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 神奈川県某所、同業者の間では、落ち目と言われているヤクザの組事務所『山本組』の一室。

 秋山麗奈(あきやまれいな)は期待に胸を膨らませ、部屋の主を待っていた。


 客人専用となっている和室は、シンプルで茶を基調とした家具で揃えられている。麗奈はその真ん中に置かれて居るテーブルの前にちょこんと正座をして座っていた。

 

 和室の奥の方には刀や、厳かな掛け軸が飾ってあるが、彼女の興味はそこではない。


(まだかな、沙織早く来ないかな)

 麗奈は無表情だが、内心はとてもウキウキしている。

 

無表情だけど豊かな内心は感情が豊かな高校生の少女。

中学生の頃、通り魔事件で妹を失い、家庭が崩壊。声と表情を失う。

母は家を去り、父は自死し、親戚から『呪われた子供』と疎まれ、見捨てられた。

中学校で天涯孤独の身となったが、現在は親切な人の家で居候中。


 

「お待たせしました〜」


引き戸が開かれて、落ち着いた風貌の女性が入ってきた。

彼女の名前は山本沙織(やまもとさおり)、山本組の一人娘、父の後を継いで組長をやっている。

 カジュアルな感じのジーパンにTシャツ、野暮ったい眼鏡をかけている。

麗奈曰く、外見は綺麗だけどやばい人。沙織の手には袋詰めされた錠剤が握られている。


『沙織!それが例の!?(▰╹◡╹▰)』


 喉から手が出るほど待ち望んでいた、例のブツを目の前にした麗奈。

 つい手がでそうになるのを堪え、スマホに文章を打ち込んで沙織に見せた。

 スマホは、喋る事の出来ない彼女の唯一のコミュニケーションツールだ。


「ええ〜これが例の薬です〜」


(これを悠太に飲ませれば……私と、うふふ)


 もはや目の前に居る沙織には目もくれず、麗奈は帰った後のことを妄想している。


 この薬は人間を獣に変える媚薬、未成年が買える代物ではない。


『沙織!早く頂戴(/ω\)』


「せっかちですねえ〜それが人に物を頼む態度ですか〜?」

 

 両手を突き出して懇願する麗奈に、沙織は困り顔を浮かべ、たははと乾いた笑いを漏らした。

 


『ごめんね、でもちゃんと報酬も持ってきたよ。これ』

 

 麗奈は座布団の傍らに置いていた、小さなポシェットをテーブルの上に置くと、中から3枚の写真を取り出して沙織にみせた。


 どれも同じ人物を写したものだ。彼女が同居人の男の娘を撮影した写真。

 寝顔を撮ったもの、着替え中に撮ったもの、強制的に女装をさせた時に撮ったもの。


二枚目と三枚目の写真は彼の顔が怒りに満ちた表情をしている。


 

 沙織は野暮ったい眼鏡を鼻息で曇らせ、麗奈の手が手に持っている写真を食い入るようにみている。


「あぁぁ……尊い……」


 薄く開いた口からは感嘆の声を漏らした。


「麗奈さん!早くください!!!」

 沙織の手が写真へと伸びてきて、麗奈は写真を背中に隠した。


「うう、意地悪しないでくださいよ〜」

沙織が恨めしそうに麗奈を見る中、麗奈はスマホに文字を打ち込んでいる。


『取引の基本は等価交換』

 

「なんですって!?この薬だけでは足りないと!?流石は麗奈さん……一筋縄ではいきませんねえ〜」

 

『そうじゃない。その薬は私にとって、価値がある。この報酬だけじゃ足りない……だからもう1つ、写真以上に価値のある追加報酬を渡そうと思ってる(o´艸`)』


予想外の麗奈の申し出に、沙織は固唾をゴクリと飲んだ。

「……追加報酬」


場にピリピリとした緊張が走る。

写真以上に価値がある報酬。これだけで沙織の先程まで満たされていた心は渇きを覚えた。

欲しい。その写真以上に価値がある報酬が欲しい。沙織の脳内は人間の下卑た欲でまみれている。

 

麗奈が写真をテーブルへと置き、更にポシェットの中を漁っている、小さなポシェットなのですぐに出てくる筈が中々出てこない。

沙織には、この時間が永遠のように感じられた。苛立ちが募る。彼女は麗奈を急かした。


「じ、焦らさないでくださいよ〜」

 沙織の言葉に、麗奈がチラと視線を送る。

 またゴソゴソとポシェットを漁り、引き抜いた手に持っていたものは

「くくくく、くつしたぁぁああああああ!?」

 彼女の同居人、春日悠太の靴下だった。


『そう。私が昨夜拝借した靴下。悠太の脱ぎ立てをジップロックに入れて持ってきた。これの片方を沙織に上げる、これで私達は姉妹。一蓮托生だよ(/ω\)』


麗奈が報酬を追加したのは保身の為だ。春日悠太(かすがゆうた)にバレた時、沙織を共犯に仕立て上げようと画策している。

そうとも知らず、靴下の虜となった沙織は手を伸ばして、それを受け取った。


「さっ、そく、嗅いでみても良いですか?」




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