短編 葉月・書店・襟足
3つのお題を自動生成し、それに沿って書いております。
その日、確か私は参考書を買うために商店街の本屋へと向かっていた。夏休み中のクーラーが効いた教室で、級友たちと談笑しながら参考書をなぞる。その為のキーアイテムであり言い訳が必要だった。
授業に追いついていけない訳でも無いし、大学受験もほぼ間違いなく合格するであろうラインまで到達していた。分からない所を教えてあげるという優越感に浸りたいという気持ちも少しはあったけれど、単純に人のために何かすることが好きだからというのも理由の一つ。
目的地へと到着し自転車を日陰に停める。7月が丁度終わった頃の陽射しはとても強くて、買い物が終わった後のサドルの温度を考えると少し憂鬱になったのを覚えている。
店内は外気温との差で心臓が跳ねるほど冷えていて、少し水分を含んだワンピースが運動直後の体を冷ます手助けをしてくれた。
書店特有の少しビターな空気が好き。手つかずの紙の甘さと焙煎される前のコーヒー豆を思わせるインクの香り。本屋にケーキとティーセットが置いてあったら一日中でも居座っていられる自信がある。参考書のコーナーには季節モノのポップと売れ筋の商品が並んでいて、大手の書店やネットショップの進出してこない田舎ならではの気合いと愛情を感じる。
学友がお手上げだと悩んでいた英文法の参考書を手に取る。同じものを買っていたら教えやすいし、違うものなら問題を出したり出来る。自分のために買う必要は無いし講習の口実として持っていないと不自然に思われてしまう。最後まで解いてあげることは出来ないかも知れないので、買う人を選べないこの本にとっては防ぐことの出来ない災難だろう。
レジへと足を運ぶ。午前中のこの時間帯はほぼ並ばないで買えるというのを知っていた。ましてや平日なので学園の生徒か近隣住民のご老人ぐらいしか入店していない。サドルとハンドルがこれ以上熱を帯びないように早めに帰るつもりだった。
強烈なめまい。冷房の寒さにやられてしまったのか貧血によるものか分からない世界の回転に、思わず近くの棚にしがみついてしまう。軽めに取った朝食が胃の中で暴れているような錯覚。たまらずに店員へ御手洗いを借りる旨を告げ、店の一角へと重い足取りで進む。
貧血自体はよくあることだし休めばすぐに治る。あまり慣れたくないものだけれど何度も経験して対処法はいくつも用意している。御手洗いのドアを開けようとすると、中から見覚えのある学生服――女生徒が飛び出してきた。すれ違いざまに肩がぶつかったというのに詫びもなく、衝撃に顔をしかめながら振り向いても見つけることは出来なかった。
胃も頭もムカついていた。世界は既に回転を止めており吐き気は怒りに置き換わっていた。鏡に映る自分の顔を見て眉間にシワが寄っている事に気づく。父みたいに深いシワとならないよう指でなぞって気休め程度に平にする。
鏡の中の水色のワンピース。肩口から襟元へと一直線に白い筋が出来ている。ぶつかった拍子にほつれたのかと心配するも、糸くずが付いているだけだった。指の腹で撫でても抵抗を感じない、つやつやとした光沢――シルクだ。
今日の服装は普段着でシルク製品は着けていない。不快感とゴミをプレゼントしてくれた名もなき人に是非とも感謝を伝えたい。
鏡の中の自分はややより目になりつつ、衣服の縫製に使うには太めのシルク糸を見つめている。そして笑った。
自分は笑ってなどいないし錯覚かと思い瞼を擦る。鏡の中の人物は口元が歪み、犬歯が見え隠れするほどの笑みを浮かべている。
熱や気温によるものではない汗が、うなじを伝い落ちる。鏡から眼を逸らすことが出来ない。逸した瞬間に飛びかかられそうな気配すら感じる。野生の猫を思わせるその瞳孔が一際小さくなると、私の緊張の糸が切れた。
肩をゆすられる感触と心配するかのような声が聞こえる。誰か倒れたのだろうかと他人事のように聞いている私。
自分がここに居るのに居ないようなふわふわとした感覚はプールで漂いながら青空を見上げた時に似ていた。
外はすっかりと夕暮れになっていて腕時計は19時を指し示している。書店の紙袋を自転車の前カゴに放り込むとキーロックを外しスタンドを蹴る。ハンドルとサドルは予想通り焼け付くような熱さとなっていたけれど、冷え切った心が温められるようで心地よく感じた。
見たもの全てが正しいとは考えていなかったし、その後の自分がどうなるかなんて分からなかった。
夕日が沈み切る前に。私はペダルを強く踏み込んだ。
自分で読み返していて句読点が多く感じたため、なるべく使わない形で並べ直すよう心がけました。
また、改行が多すぎる・折り返した後の空白が目立っていたのでなるべく違和感が無いようにまとめました。
以前より少しでも読みやすくなっていれば試みは成功ということで。