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月の中には、餅つく兎

「……月が綺麗ですね」

「月? ……気にしたこともなかったな」

 ベッドの上で寝そべって雑誌をめくる先輩は顔を上げもせず、けれども返事はくれる。ベッドの足下の方で散らかった服を片付けている私には先輩がどんな顔をしているのかわからない。たぶんいつも通り、無気力な顔をしているのだろう。

「月の中ではウサギがお餅をついているんですよ」

「はあ? なんだそりゃ」

 私は月のウサギについて説明をする。ぺったんぺったん。衣服をたたむのも、餅をつくのも変わらない。

「草食動物の考えることは、良くわからねえな」

「他にも、カニや男性の横顔……という見方もありますね」

 あとは、何だったかな。聞いたことはあれど思い出せない。すると先輩は雑誌を放り投げて私の正面に立つ。

「今、お前の目には何が映っている?」

「先輩が」

「他には?」

「他にはなにも」

「それでいい」

 先輩はまたベッドに寝そべる。しかし今度は向きが逆だ。彼の頭が私の背中を押している。ぐりぐり擦り付けられる頭は猫のようで。とんだ甘えん坊だと思うけど、それを口に出したら噛まれるので止めておく。

 いや、いっそその方が良いのかもしれない。良いんですよ、噛んでもらって。良いんですよ、マーキングしてもらって。

 だってねえ。私はこの寮の人間ではないのに、週の半分はこの部屋で寝泊まりして、彼の身の回りの世話をしている。最初はやむを得ない事情で泊めてもらっただけなのに、こうしてあしげく通ってしまっている。彼もそれを厭わず、私が顔を出すと

『せいぜい励めよ』

 何て言って、散らかった部屋に招き入れる。私は彼にとって何なのか。彼は私にとって何なのか。答えが出ぬまま、こうして寄り添っている。

「死んでもかまわない」

「え」

「なんでもねえ。寝るぞ」

「まだ片付け終わってないですけど」

「明日早起きしてやれ」

 そういって先輩は起き上がると、元の位置に戻って寝てしまった。一連の流れについて行けずに、しかし寝ると言ったら寝るのだと自分も用意された床に就く。その言葉の意味に気付くのは一週間後だ。

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