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 山本沙織は等価交換にて得た褒美にうつつを抜かしていた。

 麗奈が帰宅してから、優に2時間は経っているが、彼女は大好きな男の娘の靴下に夢中である。

 ――その勢いはむしゃぶりつきそうな程。


 このまま行くと、夜になり、ふけ、朝になりそうだ。


「お嬢。今お時間よろしいですか?」

 そんな彼女の至福の時間を邪魔しようとする輩が現れた。組の者だ。

 聞こえた声は丁寧口調だが、少し焦りの色が伺えた。


「すぅーーーーーー」


 靴下に夢中な彼女には彼の声が聞こえていない。

 

 恍惚な笑みを浮かべ、靴下を堪能する沙織を他所に、急ぐ理由があったのだろう、男は襖を恐る恐る開けて中に入った。


「……お、お嬢」

 

 中の惨状を見た男、伏見は狼狽えた。

 沙織は嫌々ながら、親から組を継ぎ、今や組の象徴になりつつある。

 春日悠太と共に多くの悪をくじき、治安の悪かったこの街を変えるため、組員に見回りを命じ。

 迷子の子供が泣いていたら声を掛けて親探し。

 重い荷物を持って横断歩道を渡ろうとしていたら持ってあげ。


 極悪非道(彼らの中では)の限りを尽くした果てに、この街での犯罪率は減った。

それ程の大義を成し遂げた沙織と悠太を伏見は大層尊敬している。


 その沙織が、口元は緩みきって舌を出し、鼻には布を当て、目は虚ろ。

 自分の声さえも聞こえない程に1枚の布を、くんかくんかしている。


 ここで伏見はひとつの答えを出した。


「お嬢。自首しやしょう」


 ――俺たちのお嬢は薬に手を出してしまった。こんなだらしない顔、布に染み込ませてから吸う薬なんて聞いた事ないが、きっと、新薬なのだろう。


 哀愁のこもった声、顔で沙織に近づく。


 ――母親が亡くなった時から反抗期を向かえたお嬢は組との関わりを断ちたがった。お役御免とされてからも陰ながらお嬢の成長を見守ってきた。


 伏見の存在に気づかない沙織の横に、伏見はそっと腰を落とした。彼の目には涙が浮かんでいる。

 

 ――間違った事はしない。そう思っていた。信じていた。


 信じきっていたからこそ、伏見は自分が許せなかった。


 彼は根っからの忠犬タイプ。決して沙織の不手際を責めることなく、自身の至らなさを悔いた。

 悔いつつ、懐に手を伸ばし、短刀を取り出すとテーブルの上に置いた。


 すぅ――とひとつ深呼吸をしてから、短刀を鞘から抜いた。

 今まで1度も使われることのなかった短刀は、余程大切に、丹念に、ここ一番を想定して手入れをしていた。

 錆一つない。


「お嬢。安心してください。この責任は伏見が全て請け負いやす。だから、もし、手遅れでなければ、薬から足を洗ってください。お嬢は強く、気高く、美しくあってください。伏見のお嬢はそんなお方です」


 言いながら、テーブルの上に小指を立てた状態で手を付き、逆の手で短刀の刃先を突き立てた。


 男、伏見。その手に震えはない。表情に怯えはない。

 全ては愛するお嬢の為。小指を落とそうと短刀に力を込めた――その時だった。

「何をしているのですか?」


 ――間一髪。正気を取り戻した沙織に止められた。


「……沙織お嬢」


 伏見は、本当に間一髪の所で正気に戻った最愛のお嬢の名前を呟いた。


「何をしているか聞いてるのですけど?」


 自身の覚悟で正気を取り戻した。と思い感動に浸る伏見を他所に沙織の視線は底冷えがするくらい冷たい。


 本能的に命の危険を感じとった伏見はゴクリと喉を鳴らした。

 脳裏に4文字の言葉が流れた。

 ――早とちり……だったか。


 では、先程の沙織の様子は?あれには見覚えがあった。

 この街で起きた連続誘拐事件。悠太と共に突入し、救い出した少女達。

 少女達を囲むようにして立っていた男たちが、沙織のような表情をしていた。


「お嬢が、薬でもやってるのかと思いやした」


「失礼ですね!私は自分へのご褒美を堪能してただけです!!!」


 


 

 

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