化粧しよ!』
化粧水を塗りたくり、近づけてきた手を止めた。
「お前話聞いてねえだろ。しないって言ってんの」
麗奈は意外と悠太の話を聞かない節がある。
全く持って聞いていない訳では無いのだが、聞こえていても自らの欲望を満たす為なら無視することが多々ある。
強行に走ろうとする厄介な彼女の額に、弱めのチョップを放ち、悠太は麗奈と距離を取った。
『イタイ…(´•̥ω•̥`)これは、愛のムチ?』
「んなわけあるか!化粧品を持ってそれ以上俺に近寄るんじゃねえ」
『でも、今女の子だよね?』
「だからどうしたんだよ」
『大工さんが現場でねじり鉢巻をするように、魚屋さんが前掛けをつけるように、サラリーマンがスーツにネクタイで着飾るように、女の子は化粧をして着飾る。それが正装。いわば戦闘服。君はこれから戦場に行くのに銃も持たずにいくの?』
麗奈のハチャメチャな言い分に、悠太はゴクリと息を飲み、思案する。
彼の亡き姉、葉月の教えのひとつに、場には場にあった正装を、と言うのがあったからだ。
数ある姉の教えの一つ一つを重んじる彼にとって、この麗奈の言うとんでも理論でも、正しいものに聞こえてしまう。
「化粧するか……嫌だけど。嫌なんだけどな」
言い負けた彼とは対照的に麗奈はウキウキと準備を始めた。
そんな麗奈に、悠太は溜息を1つついて身を委ねるのだった。




