恋する季節
「もうすぐはーるですねえ」
「あまりに下手糞」
「は? いきなりなんだし!」
桜舞う春。通学路にある桜並木を抜ける途中でいきなり罵倒された。
「いきなりもなにも下手糞すぎる」
「う、うるさいなあ」
まあ、確かに下手糞なんですけど。だからっていきなり見知らぬ女子に罵倒するとかなんなん。そこでようやくいきなり罵倒してきた男子をまじまじと眺めてみる。
「なんだよ」
「いや、知り合いでしたっけ? 見知らぬ方……ですよね?」
そうわたしが言うと見知らぬ男子は途端に動揺した。というか怒り出した。
「は!? はああああ!!!??? 覚えてないのか!?」
「え、スミマセン。いきなり初対面の女子に罵倒するような知り合いはいないですけど」
彼は顔を赤くして何か言おうとして止める。それから悲しそうな、拗ねたような顔でこちらを窺った。
「本当に覚えてないの? けいちゃん」
けいちゃん? わたしのことを知っているのか? ここでいやまったく知らないっす! というのは薄情のような気がして少し考える。彼のどこかに見覚えはないだろうか。少し癖のある黒髪。目はパッチリ二重。背はすらっと高くて、全体的にスマートな印象だけど……。
「あの、もしかして……いーちゃん?」
「そうだよ!!! やっと、思い出したのかよ!」
「いやー? 思い出したっていうか、いーちゃん、男の人になったの???」
「元から男だよ!!!! 倉橋伊織! 最初から男!」
「マジすか」
えー伊織って女の子の名前だと思ってたわ。いーちゃん、倉橋伊織はわたしの幼馴染だけど小学校低学年の時に引っ越していってしまった。それがまさか性別を変えて高校で再開とは。
「いや、変えてねえから」
そうつっこむいーちゃんの声は声変りを済ませていて確かに男の人の声だった。
「まあ思い出してくれたならいいや。よろしくな。けいちゃん」
「あ、はい」
男の人の声でそう言われるとなんだか照れる。なのでつい敬語で答えていーちゃんに怪訝な顔をさせてしまった。