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沙織は靴下を指さした。
「……靴下?」
訝しげに靴下に目をやる伏見。
――さっきの布は靴下。お嬢は靴下がお好き、なのか。
「そうです!何を隠しますか!これは悠太くんの靴下です!」
混乱している伏見に告げた沙織はどこか誇らしげだ。
沙織の想い人の顔を思い出し、合点がいったようだ。
――悠太さんの靴下ならお嬢がこうなるのも、仕方ない。
だが、同時に別の犯罪の予感が彼を襲った。
「お嬢。それ、どうしたんですか?」
まさか、窃盗?だとしたら沙織を連れ立って持ち主の元へ謝罪に出向かなければいけない。
彼には多大な恩がある。それに背く事を伏見は許しておけない。
「等価交換です!麗奈さんと!!」
「麗奈さんとですか。なら、安心……ですかねえ」
「ええ、これは麗奈さんから頂いた正当な報酬です!」
靴下を胸に抱。鼻へと
「お嬢、他の組員の手前、ご自身の部屋以外では、その……それをやらないようにお願いしやす」
「まるで薬みたいに言わないでください」
「でもそれをやってる時のお嬢……ぶっちゃけ飛んでやしたよ」
「初めてだったからしょうがないでしょう。試しに吸ってみます?飛びますよ?これ」
沙織が伏見の目の前にプラプラと靴下を掲げた。
「やめときやす」
「あらそう、悠太くんのこと好きなのに珍しい。まあ、お願いされても吸わせませんけどねえ」
ケラケラと笑う沙織を見て、一連の流れが犯罪ではなく、杞憂で良かったと伏見は胸をなで下ろした。
「お嬢。伏見はゲイではありやせん」
とある事情によって、秋山麗奈は男性恐怖症を患っている。
彼女に安心感を持たせる為、伏見は悠太に気がある振りをしている。
実は春日悠太も男性恐怖症なのだが、尊い犠牲だ。
彼は強い。それくらい少しキモがるくらいで流してくれる。
時折、ノリが行き過ぎて、沙織に殺されかけることもしばしば。
それに組長代理の沙織に、自身のキャラ付けを本気と捉えられていたら、山本組の若頭として培ってきた今までのイメージは崩れ去ってしまうことになるだろう。
それどころか。何せ、男の多い職場だ。彼に近寄る人間は居なくなる事は間違いない。
危惧した伏見は、自信に降りかかったゲイ疑惑を否定した。
「知ってますよそんなこと」
沙織は涼しい顔で流した。
「貴方が私の面倒を見てきたように、私も貴方のことを見てきましたから、ね」
「痛み入ります。お嬢の事は産まれた時からお世話させて貰ってますので、お嬢の事も伏見はよく分かってるつもりですよ」
「薬やってるなんて早合点して、小指を落とそうとしたのにですか?」
「そんな目で見ないでくださいよ……あれは完全に飛んでやした」
「まったく、あなたは私の何を見てきたんですかねえ」
――そう言えば昔から御腐人だった。
「すいやせん」
「ふふん。分かればいいのです。あー、インスピレーションが湧いてきました!!伏見!私は部屋に戻って執筆するのでお茶を入れてください」
沙織の言う執筆、と言うのは麗奈の愛読書でもある『可愛い男の娘は年上お姉さんに夢chu〜♡』と言う、どこの誰がモチーフか分かりそうな官能小説だ。
ちなみに、この官能小説の作者が沙織であることを悠太は知らない。
「分かりやした。ところでお嬢、等価交換って仰りましたけど、何と交換したんです?」
「……お、おくすりです」
「お嬢……自首――しやしょう。伏見がケジメをつけやすので」
「やだなー、おくすりっていっても……媚薬ですよ?」
それでも良いか、悪いかで言われたら悪い。
伏見は深いため息をついた。
「……副作用とか、無いんですよね」
これから使われるであろう。もしくはもう使われているかもしれない男の娘のために、伏見は質問を投げかけた。
もし、副作用があるなら使用を厳禁、家まで押しかけるつもりだ。




